第264回: ポルシェ911が変形する新キャラが大活躍!
『トランスフォーマー/ビースト覚醒』
2023.08.03
読んでますカー、観てますカー
変形ロボムービーの新シリーズ
総計48億ドルの興行収入を誇る人気SF映画の最新作である。ハリウッド版『トランスフォーマー』が始動したのは2007年。『トランスフォーマー/ビースト覚醒』は7作目にして新シリーズの開幕となった。ロボット生命体のオートボットが登場するのはいつもどおりだが、新たな敵として彼らの前に立ちふさがるのがユニクロンだ。前シリーズのディセプティコンをはるかにしのぐパワーを持つ強敵である。
何のことやら、と感じるのは無理もない。トランスフォーマーは長い歴史と壮大な世界観を持っていて、マニアでなければ全体像を把握するのは難しいのだ。日本の変形ロボット玩具がもとになっていて、業務提携したアメリカのメーカーが新たなキャラクターを設定して大ヒット。日本ではTVシリーズが人気となり、コミックやゲームが世界的に展開して複雑怪奇な発展を遂げていった。
ロボットに変形するクルマのオモチャは、昔から男の子の大好物である。タカラトミーには今も数多くの商品ラインナップがあり、絶大な支持を受けているのだ。映画では高度なCG技術を駆使してリアルな変形シーンを見せることで、老若男女に向けたエンタメ作品に仕上げている。
新シリーズの主人公ノアを演じるのは、ミュージカル映画『イン・ザ・ハイツ』で見事な歌声を披露したアンソニー・ラモス。ヒロインのエレーナは、『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』で高評価を得たドミニク・フィッシュバックである。いずれも若手の有望株で、フレッシュな顔合わせであるとともに多様性に配慮した布陣となった。
『バンブルビー』の7年後を描く
時系列でいうと、今作はシリーズの中で2番目に古い時代設定となる。第1作から第5作までは順に時間が進んでいたが、スピンオフ的な位置づけになる第6作『バンブルビー』は1987年が舞台となっていた。その7年後、1994年のブルックリンから新シリーズの物語が始まる。
第5作の『最後の騎士王』の興行成績が振るわず、立て直しが急務になっていた。それまで監督を務めてきたマイケル・ベイがプロデュースにまわり、新鋭のトラヴィス・ナイト監督を起用して新風を吹き込もうとしたのは正しい判断である。『バンブルビー』はアクション要素もありながら上質な青春映画になっていて、オートボットのバンブルビーがいかにして人間との協力関係を築くことになったかが描かれていた。
バンブルビーはもともと1967年の「フォルクスワーゲン・ビートル」だったが、ラストでは「シボレー・カマロ」へと変わる。『トランスフォーマー』のアイコンとなる黄色のカマロの誕生秘話だ。 “トランスフォーマー・ライジング”的なストーリーを語ることで、もう一度シリーズの基礎を固めることに成功した。
それを受けて再起動を任されたのは、スティーブン・ケイプルJr.。『クリード 炎の宿敵』でさえた腕前を見せたことで白羽の矢が立った。第1作が公開された時は19歳で、ファンとして映画館に観にいったという。観客の視点を持っていたことは、プラスに働いたようだ。マイケル・ベイ作品は時として派手さを追求するあまり何が起きているのかわからなくなってしまう場面があったが、この映画はアクションシーンに説得力がある。ボクシング映画を撮る経験を経たことで、ケイプルJr.は格闘を描くコツをつかんだのかもしれない。
日本車も登場するけれど……
映画の冒頭で暴れまわるのは、クルマではなくて動物である。タイトルの“ビースト”は、マクシマルと呼ばれる巨大動物種族のことを指す。1996年に始まったTVシリーズ『ビーストウォーズ 超生命体トランスフォーマー』で人気だったロボット生命体なのだそうだ。巨大なゴリラやチーター、ハヤブサなどで、敵と遭遇すると変形して戦闘モードになる。ハヤブサのエアレーザーに声をあてているのは、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』でアカデミー主演女優賞に輝いたミシェル・ヨー。豪華である。
