ホンダ・シビック タイプR 開発者インタビュー
探究に終わりなし 2022.07.21 試乗記 本田技研工業四輪事業本部 ものづくりセンター
CIVIC TYPE R 開発責任者
柿沼秀樹(かきぬま ひでき)さん
世界に冠たるホンダのハイパフォーマンスモデル「シビック タイプR」が、いよいよ新型にモデルチェンジ。FF車最速を狙うピュアスポーツは、いかなる進化を遂げたのか? 今の時代にスポーツモデルをつくる難しさとは? 開発責任者に話を聞いた。
記念すべき年に登場した新しい“R”
2022年7月21日、ホンダのレーシングスピリットを体現する「タイプR」の最新モデル、6代目シビック タイプRが、ついにわれわれの前に姿を現した。ちなみに7月12日といえば、初代シビックの誕生日。そしてこの2022年は、ちょうどその50周年にあたる。そんな記念すべき年に登場した新型シビック タイプRは、これまでどおり2リッター直列4気筒のガソリンターボエンジンを搭載する、前輪駆動のピュアスポーツカーだった。
HRC(ホンダ・レーシング)による技術的なサポートは継続しながらも、2021年限りでF1からは撤退。また時期を同じくして「今後は電動化に大きく舵を切る」と社長自らが宣言し、2040年までに電気自動車(EV)と燃料電池車の販売比率を全世界で100%にする――ガソリン車を全廃すると発言して物議を醸した。そんなホンダがいま、この生粋のガソリンスポーツモデルをラインナップした真意は、どこにあるのか? 開発責任者である柿沼秀樹氏から、じっくりとお話をうかがった。
――早速ですが、6代目シビック タイプRのコンセプトを教えてください。
柿沼秀樹さん(以下・柿沼):ひとことで表すとそれは、「究極のFFスポーツ」です。私はこのタイプRを先代から担当しているのですが、あのクルマにはタイプRが持っていたパフォーマンスだけでなく、かつてないグランドツアラー性能も与えました。そしてこのモデルでは、さらにそのふたつの性能を進化させています。
――その要となるのは、まず2リッターの直列4気筒ターボエンジンだと思いますが、先代モデルに対してどこが刷新されたのでしょうか?
柿沼:今回のフルモデルチェンジで最も進化させたのは、ターボチャージャーです。具体的にはインペラの羽の枚数や形状を変更し、さらにハウジングの形状も新しくしました。また、これにあわせてインテーク容量を増やし、ECU(エンジンコントロールユニット)も変更しています。
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速さのために環境性能を犠牲にはできない
ちなみに今回の発表では、エンジン出力は公開されていない。先代(FK8型)が搭載した「K20C」型ユニットは最高出力が320PS/6500rpm、最大トルクは400N・m/2500-4500rpm。新型がこの数値を下回ることはまずないだろうが、果たして新型エンジンの狙いは、どこにあるのだろうか?
柿沼:エンジンで一番重きを置いたのは、「いかにドライバビリティーをよくするか」です。ターボエンジンでは、どうしてもアクセルを踏んでからのタイムラグが生まれますから。このエンジンにはホンダならではの、自然吸気時代のVTECのようなレスポンスを与えたいと考えました。ピュアエンジンの集大成をつくるという意気込みで、今回の開発に臨みました。
――2リッターターボになってから3世代目ですが、3代かけて煮詰めきったということですね?
柿沼:そうですね。磨き続け、「もうできることがないくらい、やりきった!」という感じです。
――環境性能に関しては、厳しい面はなかったのですか?
