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第836回:街に取り残された魅惑の「懐かしブランド」

2023.11.30 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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いきなり伝説の排気管メーカー

日本では、さまざまなジャンルでレトロブームが続いている。ホーロー看板はそのひとつだ。貸金業の「マルフク」、女優の由美かおるを起用した蚊取り線香「アース渦巻き」、“おミズ看板”こと水原 弘の「アース殺虫剤」、そしてコメディアン大村 昆の「オロナミンC」が、定番である。今日、オークション系のサイトを閲覧すると、それらのなかには1万円以上で取引されているものもあるから驚いてしまう。

イタリアでそれに相当する看板は極めて少ない。景観規制が厳しいためだ。指定場所以外、すなわち一般家屋や倉庫の軒先などに看板を掲げることは事実上不可能である。代わりに存在するのは、ポスターの掲示場所だ(写真2)。

ただし、乗り物好きの視点からすると、時代を超越した看板を時折発見することがあって面白い。

まずは「ANSA(アンサ)」の看板(写真3)である。この会社は、1959年創業の排気管のスペシャリストで、ファミリービジネスであったものの、フェラーリ、マセラティ、ランボルギーニそしてデ・トマソといった名だたるブランドにエキゾーストパイプを供給してきた。

伝説的ブランドだが筆者は久しく消息を聞いていなかったので、フィレンツェ郊外で発見したときは思わず目を疑った。調べてみると、アンサはしっかりと現存していた。2015年にモデナ県を本拠とする「SAGグループ」に買収されており、経営基盤のさらなる安定化が見込まれている。

看板が掛かっていた店はあいにく休業日だったが、「saldatura silenziatori」すなわち「消音器(エキゾーストパイプ)の溶接」と記されている。懐かしい名称とともに、このように特化した修理店が残っていることに驚きを禁じ得なかった。

今回はイタリアで発見した、取り残された懐かしいブランドを少々。
今回はイタリアで発見した、取り残された懐かしいブランドを少々。拡大
ポスターの掲示場所。シエナにて2023年11月撮影。
ポスターの掲示場所。シエナにて2023年11月撮影。拡大
(写真3)伝説の排気管ブランド「ANSA(アンサ)」の看板を今も掲げる修理工場。フィレンツェ郊外で2019年11月撮影。
(写真3)伝説の排気管ブランド「ANSA(アンサ)」の看板を今も掲げる修理工場。フィレンツェ郊外で2019年11月撮影。拡大

外すのも、なんだし……

次に紹介するのは、“ローバー看板”である。これはイタリア各地でたびたび発見できる。

ローバーが2005年に消滅するまでの経緯は複雑だった。1994年に、BMWがBae(ブリティッシュ・エアロスペース)からローバーグループ株の80%を取得。しかし当時の英国にみる低い生産性と採算性に悩まされ続けた。その結果、2000年に彼らはMINIブランドのみを手元に残してローバーを手放すことになる。ローバー部門はフェニックス・コンソーシアムと称する投資会社に、ランドローバーはフォードによって取得された。

ローバーを手に入れたフェニックス・コンソーシアムは、MGローバーと会社名を変えて再起を図ったものの、BMW同様経営に難航。2005年には経営破たんしてしまう。それを買い取ったのは中国の南京汽車だったが、これがさらに複雑な事態を引き起こした。ブランドとしてのローバーは、先にランドローバーを取得していたフォードが入手したため、南京が手にできたのはMGブランドのみだったのだ。フォードは今日までローバーという名称を復活させていない。いっぽう、同じ中国の上汽集団は、当時のローバーの最高級モデル「75」の生産設備を取得。2006年に「栄威(ロエヴェ)」という新ブランドを立ち上げた。

話をもとに戻そう。欧州でローバー車が販売されていたのは、フェニックス・コンソーシアム時代までである。したがって、今日残っているローバー看板は、少なくとも18年以上前のもの、ということになる。

掲げているのは、元指定サービス工場が大半だ。ローバー消滅後も、他ブランドの車種を扱うことでビジネス的には成り立っている。ただし取り外しには手間とお金を要するし、あわよくば古いローバー車のユーザーが駆け込み寺として来てくれることを考えると、そのままにしておいたほうが得策なのだ。

