第758回:BMWが燃料電池車の実証実験を日本で開始 水素の利活用で目指すものとは?
2023.08.09 エディターから一言 拡大 |
BMWが燃料電池車「iX5ハイドロジェン」の導入にあたり、報道関係者向けの「水素エネルギーを語るシンポジウム」を開催した。水素の専門家が一堂に会した同イベントの内容を振り返りながら、水素社会は果たして実現可能なのかを考えてみたい。
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ライフサイクル全体で脱炭素化を見ていく
BMWは2023年7月25日、燃料電池車iX5ハイドロジェンを使った実証実験を日本国内で開始すると発表した。当該車両に搭載される燃料電池はトヨタの「ミライ」と同じモノで、この実証実験は2013年から続くトヨタとの協業があってこそのプロジェクトだといえる。
同発表の翌日、BMWが開催した「水素エネルギーを語るシンポジウム/カーボンニュートラリティのキーテクノロジー~水素の利活用推進~」では、BMWグループ水素燃料電池テクノロジープロジェクト本部長のユルゲン・グルドナー氏に続いて、トヨタ自動車水素ファクトリープレジデントの山形光正氏が登壇し、両社の関係性の深さを感じた。後半はグルドナー氏、山形氏のほかに、iX5ハイドロジェンプロジェクトマネージャーのロバート・ハラス氏、水素クリエーターの木村達三郎氏も登壇し、国際モータージャーナリストの清水和夫氏のモデレートによるパネルディスカッションも行われた。
今回のシンポジウムのなかで特に印象に残ったメッセージは
1:燃料電池車(FCEV)と電気自動車(BEV)はどちらも必要
2:水素は輸入を含む長距離輸送に適したエネルギー
3:長距離輸送が多い高速道路で水素を普及させ、利用量を増やして価格を下げる
という3点だった。
エネルギーの出自が問われる時代
先のメッセージをひとつずつ見ていこう。1:FCEVとBEVのどちらも必要という議論は今に始まったことではない。長距離はFCEV、近距離はBEV、その中間がハイブリッドというのは十数年前から自動車業界で当たり前に言われてきたことだ。ホンダもその戦略だった。しかし、この数年間は世界がカーボンニュートラルに向かうなかで、自動車業界は化石燃料に依存しないソリューションとして電動化を強く打ち出し、BEV一本にかじを切る企業も出ている。BMWとしてはあらためて自社のスタンスを明確にしたのだと思う。
BMWのグルドナー氏は「(脱炭素化のためには)可能な限りの技術を活用しなければならないし、車両利用時だけでなくライフサイクル全体を見なければならない」と述べている。前者の技術についてはラインナップにFCEVが加わることがひとつの答えであり、FCEVの割合が増えれば一定の貢献ができるだろう。一方、後者のライフサイクルは車両だけでなく、エネルギーの製造や調達も含む。これは燃費における「タンク・トゥ・ホイールか、ウェル・トゥ・ホイールか」という議論と似ていて、いまはエネルギーの出自が問われる時代だ。
「脱炭素社会では太陽光や風力、水力などの再生可能エネルギー由来の電気に依存することになるが、電気は長時間貯蔵に不向きで、遠方から輸入することもできない。それに対して、水素はエネルギーキャリアとして活用すれば、化石燃料のように長距離輸送が可能になる。産業においても電気がよい場合と水素がよい場合があるし、モビリティーでも両方のテクノロジーが必要だ。ただし、FCEVは既存のエンジン搭載車が燃料を補給するのと同じく、数分間で水素を充塡(じゅうてん)できる。どちらを選ぶかはユーザーが決めることだが、充電施設を気軽に利用しにくい方や寒冷地に住む方にとって、FCEVはBEVよりも利便性が高いのではないか」(グルドナー氏)
トヨタの山形氏は「救急車や消防車のように丸一日稼働する車両は、BEVだと電力不足の恐れがあり、FCEVの強みを生かせる」と述べている。複数のパワートレインを持つことはメーカーにとって大きな負担だが、うまく使い分けることがカーボンニュートラル実現のカギといえそうだ。
ただし、オーナーカーはまたちょっと違ったロジックが働く。クルマ好きほど、いまの愛車と同じ感覚でドライブを楽しみたいわけで、FCEVならば充電にまつわる煩わしさはない。BMWのFCEVは日本での市販時期などは未定だが、こうしたファン層を取り込めるモデルを期待したい。
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水素の利活用を推進するサプライチェーン
シンポジウムのなかで、2:水素は輸入を含む長距離輸送に適したエネルギーと述べられたが、これは電気と比較しての話である。
