ホンダ・シビック タイプRレーシングブラックパッケージ(FF/6MT)
ドア2枚分の功罪 2025.08.30 試乗記 いまだ根強い人気を誇る「ホンダ・シビック タイプR」に追加された、「レーシングブラックパッケージ」。待望の黒内装の登場に、かつてタイプRを買いかけたという筆者は何を思うのか? ホンダが誇る、今や希少な“ピュアスポーツ”への複雑な思いを吐露する。ひょっとしたらオーナーだったかも
シビック タイプRに乗るたびに、心底「いいクルマだなぁ」と思う。
走らせた瞬間から感じ取れる、圧倒的なシャシー剛性。ステアリングから伝わってくる、大地をわしづかみしているような接地感。「コンフォート」モードでさえも、その乗り心地はスポーツカー然としたりりしさで、それでいて路面からの入力はきちんと減衰されている。短い周波数の横揺れこそあれ、安っぽいNVH(ノイズ・ハーシュネス・バイブレーション)は入ってこない。これで、もう少しだけダンパーの伸び側減衰力が低かったら、5ドアだし、わが家の一台としても使えたのに……と、試乗するたびに後ろ髪を強く引っ張られる。
というのも筆者、初試乗で鈴鹿サーキットを走った後(参照)、あまりの走りのよさに衝撃を受けて、近所のホンダディーラーに足を運んだ経験があるのだ。もちろんそのときは、発売前からオーダーを入れた“本気組”によって、ディーラーへの割り当てはとっくに埋め尽くされていた。「今から注文したら、いつ来ます?」と訪ねたら、若くてイケメンなセールスのお兄さんには「早くて2年後ですね……」と言われて、「ですよねぇ(汗)」と苦笑いしながら、奥さんと共にディーラーを後にした記憶があるのだ。
ただそこには続きがあって、若くてイケメンなお兄さんは、「エントリーはただですから、ぜひ!」とウェイティングリストへの記入を勧めてくれた。その笑顔があまりにまぶしくて、慰めとはいえ、なんていい人なんだと住所と名前を書いておいたら、きっかり2年後にディーラーから連絡が来たのだ。そこで奥さんと一緒にタイプRを試乗したのだけれど、「生活のクルマとして使うには、ちょっと足まわりがハードすぎるね」という理由で、これを見送ったのだった。
そんな顚末(てんまつ)があったから、シビック タイプRに乗るたびに、やっぱり手に入れておくべきだったかな……と、ちょっと複雑な気持ちになるのである。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
内装が黒ってだけで、そそられる
今回試乗したシビック タイプRは、RACING BLACK PACKAGE(レーシングブラックパッケージ)だ。それは2025年1月の東京オートサロンで発表と同時に販売が開始された仕様で、当時、ホンダはタイプRのバックオーダー解消にめどがついたことから、このモデルを投入したと記憶している。しかしホームページを見れば、現在、その受注は一時停止状態とあるから(2025年8月末現在)、ふたたび需要と供給のバランスがとれなくなったようだ。
そんな時期に特別仕様車の試乗記を書かせるのだから、webCGも罪なことをするものだとつくづく思う。首を長くしながら待っている未来のオーナー諸氏にとって、この試乗記がつかの間の時間つぶしにでもなってくれたら幸いである。
ということでようやくレーシングブラックパッケージの話になるわけだが、その変更点はインテリアのみで、その他の箇所はスタンダードモデルとまったく同じである。しかしながら、火に油を注ぐようで大変恐縮だけれど、その内装がとてもいい。
タイプRといえば、ノーズやトランクに付けられた「H」のエンブレム、エンジンのヘッドカバー、室内ではステアリングのホーンボタン、そしてシートやカーペットまでもが真っ赤に彩られるのが、その“証し”だ。チャンピオンホワイトのボディーカラーとの組み合わせはなんだか日の丸的で、「RA272」を見て思わず敬礼したくなるような厳かさがそこにはある。
とはいえこの赤いシートとカーペットは、恐ろしく派手だ。特に普段使いしやすい5ドアハッチバックのシビック タイプRだと、「毎日乗るには、ちょっとなぁ……」と、購入検討したとき躊躇(ちゅうちょ)した。だから、ただシートとカーペットがブラックになっただけなのに、焼けぼっくいに火がつきそうになった。オジサンとはいえ、還暦にはまだ早いのである。
さらにいえば、ダッシュボード(とフロントドアライニング)に張り込まれたウルトラスエードも、レーシーだけれどシックでいい。機能的にそれはフロントガラスへのダッシュボードの反射を防ぐのに一役買っていて、だからこそ「ポルシェ911 GT3」をはじめとしたレーシングスポーツは、この手法をこぞって採用しているわけだ。こうしたコストがかかる表皮の変更は国産モデルだと珍しいから、いよいよ気分が盛り上がる。はっきり言ってこれは、オプションとして用意してもよい装備だ。
細部を見ても、ステッチの色を変更したり、新たな加飾を追加したりして、ていねいに全体のトーンをそろえている。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
普段の道でも、クローズドコースでも
シビック タイプRの走りは、登場から3年たった今も、まったく色あせていなかった。世のなかは低速トルク重視のクルマがあふれるようになったけれど、信号待ちからの加速でも2リッターのVTECターボが後れをとることはない。アクセルをジワッと踏むだけでブーストがきれいに立ち上がり、スマートにスピードを乗せていく。
6段MTのシフトフィールはすこぶる明瞭で、それが絶滅寸前のトランスミッションだとは思えないほどの「いい道具感」を持っている。
電動パワステのフィーリングも濃厚で、鍛え上げられた足まわりをゆっくり動かせる。極低速域だと細かく横揺れし、段差で“ドスッ”とはなるけれど、ヨー方向の動きは感動的に滑らかだ。荷重を受ける2軸式ストラットの剛性感も、何度乗ってもほれ直すほどのたくましさで、クルマ全体の動きにガサツさがまるでない。だからゆっくり走らせていても、クルマとの一体感が得られて運転が楽しい。そして速度を乗せていくほどに、乗り味はフラットになっていく。
これで後輪駆動だったらなぁ! ……というのは走りオタクの独り言で、実際のところ、常用するシーンで前輪駆動に不満を抱くことはないだろう。ましてクローズドコースでその実力を解き放てば、スピード領域の高さに驚き、それを極めて安定した挙動で支えてくれるシャシーの頼もしさに、「買ってよかった」と感じるはずだ。
やっかいなのは5ドアボディーの採用で、筆者のようにデイリーユースも可能なスポーツカーとしてシビック タイプRを求める人が出てくること。だから、「普段使いにはトゥーマッチだなぁ」なんてミスマッチが生まれてしまう。
![]() |
![]() |
![]() |
いっそ3ドアでもよかったのでは?
