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第829回:フォルクスワーゲンよお前もか! プロでなくてもProの時代

2023.10.12 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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それ、商用車ではありません

あなたの周囲には、もう「Pro」が何人いる……いや何個あるだろうか?

2023年9月、独ミュンヘンで行われた自動車ショー「IAAモビリティー2023」(その1その2)において、フォルクスワーゲン(VW)の市内パビリオンを訪れたときのことである。ブランドのいち押しは、日本にも輸入されている「ID.4」をはじめとする電気自動車「ID.」シリーズだった。

そのグレード表および価格表を見て、あることに気がついた。「ID.3」「ID.4」「ID.5」「ID.7」、さらには「ID.Buzz」にまで、「Pro」の名を冠するグレードが設定されているのだ。たとえば欧州版のID.4の場合、手ごろなほうから「Proパフォーマンス」「Pro 4MOTION」、そして「GTX 4MOTION」と名づけられている。ちなみに日本に輸入されるID.4の上級グレードもProである。この名称に違和感を覚えたのが、今回の話の始まりだ。

個人的に、Proという名称は真っ先に商用車をイメージしてしまう。たとえばトヨタには「プロボックス」があり、欧州では「プロエース」というモデルも販売されている。前者には以前に乗用車仕様があり、後者には現在もそれがあるものの、やはりコマーシャルカーの印象が強い。ちまたに流布しているプロボックスの異名は“営業マンのロールス・ロイス”。プロエースもしかり。たとえ乗用車仕様であってもハイヤー用途が目立つ。もっと身近なところでは、フィアットも小型商用車を担当するグループ会社に「フィアット プロフェッショナル」というブランド名を冠している。そうしたなかにあって、商用でないのにProとは、いかがなものか?

「フォルクスワーゲンID.」シリーズのフラッグシップモデル「ID.7」。2023年9月、独ミュンヘンの「IAAモビリティー2023」のメッセ会場で撮影。
「フォルクスワーゲンID.」シリーズのフラッグシップモデル「ID.7」。2023年9月、独ミュンヘンの「IAAモビリティー2023」のメッセ会場で撮影。拡大
「IAAモビリティー2023」にて、ミュンヘン市内のフォルクスワーゲンパビリオンに展示された「ID.7」。
「IAAモビリティー2023」にて、ミュンヘン市内のフォルクスワーゲンパビリオンに展示された「ID.7」。拡大
「トヨタ・プロエース エレクトリック」。2022年9月、シエナ旧市街で撮影。
「トヨタ・プロエース エレクトリック」。2022年9月、シエナ旧市街で撮影。拡大
フィアットは小型商用車の専門会社を、2007年以来「フィアット プロフェッショナル」と称している。
フィアットは小型商用車の専門会社を、2007年以来「フィアット プロフェッショナル」と称している。拡大

もはやプロフェッショナル向けと思っていない

クルマ以外の領域に関していえば、プロフェッショナル向けと同等、もしくは近い性能・機能を有した商品に、それを匂わせる名称を与え、高品質や耐久性、ときにバリュー・フォー・マネーを訴求する事例は、従来から見られた。

日本でもそうした例を発見できる。自作PCパーツのブランド「玄人志向」には、その名称とは対照的に、一般コンシューマ向け商品も幅広く用意されている。近年の例としては、作業服チェーン「ワークマン」が2020年から展開している「ワークマン女子」がある。

街区や商業施設でも、プロ志向は人々を魅了する。東京のかっぱ橋道具街は今日でこそ一般客でにぎわっている。背景には、プロ用調理器具の商店街としての長い歴史がある。大前提として、みんなProが好きだったのである。

次にProというネーミングから受ける印象について考える。それが変わる契機となったのは、言うまでもなく2019年9月にアップル社が発売した「iPhone 11 Pro」および「11 Pro Max」だ。実はそれ以前にも、2015年から「iPad Pro」が存在した。だが出荷量や注目度を思えば、iPhone 11シリーズがきっかけと考えるのが正しかろう。

ID.シリーズの乗用車第1弾であるID.3の欧州発売は、2020年下半期だった。それに先駆けること約半年、欧州の自動車ウェブサイト「motor1.com」は、Proの名称が使われるであろうことを、2019年12月に伝えている。アップルとの差は約3カ月だ。VWがiPhone 11シリーズからProを拝借したかは微妙なところである。

だが前述のように、iPad Proが先に存在した。また、2011年登場の「up!」の広いガラス製テールゲートのデザインにあたっては、iPhoneをイメージしたことをVWは明らかにしている。アップルによるProの新しい解釈を意識したことは、十分に考えられる。