柿沼:レシプロの2リッターターボエンジンとして環境性能をさらに伸ばすというのは、もう限界に来ていましたね。ですから、これまでに得た環境性能を損なわずに、あとどれくらいドライビングプレジャーを伸ばせるか? ということに注力しました。
――パワーが出ても、環境性能が落ちてしまったら、だめということですね。
柿沼:そうです。先ほどの「ECUを変更した」というのは、まさにそこを指しています。環境性能とドライバビリティーはバーターになる部分があるのですが、これを両立させたわけです。フライホイールの軽量化なども、こうした部分に役立っていますね。
そのフライホイールは、重量にして先代より18%軽く、これが慣性重量になると25%の性能向上となっている。そしてブリッピング時のレスポンスも、10%向上したという。
――やりきったという意味では、仮に今後タイプRに電動化技術が用いられたときも、このクルマがひとつのベンチマークになり得ますよね。このモデルが持つ性能を、ハイブリッドなりEVなりで超えなければいけないわけですから。
柿沼:そうですね(笑)。われわれは電動技術も並行して開発してきましたし、これからも開発し続けていきます。今日お乗りいただいた「シビックe:HEV」のなかにも、次につながるヒントはたくさん込められていますよ。
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「シビック」の高い素性があればこそ
――次はシャシーについて聞かせてください。標準車も含めて、プラットフォームは先代からのキャリーオーバーですよね?
柿沼:はい。しかしサブフレームは変更されています。ポルシェなんかもそうですが、FMC(フルモデルチェンジ)のたびにすべてを新しくするのではなく、熟成させていく手法を採っています。
――ではタイプRをつくるにあたり、標準車からエボリューションさせた部分はどこですか?
柿沼:先代タイプRと同様に、フロントのサスペンション(ナックル/ダンパーフォーク/ロアアーム)を専用にしています。でもそれ以外は、ベース車と同じです。リアサスペンションなどは部品もジオメトリーも同じで、そこにタイプRとしてのセッティングを与えています。
――標準車とタイプRがほぼ同じシャシーというのは、標準車にとってはぜいたくですね。
柿沼:ただそれは、タイプRを出すために土台をオーバークオリティーでつくったというわけではないんです。シビックとして堅実につくったうえで、タイプRに必要なものがあれば専用に起こす、という方法ですから、むしろ「賢くつくった」という感じですね。ベースにシビックという大きな土壌があるから、この時代にピュアガソリンエンジンを積んだタイプRが出せました。現代でワンバリエーション(単一車種)としてスポーツカーを出すのは、なかなか難しいことです。
――標準のシビックに求められる性能が、とても高かったということですね。今回のモデルは5ドアハッチバックですが、これをよりショートホイールベースの3ドアハッチもしくは2ドアクーペにするという考えはなかったのですか?
柿沼:現状の5ドアハッチスタイルは国内外での評価もよくて、そうした要望はなかったですね。そのうえで、ベースモデルのホイールベースが先代よりも少し長くなったので、現行タイプRでは専用フェンダーでトレッドも広げて、その運動性能を高めました。
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スポーツ走行の楽しさを多くの人に知ってほしい
――柿沼さんはご自身でも「Honda R&D Challenge」というかたちでプライベートチームを組んでスーパー耐久に参戦していますが、これは開発に役立っていますか?
柿沼:とても役立っていますね! 先代モデルで4年ほど参戦していますが、そこで得られる内容は非常に大切です。量産開発車としてだと「ここまででよし」とされてたのに、さらに上の世界があるんだということを、自分たちで自ら体験することができました。若手にとってもいい経験になりますし、ものづくりを進化させていくことにとても役立っています。
――新型タイプRでもやりますか?
柿沼:やりたいですね! これからはHRCとの連携も深めていければと思っています。
――また今回は、「Honda LogR」(ホンダ・ログ・アール)というデータロガーアプリを搭載したようですが?
柿沼:もともとは、先代がMMC(マイナーモデルチェンジ)をしたときに、スマホアプリで「LogR」をつくったんです。ただ、日本はナビの仕様が異なっていて、アメリカとヨーロッパでしかリリースできませんでした。その経験があったので、今回のFMCでは、日本も含めてグローバル展開します。
――具体的にはどんなことができるのですか?