エネルギーとしての水素研究の歴史は古く、国際モータージャーナリストの清水氏は「学生時代に研究の最前線に触れ、そのポテンシャルの高さに衝撃を受けた」と言う。自動車業界では水素の研究が続けられ、BMWは2006年に「ハイドロジェン7」を発表している。今回の主役であるFCEVとは原理が異なるモデルだが、水素でもガソリンでも走行できるという画期的なコンセプトだった。
やがて、水素エネルギーの社会実装が現実味を帯びてくる。まず、2017年12月に日本政府が世界初の水素戦略を発表し、水素のコスト目標を打ち出した。そして2023年6月6日、再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議は水素基本戦略の改訂版を発表。2050年カーボンニュートラル実現に向けた戦略分野を整理するとともに、2040年に水素利用量を年間1200万t程度まで増やすという新たな目標値が明記された。
水素に注目しているのは日本だけではない。欧州委員会は2030年目標として欧州域内での水素生産量1000万tと輸入1000万tを掲げ、米国エネルギー省は2030年までに年間1000万tのクリーン水素製造を目指すとしている。水素は製造工程によって呼び方が異なり、グリーン水素(クリーン水素)は再エネ由来かつCO2排出ゼロの水素のこと。化石燃料由来の場合は、CO2を処理できればブルー水素、処理できなければグレー水素と呼ぶ。
カーボンニュートラル実現にはグレー水素よりもブルー水素を、ブルー水素よりもグリーン水素を増やす必要があるが、日本では自給が厳しく、水素クリエーターの木村氏によれば「2040年の水素利用量の目標値は輸入して達成できるようなレベル」だ。とはいえ、エネルギー自給の難しさは既に織り込み済みで、以前からオーストラリアの褐炭で発電し、水の電気分解で得られた水素を超低温で液化して専用運搬船で運ぶ国際液化水素サプライチェーン(SC)構築のためのプロジェクトが推進されている。
水素SCには「つくる/はこぶ・ためる/つかう」という4つのフェーズがある。電気の場合、「つくる」「つかう」のソリューションはある程度確立されているが、「はこぶ・ためる」が得意ではない。オーストラリアと日本を送電線で結ぶのは非現実的だし、膨大な電力を貯蔵する電池開発の難しさは言うまでもないだろう。しかし、水を電気分解して得られた水素を液化すれば、LNG(液化天然ガス)の運搬・貯蔵で培った技術を応用して「はこぶ・ためる」がかなう。このプロジェクトは世界初のLNG運搬船を開発した川崎重工業が中心的役割を担っており、実現すれば、日本の産業界に大きなインパクトをもたらすだろう。
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水素関連投資を大型商用車に集中するメリット
最後に、3:長距離輸送が多い高速道路で水素を普及させ、利用量を増やして価格を下げるという戦略について触れておきたい。
2023年3月現在、日本国内には水素ステーションが163カ所あるという。現状の水素ステーションは営業日や営業時間が限定的で、ユーザーの利便性に配慮しているとは言い難いが、車両が普及しなければ利用者が少なく、利用者が少なければ営業形態を縮小せざるを得ないのは当然のことだといえる。利用が少なければ設備投資の負担が重く、価格はいつまでたっても下がらないし、価格が高ければ利用が増えないというニワトリとタマゴなのだ。
水素ステーションの建設費用は1カ所あたり数億円から6億円とされ、むやみにステーションを増やしたところで採算割れが生じるのは目に見えている。ここから必要なのは普及に弾みをつけるための集中投資だ。
山形氏は水素消費のモデル化として、「主要な高速道路で大型トラックのFCEVを走らせる」ことを提案。主要な高速道路ならば敷設すべき水素ステーションの数は少なくて済み、そこで、大型FCEVが水素を大量に使うようになると、水素ステーションの事業が成り立つようになる。このモデルがうまく回れば「ドライバーは安心して長距離を走れるようになるし、乗用車にもそれを生かすことができる」(山形氏)。トヨタは5月にダイムラーとの連携を発表しているが、欧州でも大型トラックを積極的に使っていこうとしているという。
BMWのおひざ元であるドイツも水素社会実現に取り組むが、水素ステーションの数は日本に及ばない。また、欧州域内で再エネ由来のグリーン水素を自給することは難しく、既設のLNGパイプラインを転用した水素の輸入も検討しているという。日本とドイツ、水素の普及に向けて抱える課題はどこか似ている。日本での実証実験を通してさまざまな知見を蓄積するとともに、水素社会実現のためのパートナーを相互に増やしていくことに期待したい。
(文=林 愛子/写真=BMW AG、トヨタ自動車、川崎重工、webCG/編集=櫻井健一)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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