ノアが乗って戦うのは、カマロではない。バンブルビーは、ある事情によって戦闘に参加できなくなってしまう。この映画で活躍するのは、シルバーの「ポルシェ911」である。1993年の964型「カレラRS 3.8」だ。ミラージュという名前がつけられているのがややこしいのだが、アメリカ人は三菱自動車のコンパクトカーのことなどよく知らないのだろう。バンブルビーは映画の終盤で再度登場するが、なぜかラリー仕様のカマロになっていた。
うれしいことに、日本車もキャスティングされている。ユニクロンの手先となって地球侵略をたくらむテラーコンのナイトバードが、「日産スカイラインGT-R」に変形するのだ。ブラックボディーがいかにも悪役らしいすごみのある不気味な輝きである。いい役をもらったが、引っかかるのはこれがR33であることだ。販売が始まったのは1995年なのだから、ここはR32を使ってほしかった。
アメリカでは公開から3日間で約6050万ドルを稼ぎ出し、初登場1位を記録した。正直なところ、驚くほど斬新な表現や奇抜な展開があるわけではない。巨大メカの迫力ある格闘を楽しむ王道アクションSFである。大人の鑑賞に堪える娯楽作として成立しているのは、男の子の夢を真剣に形にしようとしたからだろう。当然ながら続編が製作されるようだ。この監督と俳優陣が続投するならば、次作にも期待したくなる。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第282回:F-150に乗ったマッチョ男はシリアルキラー……?
『ストレンジ・ダーリン』 2025.7.10 赤い服を着た女は何から逃げているのか、「フォードF-150」に乗る男はシリアルキラーなのか。そして、全6章の物語はなぜ第3章から始まるのか……。観客の思考を揺さぶる時系列シャッフルスリラー! -
第281回:迫真の走りとリアルな撮影――レース中継より面白い!?
映画『F1®/エフワン』 2025.6.26 『トップガン マーヴェリック』の監督がブラッド・ピット主演で描くエンターテインメント大作。最弱チームに呼ばれた元F1ドライバーがチームメイトたちとともにスピードの頂点に挑む。その常識破りの戦略とは? -
第280回:無差別殺人者はBEVに乗って現れる
『我来たり、我見たり、我勝利せり』 2025.6.5 環境意識の高い起業家は、何よりも家族を大切にするナイスガイ。仕事の疲れを癒やすため、彼は休日になると「ポルシェ・タイカン」で狩りに出かける。ただ、ターゲットは動物ではなく、街の人々だった……。 -
第279回:SUV対スポーツカー、チェイスで勝つのはどっち?
『サイレントナイト』 2025.4.10 巨匠ジョン・ウーが放つ壮絶アクション映画。銃撃戦に巻き込まれて最愛の息子を奪われた男は、1年後にリベンジすることを決意する。「マスタング」で向かった先には、顔面タトゥーのボスが待ち受けていた……。 -
第278回:W123の車内でかわされる愛の行為とは……
『ANORA アノーラ』 2025.2.27 『フロリダ・プロジェクト』『レッド・ロケット』のショーン・ベイカー監督が、シンデレラストーリーをぶっ壊す。「メルセデス・ベンツW123」の室内で行われる映画史上で最も叙情的な愛の行為を目撃せよ!
-
NEW
BMWの今後を占う重要プロダクト 「ノイエクラッセX」改め新型「iX3」がデビュー
2025.9.5エディターから一言かねてクルマ好きを騒がせてきたBMWの「ノイエクラッセX」がついにベールを脱いだ。新型「iX3」は、デザインはもちろん、駆動系やインフォテインメントシステムなどがすべて刷新された新時代の電気自動車だ。その中身を解説する。 -
NEW
谷口信輝の新車試乗――BMW X3 M50 xDrive編
2025.9.5webCG Movies世界的な人気車種となっている、BMWのSUV「X3」。その最新型を、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? ワインディングロードを走らせた印象を語ってもらった。 -
NEW
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。