マクラーレン・アルトゥーラ(MR/8AT)
新章の幕開け 2022.06.29 試乗記 卓越したパフォーマンスと高い環境性能の両立が図られた、マクラーレンの次世代型スーパースポーツ「アルトゥーラ」。新開発のハイブリッドシステムが実現する走りとはどのようなものか、スペインで試乗して確かめた。これまでのとは違う
マクラーレン・アルトゥーラは、カーボンモノコック、エンジン、ギアボックス、サスペンション、さらには電気系プラットフォームにいたるまで、すべてを新設計したスーパースポーツカーで、彼らはこれを「マクラーレン・オートモーティブの第2章が始まったことを告げるモデル」と位置づけている。
現在につながるマクラーレン・オートモーティブが2010年に「12C」(当時は「MP4-12C」と呼ばれていた)とともにスタートを切ったことはご存じのとおり。この12Cはカーボンモノコック、3.8リッターV8ツインターボエンジン、7段DCT、前後ダブルウイッシュボーンサスペンション+マクラーレン独自のアクティブサスペンションシステムなどで構成された、極めて先進的でレーシングカーに近い成り立ちのスーパースポーツカーだった。
その後、同社は「P1」「650S」「540C/570S」「720S」「セナ」「スピードテール」「GT」などをリリースしたが、いずれも12Cの基本コンポーネンツをモディファイすることで、それぞれのポジショニングにマッチしたモデルを生み出してきた。つまり、少し乱暴な言い方をすれば、これまでのマクラーレン・ロードカーはいずれも12Cファミリーとしてひとくくりにすることができたのだ。
メカニズムは初物ずくめ
しかし、アルトゥーラは異なる。マクラーレン初の“量産型PHEV”(P1やスピードテールもPHEVだったが、高価なうえに台数が極端に少ない限定モデルだった)として誕生したアルトゥーラは、バッテリー搭載用のスペースが用意された新開発のカーボンモノコック、排気量3リッターでバンク角120度のV6ツインターボエンジン、コンパクトな8段DCT、マルチリンク式リアサスペンションなどを白紙から設計した“ブランニューモデル”。マクラーレンが自分たちの「第2章が始まったことを告げるモデル」と位置づけるのも当然のことだろう。
なぜ、マクラーレンはこの時期にアルトゥーラを投入したのか?
スーパースポーツカーブランドを含む世界中の自動車メーカーが、カーボンニュートラル社会を目指して電動化を推し進めていることはご存じのとおり。とはいえ、マクラーレンの既存モデルにプラグインハイブリッドシステムを後付けしただけでは、彼らが標榜(ひょうぼう)してきた「軽量でバランスのいいスーパースポーツカー」は実現できない。一般的に重くなりがちなモーターやバッテリーをいかに軽量コンパクトに仕上げ、いかにして理想に近い位置にレイアウトするか? これらを追求するとクルマ全体をゼロからつくり上げざるを得なかったというのが、本当のところだろう。
また、これまでのマクラーレンの歩みを振り返れば、アルトゥーラでデビューした基本コンポーネントが、今後登場するマクラーレンに活用されるであろうことも疑う余地がない。彼らがアルトゥーラを「第2章の始まり」と称しているのには、こういう意味も含まれているのだ。
足まわりの進化がよくわかる
アルトゥーラの国際試乗会が開かれたのはスペイン・アンダルシア地方。今回は公道試乗のほか、アスカリ・サーキットを走行する機会も設けられていたので、そのポテンシャルをフルに発揮する絶好のチャンスといえる。
投宿先のホテルを出発してマラガ近郊の市街地を走っていると、路面からのショックを優しく受け止める足まわりのしなやかさがまず印象に残った。乗り心地のよさで定評がある歴代マクラーレンのなかでも特に評判がいいGTと比べても、アルトゥーラのほうが衝撃のカドがきれいに丸められているうえ、サスペンションのストローク感も滑らかで心地がいい。
しかも、ただソフトなだけでなく、段差の乗り越えなどでタイヤが上下する際のホイールの“位置決め”が正確で、いかにもシャキッとした感触を伝える。これは、スプリング/ダンパーやゴムブッシュをソフトにしただけでは達成できない乗り心地のはず。そう思ってチーフエンジニアのジェフ・グローズ氏に尋ねたところ「リアサスペンションをマルチリンクにしたことが効いています」との回答を得た。ウイッシュボーン状のロワアームを2本のストレートアームに置き換えることで、衝撃の効果的な吸収と正確なホイールの位置決めの両立を図ったということらしい。
