No Garage, No Life! | 達人たちのガレージライフ
趣味を楽しむこだわりの極上空間 2023.07.10 Gear Up! 2023 Summer 素晴らしいクルマが暮らす、よく考え抜かれてデザインされた心地よい空間。そこに身を置くと、心の安らぎを覚えると同時に自分の人生を振り返りたくなるような気がしてくる。ビルトインガレージゆえの苦労も
あいさつもそこそこにオーナーに案内されたガレージは、想像していたとおりの極上の空間だった。個人の住居とは信じられないほど広い玄関を抜けて、小粋なバーカウンターのあるリビングルームに足を踏み入れると、ガラス張りのパーティションの向こうにガレージが広がる。シャッター扉のある正面を除く三面すべてはレンガ積みの壁で窓はない。けれど、リビングルーム越しに差し込むわずかな外光と随所に設けられた照明によって、室内はクルマを鑑賞するにふさわしい適度な明るさが保たれている。単に明るいだけでなく、レンガの壁と柔らかに光る照明で演出された温かみのある色合いの空間が心地よい。
オーナーは佐藤 優さん。還暦を機に一念発起して家を建てる際に念願のガレージを実現させた。次男夫婦との二世帯住宅は3階建てでガレージは1階に作られた。いわゆるビルトインタイプのガレージだ。オーダーメイドに応えてくれる大手ハウスメーカーのチームと一緒に1年半がかりで構想を練ったという。
重量鉄骨構造を基本にしながら、自分の作りたい住宅を目指すことができた。土地の形、居住スペース、奥さまの手芸クラフトのための部屋づくり、二世帯の完全独立化、2基のエレベーター設置などさまざまな要素を織り込んだ結果、ガレージは縦に3台が2列の計6台のクルマが収まる、間口に対して奥行きのある細長いスペースになった。
「クルマの出し入れは大変なんですが、縦に2列並ぶのも写真的には映えますし、けっこう気に入っています」
大手ハウスメーカーに依頼したこともあり、ビルトインガレージの実現にはいろいろと苦労させられたという。
「クルマは可燃性の危険物ですから、コンプライアンスを重視して作るとなると難しい部分も多かったです。ガレージが見えるようにリビングルームとの仕切りをガラス張りにしましたが、本当は柱をなくしてもっと大きな耐火ガラスを使いたかった。でも規制が厳しくて無理でした」
設計チームとの打ち合わせは楽しくもあり、またストレスを感じることも少なくなかったという。どんなデザインにするか、どんな部材を使うか、一つひとつ希望を形に変えていくには時間がかかる。おのずと相談事は多くなるものだ。
「家内のクラフトルームについて話すとき私は爆睡状態でしたし、逆にガレージが話題のときは家内が無関心でね。ガレージとは話がそれますが、次男の住む3階には露天風呂まで作ることになったので、さらに大変でした。とはいえ、ここまできたら意地でも作る。そんな感じでした」
こだわりは扉・床・壁とランプ
そこで人間が生活するわけではないガレージの構成要素はシンプルだ。全体が箱のようなものなので、シャッター扉、床、そして壁の3つをどうするかを考えればよい。とはいえ、それぞれにこだわりがあると、これはこれでひと筋縄ではいかないのである。
まず電動のシャッター扉は一般的な巻き上げ式ではなく、クルマ2台分の幅のあるサイズのはね上げ式だ。イタリアのシルヴェロックス社製で、都内某所のショールームで見かけてひと目ぼれした。木製なので住宅の外観上のアクセントにもなっているようだ。
床材もイタリアから輸入したもので、大小の四角いタイルが敷き詰められている。ガレージだけではなく、隣り合わせのバーのあるリビングルーム、玄関も同じタイルだ。それだけに使用したタイルの量は一般家庭用としてはかなり多く、発注間違いではないかとイタリアの業者に言われたほど。
もうひとつは壁。レンガにすることは初めから決めていたと佐藤さんは語る。レンガは英国の、その名もブリックス社から取り寄せたものだ。レンガは表面がやや粗い仕上げで風合いがある。レンガはそれ自体の色、そして積み方(貼り方)と目地の色や幅で表情を変えるものだが、面白いのは佐藤さんの住宅では場所によって積み方が違うところだろう。ガレージは馬踏み目地(馬目地)と呼ばれる、長手部分を横方向に半分ずつずらして積む、馬の足跡のように目地が交互になる積み方である。そしてリビングのバーはイギリス積み、トイレはフランス積み(フランドル積み)になるのだが、オーナーのこだわりの強さを見る思いだ。
レンガの壁の良さをさらに強調するのが船舶用ランプの存在だ。佐藤さんが所有するログハウスですでにその良さを知っていたという。船舶用ランプはオランダのDHR社製で、本来の石油仕様を電気仕様に変更したもの。配線を壁に埋め込む必要があることから、ガレージを作る前から買い集めていた。
レンガの壁の赤みがかった色、壁の要所に配されたこの船舶用ランプの光、さらには壁にあつらえたお宝展示用の棚の間接照明。それらが一体となった味わい深い雰囲気は目に優しく、それはまたオーナーの人柄を反映しているようでもある。
底値で買ったF40とスロットカー
