第752回:狙うはテスラ超え! 完全自動運転のEVメーカーを目指す日本のスタートアップ企業とは?
2023.07.03 エディターから一言 拡大 |
「We Overtake Tesla」をうたい、完全自動運転のEVメーカーを目指すTuring(チューリング)という日本のスタートアップ企業をご存じだろうか? 報道関係者に初公開された千葉・柏の自社工場に出向き、同社の活動に迫った。
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だれもやらないから自分がやる
チューリングは、史上最強の将棋AI「ポナンザ」の開発者・山本一成(いっせい)さんが、アメリカの工学の最高峰、カーネギーメロン大学のPh.D.(Doctor of philosophy)を自動運転の研究で得た青木俊介さんと2021年8月に共同で設立。いまはまだ40人弱の小所帯ながらAIでの社会変革を夢見る、スケールの大きな会社である。エンジニアの半数以上が東大卒というニッポンの優秀な頭脳が集まり、たちまち自動運転の初期段階デモカーをつくって、創業1年のシード期に10億円もの資金調達に成功。経済産業省主導の「J-Startup企業」にも選ばれ、大きな注目を集めている。
そのチューリングが先日、千葉・柏の自社工場「Kashiwa Nova Factory」で、工場と自動運転のデモ走行をメディアに初披露した。
スタートアップとは、イノベーションによって短期的な成長を達成し株式の上場を目指す、社会貢献と一獲千金、野心と冒険心に富んだ、アメリカのシリコンバレーとかにはたくさんある会社を指すわけだけれど、山本一成CEOが発表したチューリングの成長戦略は驚きに満ちたものだった。もちろん、筆者が寡聞にして知らなかったこともあるけれど、彼らの掲げるミッション、「We Overtake Tesla」にたまげた。
長らく将棋の世界にいた山本CEOは、自動車大国ニッポンに、中国やアメリカにはあまたある自動運転EVのスタートアップがないことを知って悲憤をおぼえた。彼らにできて、ニッポンにできないはずはない。優秀な自動車とソフトウエアのエンジニアはたくさんいる。この2つを組み合わせれば、絶対にいいものができる。だれもやらないのだったら、自分がリーダーとなってやってやろう! と考えたのだ。
令和に快男児が現れた
山本CEOの戦略というのは、ズバリ「テスラから学ぶ」である。第1段階は「テスラ・ロードスター」のような少量生産のEVを販売すること。ただし、実際上は「ロータス・エリーゼ」のEV版で、筆者の理解では電池を除いてロータスに丸投げだったテスラとは異なり、チューリングはサプライヤーの協力を得つつ、シャシーから独自に開発し、厳格といわれる日本の法規をクリアすることを目指す。レベル2の自動運転システムを搭載するチューリングのオリジナルEV、コードネーム「Raccoon(ラクーン)」は限定100台の生産・販売で、なんとそれを2024年に発表するという。
ラクーンで自分たちの能力を証明して、より大きな資金を調達し、より大きな工場を確保。2030年にいわゆるレベル5、完全自動運転のEVを1万台生産する。これが次なる大きな目標で、もしも世界初で実現すれば、とんでもない衝撃を与えることになる。
工場見学もビックリだった。ラクーンの発表まで2年を切っているというのに、Kashiwa Nova Factoryは実際上、空っぽ。秋の東京モーターショーあらため「ジャパンモビリティショー」に出展予定のコンセプトカー用パイプフレームを、2階のガランとした空間でハンドメイドしているだけなのだ。こんなのを公開するなんて!?
1階にはボディーがはがされた研究用の「日産リーフ」が1台、データ収集用の「ホンダN-BOX」が1台置いてあった。N-BOXには前後左右にカメラが取り付けてあって、360度パノラマで映像が撮れるように改造されている。この映像とGPS、加速度、人間のドライバーのハンドル、アクセル操作などを照らし合わせたデータを一元的に記録する。そうすることで周囲の状況によって人間がどういう運転をしているのか、自動運転AIに学習させる。自動運転の実現には125万km、日本の道路をすべて足したような膨大なデータが必要になる。そのため、このようなデータ収集車を数十台に増やす。軽自動車を使っているのはコストを下げるためで、カメラを含め、1台200万円ぐらいに収めている。
水面下で地道な努力が続けられていることは確かなようである。パイプフレームづくりは、クルマづくりのイロハを一から学ぼうとする彼らの姿勢を示してもいる。考えるだけではなくて、手を動かしてもいるのだ。
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2025年に右左折できる自動運転システムを搭載
自動運転のデモもビックリだった。レベル2程度の自社開発のシステムを搭載した「レクサスRX450h+」と、LMM(大規模言語モデル)でクルマを動かすシステムを備えた「トヨタ・アルファード」が1台ずつ用意してあって、まずはRXで、工場周辺の公道をグルリ一周した。筆者は助手席に陣取り、ドライバーと車両の動きを観察。フロントガラス上部に取り付けた2つのカメラで前方を読み取り、車線をAIが検知すると、一般道でも車線中央を走ることができる。現状でできるのはこの程度だけれど、「テスラのオートパイロットと同じぐらいの精度が出ている」と、開発を担当するドライバー氏は胸をはった。今年中に、人も信号も認識してストップ&ゴーができる仕様にバージョンアップするという。