また、標準装備される「ピレリPゼロ」には世界で初めてマイクロチップを埋め込んだピレリの「サイバータイヤ」技術が採用されたほか、同社のノイズキャンセリングシステムを採用することでキャビンの静粛性向上にも寄与しているという。
驚異的な安定感
120度のV6ツインターボエンジンは、同様の形式を採用した「フェラーリ296GTB」がそうであったように、低回転域からスムーズなうえ、トップエンドまできれいに回る。2台のスペックを比べると、296GTBがエンジン出力でおよそ80PS、システム総出力で150PSも上回っているため、75kg重い車重を差し引いても走りは296GTBのほうがダイナミックに感じる。では、アルトゥーラでは不満かといえば、決してそんなことはない。そもそも1395kg(乾燥重量)の軽量ボディーに最高出力585PS、最大トルク585N・mのエンジン(PHEVシステムを含む合計では680PS、720N・m)を積んだスーパースポーツカーに、公道で性能不足を感じるはずがない。いっぽうで、とにかく軽さを追求したアルトゥーラのモーターが、平たん地では130km/hのEV走行を実現するものの、急勾配では90km/h前後で速度がサチュレーションする傾向があったことは付け加えておこう。
ハンドリングはマクラーレンらしく正確で安定していた。とりわけ油圧パワーステアリングを通じて得られるインフォメーションが豊富で、まるで両手で路面をなでているかと思うくらい、前輪がグリップしている様子が克明に伝わってくる。マルチリンク化されたリアサスペンションの接地性は驚くばかりで、アンダルシア郊外のゆるやかなワインディングロードで多少ペースを上げた程度では、グリップが失われる兆候さえ認められなかった。
そうしたシャシー性能の高さはアスカリ・サーキットに移動してからもまったく変わらず、自分としてはかなり攻めたつもりでも、スタビリティーコントロールを作動させた状態ではテールがピクリともせず、安定した姿勢を保ったまま2度のセッションを走り終えたのである。
市街地からサーキットまで、アルトゥーラの印象は一貫していて変わらなかった。それは「洗練されていて安心感が強く、自分の思いどおりにコントロールできるスーパースポーツカー」と要約できる。そして、そうしたドライビング体験を、なにかのギミックを使ってではなく、車両の基本性能を徹底的に磨くことで実現した点が、いかにもマクラーレンらしいと感じた。
すべてが新しく、そしてマクラーレンのDNAをすべて受け継いだ新世代のプラグインハイブリッド・スーパースポーツカー。それがアルトゥーラなのである。
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=マクラーレン・オートモーティブ/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
マクラーレン・アルトゥーラ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4539×1913×1193mm
ホイールベース:2640mm
車重:1395kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
モーター:アキシャルフラックスモーター
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:585PS(430kW)/7500rpm
エンジン最大トルク:585N・m(59.7kgf・m)/2250-7000rpm
モーター最高出力:95PS(70kW)
モーター最大トルク:225N・m(22.9kgf・m)
システム最高出力:680PS(500kW)/7500rpm
システム最大トルク:720N・m(73.4kgf・m)/2250rpm
タイヤ:(前)235/35ZR19 91Y/(後)295/35ZR20 105Y(ピレリPゼロ)
燃費:4.6リッター/100km(約21.7km/リッター、WLTPモード)
価格:2965万円/テスト車=--万円
オプション装備:--
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードおよびトラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。