第820回:行楽の季節に感じる諸行無常 「イタリア人が買えないクルマ」でイタリアに来る人たち
2023.08.10 マッキナ あらモーダ!夏はホントにご用心
筆者が住むシエナの商店主やホテル経営者たちは、その理由が円安と知りつつも「2023年は日本人客が全然来ない」と口々に言う。それでも、本稿が読者諸氏の目にふれる頃には街は観光シーズンのピークに達し、それにつれて、国境を越えて来たクルマを見る頻度も増える。
そうしたクルマでありがたいのは、横断歩道で車道の流れが途切れるのを待っていると、かなりの確率で止まってくれることだ。イタリアでも法規上当たり前のことなのだが、守るドライバーは限られている。ゆえに故郷の運転マナーを順守して止まってくれると、妙に感激してしまう。
彼らの運転が怖いこともある。それはロータリーだ。いきなりスピードを落としたり、不自然な動きをしたりする。理由は、道に不慣れなだけではない。この国の道路標識はお世辞にも完璧とはいえず、かつ文字が小さいのだ。消えかかっているものも少なくない。したがって、外国のナンバープレート(以下ナンバー)を装着したクルマを前方に確認するたび、筆者は不測の事態に身構える。そういう筆者も、シエナに住み始めた頃は、周囲のクルマにホーンを鳴らされまくりだった。いや、今でも見知らぬ街を走れば当時と同じである。にもかかわらず、外国ナンバーのクルマに「オラオラ」な気分になる。そのたび己の浅はかさを恥じるのである。
今回は、イタリアにやってくる外国ナンバーのクルマに見られる“法則”のお話をしたい。写真で見ていただくのは、主に2023年のイースター休暇以降8月までに筆者がシエナ市内およびフィレンツェで目撃した、外国ナンバーの車両である。周囲にあるイタリア人のクルマとのコントラストにも注目していただきたい。
お客さん、ここはイタリアですよ
シエナの公共充電ステーションを利用しているのはかなりの確率で、外国ナンバーのEVやプラグインハイブリッド車で、特にオランダ、デンマークといった、“EV先進国”といわれる国からのクルマが多い。2023年夏、彼らが乗ってくるクルマの定番はテスラの各車であるが、「キアEV6」「ポールスター2」といった、イタリアではめったに見ないモデルでやってくるドライバーがいる。
ただし、イタリアにおける公共充電ステーションの機器は、新旧の差が激しい。一等地にあるからといって最新とは限らない。先日はオランダからやってきた「テスラ・モデルS」の夫妻が、駅前に設置された旧型チャージャーを相手に苦戦していた。その出力はわずか25kWであることからして、ドライバーはワラにもすがる思いでたどり着いたと思われる。しかし、10分近くの四苦八苦のあげく、充電せずに立ち去って行った。
筆者が確認してみると、草創期のワープロのような小さな液晶表示はほとんど判読できない。これではオランダ人が困るわけだ。さらに、家に帰ってからサービス事業者のウェブサイトで検索してみると、当該充電器の存在は表示されたものの「メンテナンス中」になっていた。
充電器によっては、野原など時間をつぶせないエリアに設置されていることもイタリアでは多々ある。エアコンの消費電力を節約することでチャージ時間を短縮したい場合、酷暑のなか車外で待つことなる。先日は記録的猛暑のなか、EVの外で待つオーストリアからのドライバーを見かけた。
イタリアにやってくるEVのドライバーは、公共充電ポイントの数を頭に入れておくべきだろう。EU内で最も多いオランダ(11万1821カ所)と比較すると、イタリアはその3分の1以下の3万7186カ所にすぎない(2022年。データ出典:ACEA)。日本では山の怖さを知らない軽装の富士登山者が増えていることを専門家がたびたび警告している。筆者もそれに似た気持ちだ。「ここはイタリアですよ。過信してはいけませんぜ」と、せんえつながら忠告したくなるのだ。
まさかベントレーで来るとは
しかし2023年夏において、EVやプラグインハイブリッド車以上に存在として目についたのは、東欧から越境してくるドライバーのクルマだ。具体的にはポーランド、ルーマニア、セルビア、クロアチアといった国々のものである。