今回ガレージにたたずむ6台は、最前列が普段使い用のベントレー・コンチネンタルGTクーペ、奥さま用のメルセデス・ベンツE450ワゴン、2列目が同じく奥さま用のポルシェ911、ヒストリックカーレース用フェアレディ240ZG、最後列がフェラーリ488ピスタ、そしてフェラーリF40となる。佐藤さんはこの6台以外にもレース用のアルファ・ロメオ・ジュリアGT1300ジュニアやロータス・エラン、ロータス23Bなども所有していて、ときどきこのガレージにも収まるらしい。
数ある所有車のなかでも特別なのはフェラーリF40かもしれない。佐藤さんが手に入れたのは17年前、ヒストリックモデルやフェラーリに代表されるエキゾチックカーの価格が高騰する今とは対照的に“底値”で購入したという。
「F40は憧れのクルマでしたが、壊れるからやめとけと言われたものです。実際、程度の良いものはなかなか見つかりませんでした。国内にあるものはタービンを交換するなど改造車だらけ。事故車も多かった。ノークラッシュで、そこそこ手間のかからなそうなのがこれでした。フランスのシャルル・ポッツィがデリバーしてイギリスに渡ったあと、日本に来たものです」
今でこそコンディションはいいが、エンジンのオーバーホールをはじめ徹底的に手を入れた。
「もともと低回転からトルクがあるエンジンなのでドッカンターボにだけ気をつけていれば乗りやすかったし、フツーに走れますよ。今はさらにエンジンは滑らかになりました」という佐藤さん。年間3~4回はイベントのために走らせるというが、購入当時はうれしくて、どこにでも行っていた。レースに出るとき、サーキットまで乗って行くことも何回かあったという。
リアウイングやホイールはワンオフの“LMタイプ”に交換しているが、もちろんいつでもオリジナル状態に戻せる工夫を凝らしている。事実、フェラーリ・クラシケ(マラネッロが発行する生産から20年以上経過した古いフェラーリの公式鑑定書)を取得済みである。
佐藤さんのクルマ好き、自動車趣味の原点はスロットカーだ。第1次のスロットカーブームは一瞬にして消え去った印象もあるが、1960年代に取りつかれた少年はけっこういたものだ。海外のコックス、モノグラム、レベルなどのキットを組み立てては利用料の高いサーキットに足を運んだ人はいるはずで、佐藤さんもそのひとりだった。スロットカーを通じて、フェラーリなどの海外のスポーツカーを知ることとなる。
スロットカーのあと、佐藤さんの興味はモータースポーツに向かう。小学5年生のときに友だちのオジサンに連れて行ってもらった富士スピードウェイを舞台にした第3回日本グランプリがきっかけだった。1966年5月のことである。
「そこからですね、クルマに夢中になったのは。小学生でカーグラフィックを買いました。あの頃のカーグラはレース記事が多くて、むさぼるように読みました」
原付に乗るようになり、さらには自分のクルマを持つようになってから、レース観戦はどんどん増えていく。住まいが静岡県の沼津市だったこともあり、富士GCレースにはずいぶん通った。1976年のF1世界選手権inジャパンも富士スピードウェイのグランドスタンドで観戦している。
レースざんまいの休日
佐藤さんは整形外科の医師。大学病院の勤務医を経て、開業したのが37歳のときである。佐藤さんの好きなモータースポーツが、見るものから参加するものへと変わったのは開業から3年後の頃、40歳にして本格的にレース活動を開始する。アルファGT1300ジュニアを駆ってのヒストリックカーレースへの参戦であるが、同時期に腕を磨くためにトヨタ・スターレットEP71で練習を重ねる。多いときは筑波を200周も走った。そのかいあってEP71での初レースはポール・トゥ・ウィンという素晴らしい結果を残している。
アルファ、エラン、23B、240ZGによるヒストリックカーでの参戦は現在も続いていて、年間のレース数は少なくても10という充実ぶりである。レースを始めてから今年で29年目ということだが、なんと340レースをこなしたというのだから驚かされる。
「レースに参加することでいろいろな人と出会えるようになりました。医者って人付き合いの範囲が狭くなりがちなので、レースは本当にいい趣味だと実感しています」
そんな佐藤さんにとって、ガレージもまた多くの人との出会いの場所になっている。ガレージのコンセプトは“クルマ好き、酒好きが集まって楽しめる場所”。「還暦を過ぎて家を建てても、いったい何年住めるんだろうか」と迷った佐藤さんも、今は思い切って建ててよかったと語る。平日は早朝から夜遅くまで仕事に追われる医師という仕事と、週末のレース参戦という趣味を見事に両立させていることに拍手を送りたくなる。
そして何より佐藤さんから強く感じたのは、趣味の面白さと夢をカタチにすることの素晴らしさだ。完成から7年半が経過するガレージには、佐藤さんのこだわりの生き方がたっぷり詰まっている。
(文=阪 和明/写真=荒川正幸)

阪 和明
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