マセラティ・グレカーレ トロフェオ(4WD/8AT)
新時代のトライデント 2023.08.10 試乗記 マセラティの新型SUV「グレカーレ」のなかでも、最高出力530PSの3リッターV6ターボエンジンを搭載した最上級グレードが「トロフェオ」だ。スーパースポーツ「MC20」ゆずりの心臓を持つ特異な一台は、「SUVの皮をかぶったグラントゥーリズモ」ともいうべきモデルに仕上がっていた。シフトセレクターはいずこ?
マセラティ・グレカーレ トロフェオに乗り込んだのはいいけれど、う~む。発進の仕方がわからない……。スタートのボタンはアルファ・ロメオの「ステルヴィオ」と同じく、ステアリングホイールの左スポークの根元にある。これを押す。グオンッ! とフロントの「ネットゥーノ」なる「MC20」ゆかりの3リッターV6が即座に目覚める。でも、そのサウンドは不思議なほど控えめだ。ちょっとガッカリ。マセラティにはV8もV6も、直4のマイルドハイブリッドでさえ、夜の街でガオーッとほえているイメージが私にはある。
だけども、問題はギアのセレクターがないことである。行かなくちゃ。撮影に行かなくちゃ。でも、ないのである。どこにある? 落ち着け、オレ。センターコンソールには? ない。ナイナイないよ、レバーがない。そこにあるのはカーボンのパネルで覆われた小物入れとカップホルダーだけだ。ダッシュボードには? 中央に12.3インチと8.8インチのスクリーンが上下に並んでいる。アストンマーティンとかのように丸型のシフトボタンが並んでいたりはしない。いったいセレクターはどこ? メルセデスみたいにステアリングから生えている? ノー。ステアリングのパドルか? ノー。そりゃそうだ。Dレンジに入れていないのだから、動くはずがない。どこにあるんだぁ?
困ってしまって、にゃんにゃんにゃにゃん。助けてくれたのは編集部のHさんでした。あまりに私が動かないものだから、心配して駆けつけてくれた。教えてもらわなければ、乗り込んだ地点の霞ヶ関の路上にずーっといたかもしれない。教えてもらえば、答えは簡単。上下に並んだスクリーンの間に並んだ、真っ黒けのスイッチに、左から「P」「R」「N」「D/M」と書いてある。このとき私は思った。これで箱根に行ける。
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予想を裏切るエンジンフィールと乗り味
2022年3月に本国でグローバルデビュー(参照)を飾ったグレカーレは、「レヴァンテ」に次ぐマセラティのSUV第2弾で、サイズ的にはレヴァンテよりひとまわり小さい。これが重要なところである。全長×全幅×全高は4860×1980(サイドミラー含まず)×1660mmで、ホイールベースは2900mm。レヴァンテはご存じ全長5m超、ホイールベース3m超の巨体である。基本的に同じ「ジョルジョ・プラットフォーム」のアルファ・ロメオ・ステルヴィオと比べると、ホイールベースは80mm、全長は170mm延びており、そのぶん、特に後席居住空間が広くなっている。
ついでに、最大のライバルとされる「ポルシェ・マカン」と比べておくと、マカンは全長4726mm、ホイールベース2807mmで、体格はむしろステルヴィオに近い。グレカーレはクラス最高に広々としている、快適なSUV、とマセラティが喧伝(けんでん)するゆえんがここにある。
しかして、その頂点に君臨する最高性能モデル、トロフェオは、乗り心地がいささか硬い、と私的には申し上げねばならない。やっぱりジョルジョ・プラットフォームだから、でしょうか。トロフェオにはエアスプリングと可変ダンピングが標準装備されているはずなのに、エアの容量がさほど大きくない印象を受ける。タイヤサイズが21インチで、前255/40、後ろ295/35という極太偏平だし、ブリヂストンの「ポテンザスポーツ」なる銘柄の影響もあるかもしれない。板の間に薄い座布団を敷いて座っている鎌倉時代のサムライもかくや。サムライは座布団を敷かないか……とも思いつつ、つまり狭いストロークの範囲で乗り心地をフラットにしようとしているように感じる。
