日産GT-R NISMOスペシャルエディション(4WD/6AT)
16歳は青春ど真ん中 2023.10.04 試乗記 一時は安否すら危ぶまれた「日産GT-R」だが、見事に生存……どころか、さらなるパフォーマンス向上を果たしている。ことに最新の「NISMO」の洗練ぶりには目を見張るものがある。デビューからの16年で積み上げてきた知見の質と量はだてではない。「GT」と「R」を別立てに
当初はストリートスペックもサーキットスペックもひとつで賄うという方針だったGT-Rに、サーキット側の選択肢ができたのは2014年のこと。折しも商品群強化の一環で、日産がNISMOをAMGやMのようにパフォーマンス志向のサブブランドとして推し始めた、そんな頃合いの話だ。
ストリートカーの難しさを知り尽くす、時のチーフプロダクトスペシャリスト(CPS)だった田村宏志さんがかねてその志向であったことはなんとなく察していた。性能面でのライバルたちが、「RS」だ「スペチアーレ」だとサーキット志向のスペシャルモデルをリリースするのは、マーケティング的な理由だけではない。持てるパフォーマンスを公道で成立させるのは不可能なまでの速さを身につけつつあったからだ。
そんななかを一枚看板で戦うには無理がある。だとすればその名に従い、GT-Rという枠の中で「GT」と「R」を別立てにするべきだろう。それは自然な発想でもある。
晴れてRの側を担うことになった最初のGT-R NISMOは、「Nアタックパッケージ」というゲタ履きはあったものの、ニュルブルクリンクを当時の量産車最速となる7分8秒台で走り抜き、その存在を再び世に知らしめた。それが今からちょうど10年前の話だ。
以降、モデルイヤーでいえば2017年と2020年にマイナーチェンジを、そして2022年にはエンジン部品の高精度なバランス取りや専用コスメティックなどが加えられた「スペシャルエディション」を追加している。ちなみに2022年型は300台余の全数のうち、スペシャルエディションが99%を占め、生産能力上の問題から4カ月で注文を停止する事態となった。
最新の解析技術のたまもの
この夏に納車が始まった2024年型のGT-R NISMOも、しばらく枯渇していた背景もあってだろうか、既に多くの地域で受注が停止していると聞く。が、先の「T-spec」の試乗記でも記したとおり、2024年型の実現に投じた手間とコストは一発回収できるほどとも思えない。日産としては状況が許す限りはつくり続けると考えるのが普通だろう。まだ買える可能性はある。そんな期待を込めつつ、触れたのはスペシャルエディションだ。価格は2915万円。スタンダードなGT-R NISMOとの価格差は50万円だが、この域になると買う側にとっては誤差のようなものだろうから、今回も全数の9割以上はスペシャルエディションの側が占めることになるだろう。
標準車にも加えられたエキゾーストシステムの変更はさておき、2024年型GT-R NISMOの最大の進化は空力性能の改善にある。ベースモデルの外装変更に乗じて、前部はエアフローの最適化に加えて開口の小径化と冷却性能の向上を両立するグリルデザイン、カナードの乱流によるホイールハウスの掃気やリアサイドエッジの延長による側面気流の巻き込み抑制、ウイングステーのスワンネック化による翼面下部の効率向上、リップスポイラーの最適化による床下負圧の増強など、細部に至るまで手が尽くされ、2022年型比で13%の最大ダウンフォース増量に結びつけた。一方でCd値は0.26と増加はない。これらはGT-R NISMOの歴史上だけでみても飛躍的に向上した解析技術の向上を反映したものでもある。
アウターパネルはドアやクオーターパネルを除くと、前後バンパーを含むそのほとんどはカーボン製だ。2020年型以降はスリット入りのフロントフェンダーに加えてルーフパネルも特殊な成型工法を用いたカーボン製となり、それ単体でも4kgの軽量化を果たしている。こうやって、惰性ではなく進化を伴う熟成が施されてきたポイントが端々に見受けられるのも、マニア心をくすぐるGT-R NISMOの特徴だ。
室内で目を引くのはレカロとの共同開発となるシートだろう。カーボンシェルにパッドを貼り付けたような「RMS」ばりの背面構造を持つそれによって、重量を据え置いたまま支持剛性は50%も向上しているという。こうなると普通に据えられるリアシートが滑稽にも見えてくるが、代々のGT-Rは「911」と同様、実用性という項目を大事にしてきたスポーツ銘柄でもある。とあらば、かつての「Vスペック」や「トラックパック」のような布っぺらをオプションで用意してもいいのではとも思うが、2人乗車に構造変更すると新車時でも車検が2年になってしまうので、ユーザーメリットがないという判断なのだろう。
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総合力の進化が際立っている
シートの掛け心地は素晴らしいのひとことだ。RMSは乗り心地や乗降性を考えるとさすがに覚悟がいるが、GT-R NISMOのそれはRMSに準ずる背面のホールド感やフィット感を備えつつ、座面側の肉厚や形状は融通が利かされているから、長時間の運転や頻繁な乗降にも苦痛がない。体に芯を通したようにカチッとした着座感のおかげか、クルマの動き方も確度が一層高まったように思えてくる。
