第782回:耐久性は「ハイラックス」並み? 捨てられない“なんちゃって”デザインの目覚まし時計
2022.11.10 マッキナ あらモーダ!いまだ健在のサマータイム
今回は時計にまつわるお話を少々。
他の欧州連合加盟国と同様、イタリアでも2022年10月30日に夏時間(サマータイム)から冬時間へと切り替わった。具体的には、早朝3時に時計の針を2時に戻した。日本との時差は8時間だ。
本来ならば、この作業からすでに解放されているはずだった。思い起こせば、欧州議会では2019年3月に夏時間/冬時間の切り替え廃止を決議。2021年までに加盟各国がどちらかに固定することを決めた。だが、議会の決議を承認する欧州理事会が、新型コロナウイルス対策に翻弄(ほんろう)され、作業を棚上げした。さらにイギリスの欧州連合離脱を機に、英国の一部である北アイルランドと欧州連合加盟国であるアイルランド共和国との問題が生じた。同一の島で時差をどうするのか、という議論だ。そのため、夏時間もしくは冬時間の固定は実現されないまま、2022年の今日に至っている。
夏時間/冬時間の存廃については、域内市民の健康面やエネルギー消費量に絡めて、さまざまな賛否両論が戦わされてきた。ただし、イタリアに住む筆者の観点と経験のみで述べることをお許しいただけるなら、現状のまま、つまり夏と冬で切り替えるのがよい。
理由の第1は、観光・飲食産業への効果である。夏時間中は日没が遅くなる。筆者が住むシエナの場合、最も遅いときは夜の9時半近くまで明るい。そのため観光客は屋外で食事を楽しみ、住民も家での夕食後にふらっと散歩に出かけ、飲食店でコーヒーやジェラートを楽しむ。屋外コンサートや星空映画会に足を運ぶ人もいる。おかげで雇用も創出される。観光はイタリアの国内総生産の約13%を支える大切な産業だ。
個人的には、冬季における朝の時間が充実するというメリットもある。冬時間に切り替わると、朝が明るくなる。朝型の筆者としては、毎日やる気が増す。もちろん夜は早く暗くなってしまうのだが、冬至を過ぎれば、再び日没が遅くなってゆくのを楽しめる。
第2は域内での混乱が避けられることだ。ポルトガルはイタリアと同じ南欧で同じ欧州大陸にあるにもかかわらず、英国と同じ1時間の時差があることを筆者が知ったのは――現地在住の方には噴飯ものの話であろうが――初めてリスボンに降り立った8年前だった。もし狭い欧州の中で各国がそれぞれの時間を使うとなれば、旅行者にさらなる混乱を及ぼす。
加えて第3は、PCやスマートフォン、そしてスマートウオッチ、さらには電波時計の普及により、夏と冬で時計を手動で調整する必要が格段に減った。そのために時間切り替えのストレスは、国内にいる限りほとんど感じないのだ。
とはいえ家庭内には、マニュアル調整する時計が残る。ここからが今回のお話だ。
なんちゃって名作時計
わが家の場合、そのひとつはバスルームの時計である。といっても掛け時計ではない。目覚まし時計を無理やり貼り付けたものだ。なぜそうしたか? クギ1本とはいえ、きれいな壁に穴を開けるのが嫌だったからである。そのうえタイルの表面加工が特殊なため、あらゆる粘着テープと相性が悪く、掛け時計の荷重に耐えられないこともあった。そもそもイタリア一般家屋の標準よりも小さいバスルームに、大径の掛け時計はアンバランスだ。
目覚まし時計は、デンマークを本拠とする雑貨チェーンのタイガー(日本名:フライングタイガー)で見つけた。かつてディートリヒ・ルプスで、ニューヨーク近代美術館(MOMA)所蔵品としても知られるブラウン製「AB1」を複数使っていた筆者は、それを意識した“なんちゃって”デザインであることが即座に分かった。ただし単3乾電池を入れても70gちょっとと軽量なこと、目障りな色ではないこと、そしてわずか数ユーロと安いことにつられて選んでしまった。
電池交換とともに、夏と冬で年に2回は裏面のツマミを使って時間調整することを考慮しなければならない。そこで、超強力な面ファスナーである3Mの「デュアルロックファスナー」を時計の裏側と壁の双方に貼って取りつけた。
やはり「本物」
