第775回:1970年代原付バイクの代名詞「ラッタッタ」の起源を探る
2022.09.22 マッキナ あらモーダ!森のなかで突然
今回は、1970年代に一世を風靡(ふうび)した、あの懐かしい掛け声「ラッタッタ」に関する考察である。
2022年9月初旬の土曜日、シエナ郊外の森を散歩していたときのことだ。日中はまだ暑いが、朝の気温は15度以下ゆえ、上り坂があってもそれほど苦ではない。さらに週末は、通勤のクルマが極端に少なくなるため、安全に歩けるのもうれしい。
途中、道端に生えた野草を摘もうと、かがんだそのときである。背後から二輪車のエンジン音が聞こえてきた。メーカー名は判別できなかったが、2人乗りをしたライダーたちだった。それはともかく、驚いたのは「ラッタッタ」という楽しげな歓声だった。
ラッタッタといえば、1976年に本田技研工業が原動機付自転車「ロードパル」(NC50型)を発売した際のCMに使われたフレーズである。具体的には、キャラクターの女優ソフィア・ローレン(1934年~)がゼンマイ式ペダルを踏むときの掛け声であり、ワルツ風CMソングの歌詞でもあった。
イタリアでロードパルの輸出仕様「エクスプレス」が販売されていたという話は聞かない。ましてや日本と同じCMが放映されていたとは到底考えられない。さらに、筆者の後ろを通り過ぎたライダーたちが歌っていたのは、CMソングのメロディーとは違っていた。
バイクに乗った男女の2人組は、とうに姿が見えない。かつて全国の小学生を恐怖に陥れた「心霊写真」は、それっぽい画像が発生しやすいフィルム式カメラの衰退によって消えていったが、もしや「心霊サウンド」では。背筋が寒くなった。一緒にいた、筆者より真面目な女房に恐る恐る聞くと、「確かに私にもラッタッタと聞こえた」と言うので、本当だったのだ。
思えば、イタリア人のソフィアがあれほどラッタッタと繰り返していたものの、会話のなかで使った人には、イタリアに四半世紀住んでいても出会ったことがない。
起源はナポリか
まずは、手元の辞書を含む文献で、ラッタッタに近い語を探してみる。しかし該当する擬音語がなかなか見つからない。
インターネットを閲覧すると、イタリアに「Rattata music」というラップミュージシャンのグループが、同名のアルバムをリリースしているが2018年のことだ。ゲームシリーズ『ポケットモンスター(ポケモン)』には「Rattata(日本名:コラッタ)」というキャラクターが存在する。ただし、こちらは「ネズミ(rat)」にかけたものである。ラッタッタのルーツと考えるのは、いずれも時系列的に無理がある。
ようやく近い言葉を発見したのは、イタリアの料理専門ウェブサイト『ブォニッシモ』である。公開日不明ではあるものの、シャーベット状の飲み物の総称「ギアッチャータ(ghiacciata)」を、南部ナポリでは「ラッタタ(rattata)」と呼ぶ、と説明されている。
ナポリということで向かったのは、筆者が住むシエナから30kmほど離れたポッジボンシという町である。工業が盛んなその町には、南部出身の人が多く移り住んで働いている。
「飲み物」ということで、最初にナポリ出身のパニーニ(イタリア風サンドイッチ)屋台の2代目に聞いてみた。しかし、そうした飲料どころか、言葉自体も聞いたことがないという。
次に向かったのは、ナポリを州都とするカンパーニャ州出身のパオロ氏が経営する民間車検場である。まずは、スタッフのドメニコ氏(1984年生まれ)が応対してくれた。
彼の場合も「飲み物は聞いたことはない」という。だが、彼はこう続けた。「日々の暮らしのなかで、何か勢いをつけるときに、ラッタッタというんだよ」
ラッタッタという言葉は、存在したのだ! 日本で言えば「よっしゃー!」「いよッ!」といったところか。
やがてドメニコ氏の親方であるパオロ氏(1967年生まれ)も顔を出した。彼も「ラッタッタ」という言葉がナポリに存在することを認めた。
ところで、前述のように、かつてロードパルのCMには、「ラッタッタ」の歌詞を繰り返すワルツ調BGMが流れていた。もしやダンスをするときの「ワンツースリー」のごとく、ラッタッタと口ずさむ習慣があったのか? そう筆者が尋ねると、パオロ氏は「なかった」と断言する。代わりに彼は、もっと面白い解説を披露してくれた。
「それは昔の二輪車のモトーレ(エンジン)音から来たんだと思うよ」
ここからは筆者の推測だが、かつて二輪車に多く用いられていた2ストロークエンジンは、4ストロークと比べて失火が多い。そうしたとき、エンジン音が等間隔のリズムではなくなり、「ラッタッタ」のように聞こえることが多かった。四輪車もしかり。筆者が幼年時代を過ごした1970年代初頭、隣家にあった2ストロークの「ダイハツ・フェローMAX」は、明らかにラッタッタ的リズムを毎日発していた。それらを筆者が話すと、パオロ氏もうなずいた。あの日森を疾走していったバイクの2人組は、ナポリ出身だったのかもしれない。
イタリアの二輪車史をひも解けば、ピアッジョ社は、スクーター「ベスパ」のプロモーションに『ベスパパッパッパ』というCMソングを1960年にリリースしている。2ストローク単気筒のエンジン音と車名を結びつけた擬音語で、それはイタリア戦後広告史の代表例のひとつに数えられるくらい認知された。ラッタッタは、その『ベスパパッパッパ』から自然に派生したものとも考えられる。