じつはこのシステム、RXのADAS(先進運転支援システム)をハックして動かしている。トヨタのADASは高速道路での使用が前提で、右左折できるほどステアリングを大きく回すことはできない。2024年のラクーンにはそれができるレベル2のADASを搭載する。
たまげたのは、もう1台のアルファードである。工場の敷地内に黄色と赤と青のパイロンがそれぞれ1本ずつ置いてあって、「黄色いパイロンに進んでください」と開発者がクルマに日本語で指示を出すと、アルファードがゆっくりとそちらに向かって動く。
クルマの前にいた交通指導員役の人が「止まれ」という身ぶりをすると、アルファードはちゃんと停止。「交通指導員の指示を無視して黄色いパイロンに進んでください」と指示すると、またゆっくり動き出した。「赤いパイロンに進んでください」と指示すれば、もちろん赤いパイロンに向かってゆっくり進む。問題は次の指示である。
「赤いパイロンに進むと1人が事故にあい、黄色いパイロンに進むと2人が事故にあいます。どうすればいいですか?」
いわゆる「トロッコ問題」である。開発者自身もAIがどういう答えを出すか、「ドキドキしている」という。「われわれは、この指示が入ったら『こうしろ』とは言ってなくて、彼=AIが判断しているんです。彼なのか彼女なのかわかりませんが、5秒に1回推論していて、毎回答えは変わります」。なんとビックリである。
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トロッコ問題の解決をAIに任せる?
レクサスRXに搭載しているのは反射神経的、小脳的なシステムで、これをどんなに進化させてもレベル5の完全自動運転はできない。カギを握るのは、アルファードで開発を進めている、自分で認識・推論・判断ができる大規模言語モデル(LLM)を活用した大脳的なシステムなのである。もちろん、どちらか片方だけではダメで、人間のように大脳と小脳を組み合わせて使う必要がある。チューリングはこの考え方の特許申請をしている。
2030年に完全自動運転が実現すると彼らが予想しているのは、その頃にはAIの処理能力も高まっていて、「われわれががんばるというより、世のなかが進歩する」からだとアルファードの助手席に座る開発担当者は述べた。
トロッコ問題の答えはどうなる? アルファードの車内で筆者が質問すると、彼は、「今回は止まりました。ただ、さっきやったときは1人の事故のほうに行きました。われわれも正直わからない。これについては哲学的な論争とか社会的な要請とかもあるんですけど、たとえば山本さん(CEO)はAIに判断させたほうが絶対にうまくいく、と強く思っています。それはなぜかというと将棋(ポナンザ)のときにすべてをAIに任せて、人類がだれも勝てないものをつくり出した経験があるから。少なくともわれわれがやりたいのは、技術的に、あ、これって本当に人間と同等以上にできるな、というレベル(の自動運転)です」と答えた。
トロッコ問題の解決をAIに任せるなんて、マッドサイエンティストっぽい?
「ま、僕は彼の古い友人ですけど、彼みたいなヤツがいないと世界は変わらないと思っていて、ああいう人がいるから世のなか変わっていく。ま、チューリングがどうなるかわからないとしても……」と、担当者は語った。
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新しいタイプの自動車メーカー
山本CEOは同社の戦略発表の最後でこう述べた。「2030年、完全自動運転ができるかできないか。正直に言いましょう。私はできる可能性はかなりあると思っていますけど、できないことも普通にあると思っています。それは全然否定しない。だからといって、 なにも賭けない結果がどういう結果になるか、現状が示している。この会社は賭けます」。う〜む。頼もしい!
さらに、webCG単独のインタビューでは「主語をいつも人類、と考えておりまして、人類視点だと、日本人はエンジニアがこんなにいっぱいいるのに、大きなチャレンジがないのは、日本としても損失だし、人類としてはさらに大きな損失だと思っていて、歯がゆいと感じます。ホントは、みんなできるんですよ」とも語った。
ラクーンについても聞いてみた。それはたとえば、スポーツカーなのかセダンなのか? 山本CEOは「クロスオーバーとか、ああいうセグメントです、単語はちょっと悩みますけど」と言う。
「テスラ・モデル3」みたいな感じだろうか。「もうちょっと背を高くしようと思ってますけど、そんなセグメントにしようかなぁ〜と。この会社はテスラを超えるような会社になりたい。テスラが偉大なのは、最初のロードスターも偉大でしたけど、モデル3がたくさん売れたことです。そういうセグメントを目指していきたい」と山本CEO。
レベル2のEVなら、ほかにもある。では、チューリングにしかない魅力とはなにか。それについて山本CEOは「“走る・曲がる・止まる”はあまり考えなくて、車内のエンターテインメント性を高めていけばいいのだろうなと思ってます」と独自の考えを述べた。
新しいタイプの自動車メーカーがニッポンに生まれようとしている。若者たちのチャレンジに幸あれ!
(文=今尾直樹/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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