それから約7年。ついに電池交換をしても針が動かなくなったのをきっかけに、代替品を探すことにした。ところがタイガーでは同一品はとっくに絶版。家電量販店はもとより中国系雑貨店まで探しても、同様に軽量かつうるさくないデザインのアナログ目覚ましがない。デジタル式なら、たった数ユーロでカレンダーや天気予報が液晶表示されるものも売られているが、視覚的に時刻が把握しにくい。
そこで原点回帰。ブラウン製AB1の復刻モデル「BC02XB」をネット通販で探してみると、20ユーロで販売されていた。決して手が届かない値段ではない。ただし女房に提案すると「もし落下して壊れたらどうするのか」とたちまち強硬な反対に遭った。
話はそれるが、思い出したのは1990年代、東京の自動車誌編集部に勤務していたときのことである。会社が新築ビルに引っ越した際、部内の壁掛け時計を調達する役を買って出た。筆者が選んだのは、同じくルプスによるブラウン製「ABW35ウォールクロック」だった。盤面が透明の、極めて洗練されたデザインだった。しかし、実際に部内に掛けた途端、「時刻が分かりにくい」と、不評の嵐が巻き起こった。「じゃあ駅ホームの時計でも掛けとけよ」と心ではたんかを切ったが、気弱な筆者ゆえ口に出せなかった。デザインの啓発とは、いつの時代も忍耐を要するものだ。
「落ちて壊れても泣かない」と女房に約束し、なんとか購入したBC02XBは、意匠の基となったAB1と比較すると、アラームのON/OFFスイッチが小型化されていたり、前面に照明スイッチが付加されていたりと、各部に改変が施されている。国鉄の車両で言えば、「201」系になって性能は向上したものの、「101」系のピュアさが損なわれたのと似ている。
いっぽう、AB1の意匠を継承した上品な盤面と書体は、他社製品や、ましてデジタル時計では決して得られない精神的な落ち着きを見る者に与える。同時に、アクセントとなる黄色い秒針が淡々と進む様子を眺めていると、「時間を大切にせねば」という気持ちが湧いてくる。良質なデザインとは、こういうものだ。
このブラウンBC02XB、タイガーのように壁に貼り付けるのはもったいなく、女房に「邪魔だ」と文句を言われつつもバスルーム内のキャビネット上に置くことにした。
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捨てられない理由
かくも本物のデザインを再認識した筆者だが、動かなくなったタイガー製なんちゃってブラウン時計も、ある点では優秀だった。耐久性だ。
前述の女房との会話からお察しの方もいると思うが、タイガーの目覚まし時計は、たびたび落下した。ジップロックファスナーと時計裏面との粘着がうまくいかなったらしい。そのたび直下にあるタイル製の床、もしくは陶器製洗面台やビデに激突した。
それでも動き続けた。何度か衝撃でばらばらになってしまったが、組み立てると再び動き出した。ムーブメントに決定的な打撃が加わらないためだろう。それを7年にわたって繰り返したのだ。思い出したのは、英国BBCの自動車バラエティー番組『Top Gear』が2003年に放送したエピソード「Indestructable Toyota Hilux Challenge」である。主役は5代目「トヨタ・ハイラックス」だ。どの程度の演出が介在したかは定かでないが、24時間水没させ、鉄球を当て、火にさらし、さらにビルの屋上から落としても、エンジンがかかって走りだした。不死身のタイガー時計は、それに似ていた。ついでに皮肉なことを言えば、どこか他国の製品に似ているのも日本車を思わせる。
実は、本稿執筆を機会に処分しようと思ったが、ふと電池を入れてみると、再び動き出した。もはや縁起物のようにも思えてきて、また捨てられなくなってしまった。
(文とイラスト=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>写真=Akio Lorenzo OYA、メルセデス・ベンツ/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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