4輪の駆動力やタイヤのGベクトルを、アニメーションで確認できます。もちろん運転中にも見られますが、止まってから車内やスマホで確認できるんです。またサーキットのラップタイムを記録でき、他のドライバーデータと重ね合わせて確認することが可能です。GPS情報はないので走行ラインを記録することはできないのですが、車載映像とGデータを重ね合わせて、走りを学習することもできます。
――まさにデータロガーシステムですね。
柿沼:今まではサーキット走行をするにしても、本当に一部の人しかこういう価値に出会えていなかったと思うんです。それがタイプRに乗ることで恩恵を受けられるようになったら、もっと運転が楽しくなって、もっとうまくなりたい! って思ってもらえるかなと。このタイプRが、普段の走りをサーキットやレースにつなげる、道をつなげられる存在になったらうれしいですね。レースはトップカテゴリーばかりじゃないですし(笑)。
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ライバルとは違う道を行く
――タイプRといえば、最大のライバルは「ルノー・メガーヌR.S.」だと思います。鈴鹿のラップタイムこそすでに先代で打ち勝っていますが、クルマ的にはメガーヌR.S.が4輪操舵(4WS)を使ったりして、コンセプトが大きく異なってきたように感じます。ルノーが速さだけでなく、操る喜びに対して後輪操舵を投入してきたことについては、どう感じていますか?
柿沼:われわれもこれまで4WSに関してはずっと開発をしていたので、そのシステムが持つ効果というのは十分に理解しています。ただそのうえで、Cセグメントのシビックにそれを付けるべきなのか? と考えたとき、ホンダとしての回答はノーなんですね。たぶん彼らはFFという駆動方式に対して、「最終的にはアンダーステア。フロントが重たい乗り物」だという前提なんだと思います。そのうえで、より(高速コーナーでは)リアタイヤを使う、もしくは(低速コーナーで)リアタイヤにヘタな仕事をさせないということをして、FFじゃなし得ない動きをつくろうとした。そういう考え方は、いいと思います。ただ、その先で得られるフィールが、ホンダとして望むフィールかというと……違う(笑)。
――もう少しFFを煮詰めることで、やれることがあるんじゃないの? ということですね?
柿沼:そうそう、そこがホンダがやろうとしているところです。彼らもタイムを狙いにいくときは4WSやDCT(6速EDC)を取ってしまいましたよね? あれは、取らないでやってほしかった。
――確かに。4コントロールとデュアルクラッチを煮詰めてやってほしかったですね。
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エンジンにはまだまだやれることがある
――では最後に、答えられないことを前提に聞きます(笑)。これはガソリンエンジンとして、最後のタイプRですか?
柿沼:それは、本当にわからないんです(笑)。カーボンニュートラルがこの先、どう転がるかは誰にもわからない。世界中のクルマが一気に、全部EVになるなんてことも、絶対にない。そんな電気、どこにもないですから。ホンダはここまで内燃機関にこだわり続けて、F1にもチャレンジしてきた会社なわけですから、それを簡単に捨てて、全く違う技術に進むってことは絶対にあり得ません。それこそもったいない。きっとこれまでとは違う燃料の使用を含めて、このガソリンエンジンの技術を生かしていくでしょう。
――しかし2021年の発表では、2040年までに「脱エンジン」をすると宣言していて、世間ではもうエンジンの開発は行わないというくらいのイメージを持たれていますが。
柿沼:現状、三部(敏宏)社長もHRCの渡辺(康治)社長も、われわれ開発陣に対しては「内燃機関の可能性を提案してほしいんだ」ということを言っています。また最近はオープンでもそうした内容を話していますから、大丈夫です。
――なるほど。2040年までの目標はあるにせよ、内燃機関の模索は続くわけですね。ということは次期型タイプRが、ハイブリッドであったりPHEVであったりする可能性も残されていることになりますね。ありがとうございました。
(文=山田弘樹/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
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山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。