第795回:イタリアマフィアに学ぶ「安心・安全なクルマ選び」
2023.02.16 マッキナ あらモーダ!“その筋の方々”との違い
イタリアで30年にわたって逃亡を続けていたマフィア「コーザ・ノストラ」のボス、マッテオ・メッシーナ=デナーロ容疑者が2023年1月16日、シチリアで逮捕された。日本のメディアでも報道されていたので耳にした方も多いだろう。
後日、そのメッシーナ=デナーロ容疑者の自家用車が発見されたことがイタリアで伝えられた。彼が隠れていた場所に近い車庫に置かれていたその車種は「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ」で、車体色は黒だった。
現地の報道を総合すると、捜査関係者は逮捕時に所持していたジュリエッタのキーに記憶されたコードを解読し、保管場所を突き止めたという。ジュリエッタは2020年(一部報道では2022年)にパレルモのディーラーを通じて購入したことが分かっている。下取りの「フィアット500」とともに1万ユーロ(約140万円)を現金で支払ったとされているが、ディーラーはそれを否定している。ちなみに、イタリアでは脱税捜査を容易にするため、高額商品の購入に現金支払いが禁止されている。所有者の名義は子飼いの人物の母親になっていた。車検・保険とも正規の手続きが行われていた。
マフィア中のマフィアともいえる人物が、ごく普通のジュリエッタに乗っていた。なお、彼には運転手役の人物がいて、その際の移動に使われていたのは、さらなる普及車種である「フィアット・ブラーボ」だった。逮捕現場となった、がん治療のための病院にも同車に乗って行った。
筆者が回想するなら、マフィア幹部が地味なクルマに乗っていることが分かるのは、2014年にローマ一帯を中心とした「マフィア・カピターレ」のボス、マッシモ・カルミナーティが逮捕されたときの例もある。イタリア憲兵隊に取り囲まれた彼が乗っていたのは、シルバーの2代目「スマート・フォーツー」だった。
高級車をこれ見よがしに乗る日本の“その筋の方々”と異なり、イタリアマフィアにとってクルマ選びは「目立たない」ことが大原則なのである。それをさらに証明する歴史的な例を、先日パリで実際に見ることができた。
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白い「A112アバルト」のオーナー
それを発見したのは、ヨーロッパを代表するヒストリックカー見本市「レトロモビル」の会場である。
第47回を迎えた今回は、2023年2月1日から5日まで開催された。会期中にはオークションハウス「アールキュリエル」のセールも行われ、トゥリング・スーペルレッジェーラ製バルケッタボディーを持つ「フェラーリ340アメリカ」(1951年)が570万6000ユーロ(約8億0404万円。税・手数料込み)で落札された。
いっぽうで、会場内には近年恒例である「2万5000ユーロ(約352万円)以下の中古車コーナー」も設けられていた。ここに紹介するのは出品車の一台で、一見何の変哲もない1981年1月登録の白い「アウトビアンキA112アバルト」である。プライスタグの横に記されたもう1枚の紙には、こう記されていた――「装甲仕様。元マフィア」。
装甲仕様であることが真っ先に分かるのは、分厚い窓ガラスだ。テールゲートの内側にも補強のパネルが付加されている。それらは人々の関心を大いに引いていた。勝手にドアを開ける来場者さえいる。
売り主は、パリ・セーヌ左岸の中古車コレクション「フュトゥール・クラシック」である。当日は担当者の姿が見当たらなかったため、後日筆者はプライスタグに記された電話番号に連絡してみた。すると相手は次のように語ってくれた。
「初代オーナーは、カモッラ(ナポリ系マフィア)の幹部でした。彼は新車でこのクルマを手に入れました。私は2番目の所有者です」
続いて彼は装甲のグレードについても解説してくれた。
「装甲にはB0からB10の段階があります。最高のB10は米国大統領車レベルです。このA112アバルトはB6相当で、ルーフやテールゲートを含めて改造が施されています。カラシニコフ銃の攻撃にも耐えられます。もちろんタイヤも強化されています」
テールゲートを含めた鍵も、特殊なものが用いられているという。その他の特徴的な装備としては、スピーカーとマイクがある。
「それらを通じて車内外で会話をしていたのです」
ファクトリー仕様では用意がなかったエアコンが装着されているのも、なるべく窓を開けたくなかったためであることがうかがえる。
後部に搭載された消火器は、万一の火災が発生した際、4輪に噴射される。
「重量は300kgも増加していますが、エンジンは70馬力のままです」
走りよりも保身を優先したことが分かる。
「走行距離はわずか1万1000km。昨年、ブレーキ系統を現行型『フィアット・パンダ』のものを移植して強化しました」と彼は結んだ。
価格は、前述したコーナーの価格上限に限りなく近い2万4900ユーロだ。
感じる「移動の自由」の力
参考までに、アウトビアンキA112は1969年から1986年までに125万4000台が生産された。一般人に紛れるには十分な数であったといえる。
ところでマフィアとA112といえば、イタリア人ならすぐに思い起こす事件がある。
1982年9月、イタリア軍警察のカルロ=アルベルト・ダッラ・キエザ将軍(61歳)が、パレルモでコーザ・ノストラに護衛車とともにカラシニコフの銃撃300発を受けて殺された。そのときに彼が乗っていたのもアウトビアンキA112だった。ステアリングを握っていたのは、わずか2カ月前に結婚した20歳年下の妻で、ともに命を奪われた。
犯罪集団のボスと、そうした組織を追う警察組織の幹部という、最も狙われる両者が、運転手付きのクルマではなく、小型のハッチバック車で一時の移動の自由を味わおうとしていた。かくも自動車は人を引きつけるのかと、本稿を執筆しながら考えたのであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。