それと、いろいろ申し上げて恐縮ながら、3リッターV6エンジンの、とりわけサウンドの演出が私的には物足りない。F1エンジンのテクノロジーである、プリチャンバーで燃やした炎を通常の燃焼室に勢いよく送り込むことで燃焼スピードを上げる「MTC(マセラティ・ツイン・コンバスチョン)」を備えたV6ネットゥーノは、F1みたいなサウンドを発するんだ、と勝手に想像していたこともある。さっきも書いたけど、マセラティといえば、夜の街にガオーッでしょう。同じネットゥーノでも、スーパーカーのMC20用とはいくつかの点で異なっているためかもしれない。オイルの潤滑方式がドライサンプからウエットサンプにあらためられているし、いつ休んでいるのかまったく気づかなかったけれど、燃費を稼ぐべく気筒休止システムが採用されてもいる。なにより、最高出力は630PSから530PSに、最大トルクは730N・mから620N・mにデチューンされている。
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SUVの皮をかぶったグラントゥーリズモ
そんなわけで、グレカーレ トロフェオは私のマセラティのイメージとはちょっと違っていた。おそらく、1980年代のデ・トマソ時代以降の“マセラーティ”の愛好家も、「なんだかちょっと違う」という印象を抱かれるのではあるまいか。それはもちろん、マセラティ自身が狙っているところの変化なのですけれど。
そう確信したのは、別企画のためにwebCG取材班が箱根に持ち込んでいたマセラティの新世代スーパースポーツカー「MC20チェロ」に、ほんの数分、試乗させてもらったからだ。私的にMC20自体、初体験。濃霧で十分走ることはできなかったけれど、ハタとわかった。グレカーレ トロフェオは、あえてMC20そっくりに仕立てている、ということに。
MC20はV6ネットゥーノとカーボンファイバーのシャシーが目玉だけれど、どっちかというと、エンジンよりシャシーのほうが目立っている。ま、濃霧で走れなかったからなおさらかもしれない。それにしても軽量ぶりはいかにもで、羽のような軽さを感じる。カラーリングにしても、従来のマセラティのクラシコ・イタリア系ではなくて、モダンで明るくて、あっさり、サラリとしている。運転してもサラッとした印象で、同じV6でも、フェラーリの「296」系とはまた違った個性を持っていて、めちゃんこよいのだ。
マセラティはいま新時代を迎えているのである。私が知らなかっただけで。乗り心地が硬すぎ、なんて思ったけれど、MC20に乗ったあとは大いに納得した。硬くて上等。それは若さの特権であり、象徴である。グレカーレ トロフェオはMC20をリーダーとするマセラティのグラントゥーリズモなのだから。世のスーパーカー愛好家諸氏にお伝えしたい。グレカーレはMC20とセットでガレージに収めると、なおよいです。
(文=今尾直樹/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
マセラティ・グレカーレ トロフェオ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4860×1980×1660mm
ホイールベース:2900mm
車重:2030kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:530PS(390kW)/6500rpm
最大トルク:620N・m(63.2kgf・m)/3000-5500rpm
タイヤ:(前)255/40R21 102Y/(後)295/35R21 107Y(ブリヂストン・ポテンザスポーツ)
燃費:11.2リッター/100km(約8.9km/リッター、WLTCモード)
価格:1520万円/テスト車=1601万円
オプション装備:メタリックペイント<ビアンコアストロ>(15万円)/フロントシートベンチレーション(12万円)/リアシートヒーター(7万円)/ヘッドレストトライデントステッチ(6万円)/ヒーテッドレザーステアリングホイール(4万円)/INOXスポーツペダル(4万円)/Sonus Faberハイプレミアムサウンドシステム<21スピーカー>(33万円)
テスト車の年式:2023年型
テスト車の走行距離:2520km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:282.7km
使用燃料:40.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.0km/リッター(満タン法)/6.3km/リッター(車載燃費計計測値)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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