第818回:自動車の街からデザイン都市へ これがデトロイトファッションだ!
2023.07.27 マッキナ あらモーダ!気がつけば「デザイン都市」に
『デトロイト音頭』とは、自動車をテーマにした多くの楽曲をもつクレイジーケンバンドによる2008年の作品だ。冒頭の歌詞からして「Detroitの工場ではクルマ造りに明け暮れていた」である。読者諸氏の多くもデトロイトといえば、アメリカ合衆国における歴史的な自動車産業都市をイメージするに違いない。しかし、今回は異なる横顔に触れた話を。
2023年6月13日から16日まで、イタリア・フィレンツェでは恒例の紳士ファッション見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」が開催された。第104回を迎えた今回も、多くのブランドが2024年の春夏コレクションを占った。
毎回出展の主役は、イタリア系ブランドである。だが、同時にゲストのかたちで国外のファッションが特集される。今回のそれはデトロイト、および州内最大の都市として同市を擁するミシガン州だった。
会場の一角には、「デトロイティッシミ」と名づけられたパビリオンが設けられた。「Detroitissimi」とは、無理やり訳せば「デトロイトっぽさ最高」といったところである。
実はミシガン州は、2015年12月にユネスコから「デザイン都市」の指定を受けている。これは米国では初であり、現在でも唯一だ。参考までに、今日までにユネスコは、イタリアではトリノ、日本では旭川と名古屋、そして神戸など、世界34の国で同様にデザイン都市を選んでいる。
ミシガン州がデザイン都市に選ばれたのは、デザイン・建築設計の従事者、美術館・博物館、デザイン教育施設などの数だけでなく、その質が総合的に評価されたことによる。ゼネラルモーターズやフォード、ステランティスなど世界的自動車企業がデザイン開発センターを構えていることも評価された。
今回のピッティ・イマージネ・ウオモでの展示は、開校を1906年にまでさかのぼる米国屈指のデザイン教育機関で、ミシガンを本拠とするカレッジ・フォー・クリエイティブ・スタディー(CCS)の主導で実現した。
言われなければ気づかない
パビリオン内をのぞくと、計6つの団体とデザイナーが作品・製品を展示していた。
彼らがコラボレートしたのは作業服ブランドのカーハートだ。“デトロイト版ワークマン”といったところである。今回は同社の廃材や古着を活用して、学生たちがデザインに取り組んだ。
プロデザイナーのコーナーも見てみる。ボスウェル・ミリナリーを主宰するボスウェル・ハードウィック氏は帽子デザイナーである。メッシュ素材をベースに、形状記憶性をもたせたハットを得意とする。
筆者が自動車デザインやヒストリーについて頻繁に執筆していることを告げると、ボスウェル氏は、うれしそうに1つのプロダクトを見せてくれた。そして“巻き”の部分を指さしてこう説明した。「これ、シボレーのシートベルトです」。言われなければ気づかないほど、帽子本体に溶け込んでいる。今回展示されたのはブラックだったが、シルバーのベルトを用いたプロダクトもある。
かつてシトロエンは「DS」(1957年)のカタログにファッションデザイナーのジャック・エステレル氏を起用。自動車のシート地でつくったドレスを女性モデルに着用させている。さらに1959年のパリモーターショーには実物を展示した。ボスウェル氏はシート地以上に縁の下の力持ち的なパーツであるシートベルトを見事に活用している。
地元の手工業者を通じて少量生産する。ちなみに、そのポリシーは隣のスタンドで展開していたジェンダーレスのブランド、ディヴィエイトも同じだ。
産業シフトのよき手本
デトロイトの歴史は挫折と復興の繰り返しだった。会場にも記されていた市旗のモットー「Speramus Meliora Resurget Cineribus(より良きものへの望み、灰じんからの復活)」は、1805年に市を襲った大火からの再生を誓ったのが始まりだ。やがて20世紀に入り、自動車生産で大きな発展を遂げた。
残念ながらデトロイト市の人口は減少を続けている。1950年には184万9568人で全米5位だったところが、2021年には63万2364人、全米27位にまで減っている(データ出典:ビッゲストUSシティーズ・ドットコム)。今日の日本における数字で比較すれば、一部の県並みだった人口が、東京の足立区(約67万人)より少なくなってしまったことになる。
第2次大戦後はモータウン・サウンドで音楽界に大きな旋風を巻き起こした。あのジャクソン5も、伝説のモータウン・レコードが出発点だった。1950~1960年代のデトロイト流カーデザインは、イタリアのカロッツェリアに大きな影響をもたらした。残念ながらデトロイト市の人口は減少を続けている。1950年には184万9568人で全米5位だったところが、2021年には63万2364人、全米27位にまで減っている(データ出典:ビッゲストUSシティーズ・ドットコム)。今日の日本における数字で比較すれば、一部の県並みだった人口が、東京の足立区(約67万人)より少なくなってしまったことになる。しかし、その歴史的底力でイタリアのファッション界にも新たな風を吹き込むだけの力を蓄えてほしい。同時に、デトロイトのデザインシティー化は、日本の都市が従来型工業から知識集約型産業+家内制手工業にシフトする際の、ヒントが隠されている気がしてならない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Boswell Millinery、CCS、フォード/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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