サーブ9-3X(4WD/6AT)【試乗記】
癒やしのクルマ 2011.01.14 試乗記 サーブ9-3X(4WD/6AT)……545万1000円
2010年9月、日本での販売を新体制でスタートさせたサーブブランド。その第1弾として導入された新しいクロスオーバーモデル「9-3X」に試乗した。
お久しぶりです
クルマに乗るのが「試乗」だが、乗っただけでは気の利いた文章などとうてい書けないところが、この仕事の工夫しがいのあるところだ。乗り心地がいいクルマに乗って「乗り心地が良かった」とか、速いクルマに乗って「速かった」なんてこと、恥ずかしくて書けたものではない(と言いつつ、けっこう書いちゃってると思いますが……)。書くべきは、どう良かったのか、どう速かったのかということだ。それも自分の言葉じゃなくてはいけない。クルマと向き合うときは、いつも言葉の探求者にならなきゃいけないと反省してばかりいる。
……と、いきなり抽象的なところから入ったワケは、この「サーブ9-3X」というクルマがかなりの難敵だったからだ。サーブほどクセのあるクルマで適切な言葉が見つからないとはナニゴトぞ、と冷静になってしばし考えたところ、ごく単純な事実に気付いた。最近、全然サーブに乗ってなかったのである。最後に乗ったのは「9-5」だったか。3年前? それとも4年前? 思い出せない……。いずれにしても、サーブを表現する自分なりの言葉がすっかり揮発していることに気付いて、愕然(がくぜん)とさせられたわけである。
そういうときは、素直に振り出しに戻るにかぎる。2010年7月にサーブの総輸入元業をゼネラルモーターズ・アジア・パシフィック・ジャパンから引き継いだピーシーアイに電話をして、まずはサーブの近況から勉強し直すことにした。
現在は北海道から沖縄まで、国内には販売店が17店あり、その多くが従来からサーブを扱ってきたヤナセグローバルモーターズである。ニューモデルとしては、そろそろ新型「9-5」の準備が整うはずであり、さらに今年の秋には新型クロスオーバーの「9-4X」のお披露目も控えているという。
しかる後に、あらためて「9-3X」の運転席に、じっくりと座ってみる。するとちょっとずつ、このクルマが発するメッセージが読めるようになってきた。
ヒューマニティがある
ボルボほど大ぶりではないが、要所要所で身体を支えてくれるシートは、日本車、いや月並みなドイツ車などと比べてもよほど抱擁感に富んでいることに気付き、ハッとさせられた次第だ。ちょっと大げさな言い方をすると、これは作り手の良心がちゃんと宿っているシートだと思う。
建築や家具の世界において、北欧のモダニズムはヒューマニティ(人間味)があるモダニズムだ、なんて言われることがある。モノ作りにおいて、常に人間が真ん中にいる(人間が不在にならない)という意味だと筆者は勝手に解釈しているのだが、サーブのインテリアにも、この北欧の原則が貫かれているように思う。もっとも、商品として考えると、ちょっと古さが隠せなくなってきている気はするけれども。
このギラギラとしたプレミアムセグメントにおいて、「9-3X」はエンジンもまた控えめである。2リッターで209psもあって控えめと言ってしまっては語弊(ごへい)がありそうだが、要はこのクルマをかつての「9-3ヴィゲン」のように“エンジンで乗るクルマ”などと勘違いしてはいけないということだ。
ターボはトルクをリニアに生み出し、ドンッと押しの強いパンチを発揮してくるところがない。バランスシャフトがきめ細かい回転フィールをもたらし、高回転まで引っ張ってもターボチャージャーの消音効果も手伝って室内は静か。だからエンジンの存在感が薄く感じられるが、実際は十分以上の動力性能を発揮している。さり気なくオトナなクルマである。
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一定速をジワーッと
このモデルは「9-3スポーツエステート」をベースに地上高を35mm高めたクロスオーバー仕様という位置付けだから、そもそもハンドリングを楽しむようなクルマではない。しかしステアリングを切った瞬間にグラッと傾くロールが抑えられればなあ……という気持ちはある。また、一見ソフトでしなやかな乗り心地なのだけれども、目地段差やきつい突起を乗り越えるとけっこうキツいハーシュネスを示して、それさえなくなれば心地良いのになあ……という気持ちもある。指摘したいことは、それなりにあるのである。
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もっとも、ちょっと時間を置いてから再び走り始めたら、そんなことは気にならなくなってしまったのだから不思議なものだ。クルマはそれぞれ固有の鼓動というか、最良の面を発揮するペースというものがあり、「9-3X」の鼓動は筆者が考えているより若干遅かったらしい。峠道でも、高速道路でも、ちょっとペースを落として走ってみたら、面白いほど快適になってきて、さっきまでの不満はどこかに飛んでいってしまった。
ドイツ車ほど押しの強さはないし、スポーツカー顔負けの切れ味もない。しかし、「9-3X」にはこのクルマでしか味わえない何かがある。うまく言えないが、これはたぶんコーナリングでも加速でもなく、一定速をジワーッと楽しむクルマである。なにもかもがヒートアップしているこの時代、なかなか示唆に富んだ魅力の持ち主である。今後のサーブに大いに期待している。
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(文=竹下元太郎/写真=峰昌宏)