シエナに今も残る、旧ローバー指定サービス工場の入り口。2023年4月撮影。
シエナに今も残る、旧ローバー指定サービス工場の入り口。2023年4月撮影。拡大
こちらはシエナ郊外。ローバーの看板はそのロゴといい、色あせても孤高の気品ともいうべきものを漂わせている。2023年4月撮影。
こちらはシエナ郊外。ローバーの看板はそのロゴといい、色あせても孤高の気品ともいうべきものを漂わせている。2023年4月撮影。拡大
同じ修理工場。横断幕にもローバーのエンブレムが残る。
同じ修理工場。横断幕にもローバーのエンブレムが残る。拡大
ガラス扉のステッカーからして、かつてランドローバーも扱っていたのだろう。
ガラス扉のステッカーからして、かつてランドローバーも扱っていたのだろう。拡大

もう存在しないはずなんですが?

イタリアで最も時代を超越した“看板”はミラノ、それも駅前にある。その名を「パラッツォ・ピレリ」という。名デザイナーでもあったジオ・ポンティによる設計で、ピレリの本社として1960年に完成した。33階という階数は落成当時、欧州連合内で一番高い建築物だった。

ただし落成から18年後、石油危機を経た1978年に、ピレリはビルをロンバルディア州に売却してしまった。州庁舎として使われ始めてから今日まで45年。その期間は、ピレリ本社時代より2倍半も長いことになる。にもかかわらず、ミラノ人やイタリア人の多くは、今もパラッツォ・ピレリと呼び続けている。理由は? 今日でこそピレリは中国企業傘下にあるが、かつてはイタリアを代表する化学製品メーカーであったからである。同時に、このビルがイタリア高度経済成長期を象徴する建築物だったからだ。ピレリにとって、今もビルは看板的役割を立派に果たしている。

最後にもうひとつ、直近で目にした懐かしいブランドの名残を。ローマ・フィウミチーノ空港でのことである。「アリタリア」が残っているのだ。「?」という読者のために説明しておくと、アリタリア航空は2021年、新型コロナウイルス関連規制による利用客激減によって経営が従来以上に悪化し、国有化された。そして同年に「ITAエアウェイズ」として再発足した。このとき、1946年以来75年にわたって続いてきたアリタリアの商標は、あっさりと葬られたのである。

ところがだ。1969年にオリジナルをたどることができる「Alitalia」のロゴが入った旧塗色機体が、社名変更から2年が経過した今も使用されているではないか。これまでにも、旧塗色の機体がそのまま使われる例は他社でも見受けられたが、旧社名ロゴまで残されているのは、なんとも面白い。かつてアリタリアカラーのランチアにしびれた方は、今のうちに搭乗しておくべきかもしれない。

かくもイタリアには、おミズ看板に相当するものはないが、より巨大なスケールのレトロがいくつも、それも堂々と存在するのである。

(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

ミラノ中央駅前の「パラッツォ・ピレリ」。2022年6月撮影。
ミラノ中央駅前の「パラッツォ・ピレリ」。2022年6月撮影。拡大
「パラッツォ・ピレリ」の脇を通る街路には、ピレリの創業者であるジョヴァンニ・バティスタ・ピレリ(1848-1932)の名が冠せられている。
「パラッツォ・ピレリ」の脇を通る街路には、ピレリの創業者であるジョヴァンニ・バティスタ・ピレリ(1848-1932)の名が冠せられている。拡大
アリタリア時代の旧塗色のまま運用されているITAエアウェイズの機材。ローマ・フィウミチーノ空港で2023年11月撮影。
アリタリア時代の旧塗色のまま運用されているITAエアウェイズの機材。ローマ・フィウミチーノ空港で2023年11月撮影。拡大
もう1機、旧アリタリア色の機材を発見(左)。右は2021年に発足したITAエアウェイズの塗色。
もう1機、旧アリタリア色の機材を発見(左)。右は2021年に発足したITAエアウェイズの塗色。拡大
アリタリアカラーをまとった1976年「ランチア・ストラトス」のラリー仕様。2022年、トリノ自動車博物館の企画展で撮影。
アリタリアカラーをまとった1976年「ランチア・ストラトス」のラリー仕様。2022年、トリノ自動車博物館の企画展で撮影。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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