5枚ドアの安心感は、おそらくその人気に大きく貢献しているはずだ。ニュルブルクリンクや鈴鹿で安定性を得るためには2735mmのホイールベースも有効だし、「より多くの人が選べるからいいじゃない」という解釈も今っぽい。加えて乗り心地も、電子制御ダンパーのおかげで以前からは考えられないほどよくなった。
けれど、やっぱりシビック タイプRの価値は、「世界最速のFF車」であることなのだ。確かに5ドアハッチバックとして普段使いもできるが、決して「ものすごく速いファミリーカー」ではない。世界最速のホンダ車に乗りたい! とアツくなれるユーザーが選ぶべき、とっておきのスポーツカーなのだと思う。
だから本音を言えば、タイプRには「プレリュード」のような3ドアクーペで出てきてほしかった。販売的にはシビックベースの実績があったからこそ継続可能になったとは思うけれど、運動性能は確実に上がる。そしたら名前を「インテグラ タイプR」にしなくてはならなくなって、北米モデルとのすみ分けがまた難しくなったりするだろうが、走りにおいては圧倒的にピュアだ。
シビック タイプRの足まわりをごっそり使ったプレリュードも出ることだし、もしこのボディーでインテRをつくって、代わりにシビック タイプRの足まわりがしなやかになったら、ワタクシもう一度列に並ぶと思います。
いやいや、お気楽な妄想はここらへんにしておこう。もしあなたがウェイティングリストに並んでいるならば、買えなかった者のぐちなど無視して、期待を胸にデリバリーを待っていい。シビック タイプRは、いまなお最高のFFピュアスポーツである。
(文=山田弘樹/写真=山本佳吾/編集=堀田剛資/車両協力=本田技研工業)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
ホンダ・シビック タイプRレーシングブラックパッケージ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4595×1890×1405mm
ホイールベース:2735mm
車重:1430kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:330PS(243kW)/6500rpm
最大トルク:420N・m(42.8kgf・m)/2600-4000rpm
タイヤ:(前)265/30ZR19 93Y XL/(後)265/30ZR19 93Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ4 S)
燃費:12.5km/リッター(WLTCモード)
価格599万8300円/テスト車=612万5900円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション ドライブレコーダー 前後2カメラ(7万0400円)/フロアカーペットマット プレミアムタイプ(5万7200円)
テスト車の年式:2025年型
テスト開始時の走行距離:5884km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(5)/山岳路(1)
テスト距離:268.5km
使用燃料:29.63リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:9.1km/リッター(満タン法)/9.2km/リッター(車載燃費計計測値)
◇◆こちらの記事も読まれています◆◇
◆【ニュース】ホンダが「シビック タイプR」の新バリエーション「レーシングブラックパッケージ」を初披露
◆【試乗記】ホンダ・シビック タイプR(FF/6MT)

山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。
-
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2025.10.15 スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.11 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
NEW
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】
2025.10.17試乗記「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。 -
NEW
スバルのBEV戦略を大解剖! 4台の次世代モデルの全容と日本導入予定を解説する
2025.10.17デイリーコラム改良型「ソルテラ」に新型車「トレイルシーカー」と、ジャパンモビリティショーに2台の電気自動車(BEV)を出展すると発表したスバル。しかし、彼らの次世代BEVはこれだけではない。4台を数える将来のラインナップと、日本導入予定モデルの概要を解説する。 -
アウディQ5 TDIクワトロ150kWアドバンスト(4WD/7AT)【試乗記】
2025.10.16試乗記今やアウディの基幹車種の一台となっているミドルサイズSUV「Q5」が、新型にフルモデルチェンジ。新たな車台と新たなハイブリッドシステムを得た3代目は、過去のモデルからいかなる進化を遂げているのか? 4WDのディーゼルエンジン搭載車で確かめた。 -
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの
2025.10.16マッキナ あらモーダ!イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。 -
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか?
2025.10.16デイリーコラム季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。 -
BMW M2(後編)
2025.10.16谷口信輝の新車試乗もはや素人には手が出せないのではないかと思うほど、スペックが先鋭化された「M2」。その走りは、世のクルマ好きに受け入れられるだろうか? BMW自慢の高性能モデルの走りについて、谷口信輝が熱く語る。