でも程なく、走る速度域が高まるに連れて、これはシートがもたらす錯覚ではないことが伝わってきた。60km/hも出ていれば感じられる、ささいな上下動などのノイズ的成分がしっかり抑えられた車体の奇麗な転がりっぷりは、明らかに空力的効果と、それに合わせ込んだ足まわりのチューニングによるものだろう。2022年型のスペシャルエディションとはひと味異なるその感触は、速度を高めるほどに際立ってくる。
高速巡航では確かにバネレート由来の突き上げや跳ね上がりも感じるが、その弾みも濁りがなくスキッとしていた。乗り心地的には標準車やT-specと比べるべくもないが、足まわりの動きの精度感とそれをきっちり引き出す空力効果、そしてしっかりダンピングの効いた収束の小気味よさによって、果てには凹凸の乗り越えさえ気持ちよく思えてくる。代々のGT-R NISMOにもそういうところはあったが、それは主にボンディングボディーのアコースティックが奏功していた感があった。比べれば2024年型は総合力での底上げっぷりが著しい。
16年で積み上がった知見
真のパフォーマンスについては公道レベルで語れるクルマではないことは重々承知しているが、流すレベルにおいても意に寸分たがわぬ応答で圧倒的な火力を操らせてくれる。この身体拡張性はGT-Rが与えてくれる最大の快感だと思うが、新しいGT-R NISMOはその点においても素晴らしいフィードバックをドライバーに与えてくれた。満を持して……というか、開発陣が秘蔵っ子として取っておいたのではないかと思う前輪側のLSDは、勝手知ったるコーナーだから多めにアクセルを踏み込んでみようかくらいのレベルでも、巻き込むほどではないにせよ確実にイン側へとゲインを発していることが伝わってきた。
2014年型のニュルアタック時に散々試しただろうそれが、最後の最後……になるか否かはさておき、こうやって商品に確たる結果をもたらしている。ひとつのソリューションを素材に四方八方から煮詰めに煮詰めたことで、GT-Rについては例えばダンパーセッティングひとつとっても、膨大な知見が積まれている。ゼロから模索しなくていいぶんだけ、初出時に比べるとより短時間かつ低予算でベストの結果を導き出せる、既にR35世代はそういう境地に達しているんですよ……とは中の人から聞いた話だ。
スポーツカーには最新こそ最良という軸と、新しけりゃあいいってもんじゃないという軸がある。今やGT-Rは後者の典型になってしまったが、そのぶんだけ、円熟具合はそうそう他で味わえるものではない境地に達している。本来ならたたずまいからして激おこの大魔神銘柄なのに、巡り巡って、乗ればはにわ顔に至ったかのような柔和さを感じるのはそういうことだろうか。クルマって深いよなあ……と、もうすぐ16歳のGT-Rに教えられるもうすぐ57歳が気づけばそこにいた。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
日産GT-R NISMOスペシャルエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4690×1895×1370mm
ホイールベース:2780mm
車重:1720kg
駆動方式:4WD
エンジン:3.8リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:600PS(441kW)/6800rpm
最大トルク:652N・m(66.5kgf・m)/3600-5600rpm
タイヤ:(前)255/40ZRF20 101Y/(後)285/35ZRF20 104Y(ダンロップSP SPORT MAXX GT 600 DSST)
燃費:--km/リッター
価格:2915万円/テスト車=2954万6292円
オプション装備:特別塗装色<NISMOステルスグレー/KCEスクラッチシールド>(4万4000円)/SRSカーテンエアバッグ(7万7000円)/プライバシーガラス<リアクオーター+リア>(3万3000円) ※以下、販売店オプション 日産オリジナルドライブレコーダー(8万9557円)/ウィンドウはっ水12カ月<フロントウィンドウ1面+フロントドアガラス2面>(1万1935円)/GT-R NISMO専用フロアマット(14万0800円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:3747km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:415.7km
使用燃料:62.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.7km/リッター(満タン法)/7.4km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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