同じピアッジョ社は、1967年にロードパルによく似た50ccバイク「チャオ」を発売している。こちらも2ストローク単気筒で、エンジン音はベスパパッパッパもしくはラッタッタと聞こえる。ロードパルのCM制作に参加した日伊両スタッフの頭の片隅には、イタリア人が口にする擬音語とチャオの姿があり、「ラッタッタでいこう」という流れになったことが想像できる。すでに世界的スターとなっていたソフィアも、自身のゆかりの地ナポリで使われていたラッタッタという言葉に親近感を抱いたことだろう。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
あれは挽歌だった
例のシャーベット飲料ラッタタが、ナポリの人々が口にするラッタッタとどのような関係があるのかについては、ついぞ判明しなかった。
それはともかく、ドメニコ氏もパオロ氏も「最近はラッタッタと言わなくなった」と証言する。年長のパオロ氏も「俺のじいさんの時代だな」と語る。彼らよりひとまわり若い屋台の若者が知らなかったのは当然といえる。
2ストロークエンジンが遠い過去のものとなるばかりか、電動化によってエンジン音そのものが消える可能性がある今日、擬音語としての「ラッタッタ」は、さらに消滅までの時計の針を早めている。あの日の森で聞いた「ラッタッタ」は筆者にとって、昭和の挽歌(ばんか)であると同時に、内燃機関への挽歌であったのかもしれない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、本田技研工業、Didier Jouen、Sophia Loren-Original Italian Food/編集=藤沢 勝)
拡大 |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
最終回:人それぞれに「最後のアルファ・ロメオ」 2026.8.27 イタリア・シエナで開催された「アルファ・ロメオ・スパイダー/GTV」のささやかなオーナーミーティングを、地元在住の大矢アキオが取材。あなたにとって最後で最高のアルファ・ロメオは、いつの世代のどのモデルですか?
-
第975回:ホンダ&スバルのTシャツがイタリアを席巻中 2026.8.20 イタリアで、ホンダやスバルをモチーフにした“日本車Tシャツ”が人気に。自動車をモチーフにしたアパレルの世界で、日本車や日本のブランドがもてはやされる理由とは? 素直に喜べないその背景を、現地在住の大矢アキオが考察する。
-
第974回:「民生用」と「軍用」をまたぐクルマたち――ルノーの最新戦術車両に思う 2026.8.13 ルノーのクロスオーバーSUV「ラファール」がまさかの軍用車に? ルノーと軍需との第1次大戦にまでさかのぼるつながりと、彼らが今ふたたび防衛産業と距離を詰め始めた理由、世界的に見られる軍用と民生用の垣根を超えたクルマの歴史を、大矢アキオが解説する。
-
第973回:静かになりすぎたクルマと「聴かせて、聴かせて隊」に思うこと 2026.8.6 最近イタリアでよく見かけるという、道行くスポーツカーやスーパーカーのドライバーに、豪快なエキゾーストサウンドをせがむ若者の姿。彼らの存在は静かになりすぎた四輪車に対するアンチテーゼか? 現地在住の大矢アキオが考察する。
-
第972回:黒船来襲も! イタリア自動車販売店は戦国時代 2026.7.30 イタリアで急速に進む、自動車販売店の統廃合と巨大グループの伸長。その背景にはどんな理由があり、私たちにどんな変化をもたらすのか? 現地在住の大矢アキオが、変わりゆく自動車販売のあり方を考察するとともに、消えゆく街かど自動車文化に思いをはせた。
-
NEW
「BYDラッコ」がアジアにはばたく!? ニッポンの軽自動車規格が海外勢に奪われる日
2026.10.30デイリーコラム中国のBYDが、軽BEVの「ラッコ」を日本以外でも販売すると発表! 日本独自のスモールカー規格は、はたして海外でも受け入れられるのか? 本家・日本のメーカーが、海外展開に及び腰だった理由とは? BYDが食指を動かす、軽自動車の秘めた可能性を探る。 -
メルセデスのトップからのまさかの転身 BMW日本法人の上野金太郎社長にインタビュー
2026.10.29デイリーコラムメルセデス・ベンツ日本からビー・エム・ダブリューのトップへ。いわば巨人の四番から阪神の四番のような異例の転身を遂げた上野金太郎社長。両ブランドの文化や製品の違い、今後の販売戦略などについて話を聞いた。 -
ボルボEX90ウルトラ ツインモーター パフォーマンス(後編)
2026.10.29あの多田哲哉の自動車放談ボルボの新世代EV「EX90」に、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんが試乗。ちょっと気になったところと、クルマとしての魅力を感じたポイントについて熱く語る。 -
写真で解説する「メルセデス・ベンツ・エレクトリックGLC」
2026.10.28画像・写真メルセデス・ベンツの新たなフル電動SUV「エレクトリックGLC」がデビュー。2026年10月28日に国内での注文受け付けがスタートした。一体どんなクルマなのか、その見どころを写真とともに解説する。 -
「ミッションS」だけではない? 2035年に向けたポルシェの新戦略を探る
2026.10.28デイリーコラムポルシェは2026年10月7日、新中期戦略「Sportwagenschmiede'35」を発表した。新型パワーユニット搭載の「ミッションS」をはじめとするニューモデルで、経営状態の立て直しを目指す。その注目すべき内容を詳しく解説する。 -
日産フェアレディZ NISMO(FR/9AT)【試乗記】
2026.10.28試乗記「日産フェアレディZ」のマイナーチェンジモデルが登場。改良の主眼はZが受け継いできたヘリテージのさらなる深化と性能の強化だという。もはやお値段1000万円(!)に迫らんとする「NISMO」の9段ATモデルを試す。