今日、シャオミのスマートフォンやGoogleのワイヤレスイヤホンにもProとついたモデルがある。さらにイタリアで家電量販店のチラシを見ると、ハイアールのドラム式洗濯機や一部メーカーの掃除機にまで、Proと称する商品が存在することが確認できる。

iPhoneの場合、アップルはProを名乗る理由のひとつとして、職業用途に耐えるカメラ性能をアピールしてきた。だが4回のモデルチェンジを経た今日、「なぜProなのか」を考える人は少ない。単なる“無印”iPhoneの上位機種と認識している人のほうが多い。VWは、Proの語が専門家向けではなく高性能の代名詞になりつつある時代に乗ろうとしている。

考えてみれば、少なくとも欧州では“スポーツカー”と称するクルマのオーナーは、スポーツマン体形でない人が多い。購入および維持可能な財力を蓄えた頃には、それなりの年齢を重ねているからである。これを当てはめるなら、プロユースでないプロダクトがProを名乗ってもけっして悪くはないだろう。加えて、ラテン語でproは「前へ」「前に」を示す接辞である。project、produce、proceedなどボジティブな語を形成する場合が多いので、そうした意味でも適切だ。

「フォルクスワーゲンID.BUZZ Pro」。「IAAモビリティー2023」のメッセ会場で。
「フォルクスワーゲンID.BUZZ Pro」。「IAAモビリティー2023」のメッセ会場で。拡大
「トヨタ・プロエース シティー」。2022年4月、シエナ旧市街で撮影。
「トヨタ・プロエース シティー」。2022年4月、シエナ旧市街で撮影。拡大

年齢バレする捉え方

自動車の世界におけるネーミングのニュアンス変遷について、もう少し考えてみよう。

最初は「スタンダード」だ。かつて一車種あたりのグレードが少なかった頃の日本車を思い出してほしい。「スタンダード」は「スーパーデラックス」「デラックス」の下に位置するモデルだった。見た目は貧弱で、ホイールカバーはクロームの代わりに樹脂製、バンパーは“かつおぶし”ことオーバーライダーが省略されていた。ダッシュボードをのぞけばエンジン回転計の場所が黒いグロメット(フタ)で埋められていた。あの時代、standardは最廉価版の代名詞だった。

しかし、20世紀初頭にイギリスで設立され、後年トライアンフを傘下に収める「スタンダード・モーターカンパニー」のstandardは「旗」であり、実際にユニオンジャックをエンブレムとしていた。キャデラックは、創業6年目の1908年以来、長年にわたり「The Standard of the World」をスローガンとしていた。こちらの場合、スタンダードは誇り高き「基準」だったのである。

本来は特注仕様の意味であるものの、日本ではグレード名のひとつとして頻繁に使われた「カスタム」も別の一例だ。もともとオープンモデルにおけるキャンバス製ソフトトップに対する語として生まれながら、第2次大戦後にBピラーがないクルマの呼称となってしまった「ハードトップ」もある。

いっぽう、これは個人的な印象だが、定着せずに“すべって”しまった例もある。1987年の5代目「マツダ・カペラ」だ。5ナンバーのワゴン仕様に「カーゴワゴン」という名称を与えたのだが、これは他メーカーに波及するには至らなかった。原因は、予想以上にcargo=貨物のイメージが定着してしまっていたためだろう。仮に、将来アップルに匹敵する世界企業がポジティブに「カーゴ」の名称を使えば、一気にイメージが逆転する可能性はあるが。

そういえば1990年代、東京の出版社編集部に勤務していたとき、先輩から聞いた話によると、ある日系ビール会社のモットーに「管理された味」というのがあったという。1980年代に日本の中等教育を受けた筆者の世代が管理と聞いて最初に思い起こすのは、ネガティブな意味をともなった「管理教育」である。いっぽうで、団塊世代だったその先輩が語るに、管理は高い品質を匂わせるポジティブなワードであったという。言葉の捉え方は、年齢のバロメーターだ。Proもしかり。たとえVWが積極導入しても4ナンバーを即座に想像してしまう筆者は、年齢“バレ”メーターがレッドゾーンに入りつつあるのかもしれない。

(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA, General Motors/編集=堀田剛資)

1949年「キャデラック・クーペ・ド・ヴィル」。オープンカーではないのに、その屋根を「ハードトップ」と称した初期の例である。
1949年「キャデラック・クーペ・ド・ヴィル」。オープンカーではないのに、その屋根を「ハードトップ」と称した初期の例である。拡大
1949年「キャデラック・クーペ・ド・ヴィル」。
1949年「キャデラック・クーペ・ド・ヴィル」。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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