そうした国々からやってくるクルマには、すべてがそうというわけではないが、ひとつ特徴がある。セダンもしくは一見セダンに見える5ドアハッチバック車が多いのだ。イタリアではハッチバック車が主流であるのと対照的だ。マツダを例にとれば、今日のイタリアでポピュラーな「CX-30」ではなく、彼らが乗って来るのは「3セダン」だったりする。これは「ハッチバックよりもセダンのほうが、高級感がある」という、東欧諸国からトルコ一帯における長年の趣向を反映している。ちなみに、2010年代にたびたび訪れたポーランドの知人宅では、2代目「ホンダ・インテグラ」を愛用していた。
だが、それよりも注目すべきは、東欧の人たちが乗ってくるクルマは、同じブランドでもイタリアでは極めてマイナーな上級モデルが多いことである。こちらの背景には、
- イタリアでは上級モデルは諸税・維持費が高い
- 西側諸国ではポピュラーブランドといえば小型モデルのイメージが定着しているので、大型モデルは売れない
……といった理由がある。結果としてそうしたクルマは、イタリアでは未発売、もしくはラインナップにあってもほとんど売れていないのだ。再びマツダを例にすれば、ルーマニア市場ではイタリアでは落とされている「6セダン」も販売されている。
加えて、これまたイタリアでは極めて見る機会が少ないベントレーといった超高級車がそうした東欧ナンバーを付けていて、度肝を抜かれることがある。
東欧諸国の年間一人あたりGDP成長率(自国通貨)を、世界銀行のデータバンクで調べてみた。データは2021年のものである。これは前年の新型コロナウイルス禍から、いかに立ち直りが早いかを示す指標になり得るだろう。
- クロアチア:18%
- ブルガリア:8.5%
- ポーランド:7.3%
- ルーマニア:5.7%
大半がイタリアの7.6%を上回るか、それに匹敵する数字なのである。いいクルマを買い、海外までドライブを楽しむムードが醸成されていることがうかがえる。
別のデータも見てみる。東欧諸国で2022年に最も自動車登録台数が多かったのはポーランドだ。その51万8048台という数は、スイスやオーストリアのほぼ倍にあたる。同国におけるアウディの新車登録台数は、2011年には4137台だったが、その後は2019年を除いて右肩上がりを続け、2022年には4.6倍の1万9323台にまで膨れ上がっている。
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「旧社会主義国」のイメージを捨てよ
ポーランドには、さらに面白いデータが見てとれる。2022年の新車乗用車販売台数1位はトヨタの7万4512台である。以下シュコダ、キア、フォルクスワーゲン、ヒュンダイと続くが、その後にはBMW、メルセデス・ベンツがランクイン。さらにダチアをはさんでアウディが入っている。
いっぽう、長年ポーランドに生産拠点があるフィアットは16位(9079台)にすぎない(データ出典:Statista)。イタリアにおける人気車種「フィアット500」をつくっている国の人々が、実はドイツ系プレミアムブランドをより多く選んでいるのである。
何を言いたいのかといえば、昨今の東欧の豊かさの表れが、イタリアに観光にやってくる彼らのクルマなのである。高校時代に勉強した「コメコン」「ワルシャワ条約機構」といった社会主義時代のフレーズにノスタルジーを求めることは、「日本人は全員キモノを着ているに違いない」というくらい時代錯誤なのだ。
筆者の個人的記憶とことわったうえで記せば、イタリアに住み始めた1990年代後半、東欧諸国からやってくる人といえば季節労働者だった。知人の高齢者家庭のホームヘルパーはポーランド出身であったし、わが家の上階にはルーマニアから来た左官工たちが住んでいた。続いて、アウトストラーダで周囲の大型トラックを見回すと東欧ナンバーばかりの時代が訪れた。彼らは皆、イタリア人が長い夏休みをとっている間も必死で働いていた。今や同じ国々から、イタリア人が一生買えないような高級車に乗って観光客がバカンスにやってくる。その光景に、時の流れをいやが応でも感じるのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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