第117回:「ブリオ」発表で見えた、ホンダ再生へのカギ
2010.12.19 エディターから一言第117回:「ブリオ」発表で見えた、ホンダ再生へのカギ
ホンダは「タイランド・インターナショナルモーターエキスポ2010」において、タイ・インド向けの戦略車「ブリオ」を発表した。自動車販売の主戦場がアジアへとシフトしている中、本田技研工業・伊東孝紳社長の考えていることとは? 現地取材を行ったモータージャーナリストの島下泰久が、ホンダのアジア戦略について話を聞いた。
アジア市場でのホンダのいま
2010年11月末に開催された「タイランド・インターナショナルモーターエキスポ2010」で、ホンダはタイ・インド向けとなる現地生産小型車「BRIO(ブリオ)」を発表した。日本向けの販売はとりあえず検討されていないということだが、少なくとも現在、爆発的に需要が伸びているアジア大洋地域で販売されるクルマは、日本ではなくここタイ、そしてインドが生産拠点となるわけである。
とは言っても、それは別に今しがた始まった話ではない。ホンダのアジア大洋地域でのビジネスの歴史は長く、二輪/四輪ともに豊富な生産量を誇る。日本で一時期販売されていた「フィットアリア」も、実はタイ生産のアジア市場向け車両をベースとしたものだったのだ。
今回は機会を得て、そんなアジア大洋地域でのホンダの現状を見ることができたので報告したい。そこには、低迷するホンダの未来へのカギがあった。
アジア大洋地域21カ国でのホンダの乗用車の販売台数は、2009年度で34.8万台。シェアは4.9%でヒュンダイ、トヨタ、スズキに次ぐ4位につけている。実はこの販売台数は2008年を約5%下回っており、シェアも0.3%落としているのが現状だ。
そして今年2010年。驚くなかれ、先進国に先んじて経済が回復、そして伸長過程に入った同地域の四輪市場は、2009年に対してなんと149万台増の845万台にまで拡大すると予想されている。その勢いでホンダも当然、販売台数は伸ばしそうだが、しかしシェアはさらに後退する見通しだ。インド市場が急速に伸び、またインドのみならず地域全体でスモールカーの伸びが大きいのに対して、そのニーズにぴたりと合った車種ラインナップをそろえられていないのが、その主たる要因だという。
二輪のやり方を見習え
ブリオ登場の背景は、まさにそこにある。「ジャズ」(邦名:フィット)よりさらに下のカテゴリーに投入されるブリオは、タイではエコカーとして優遇措置が受けられ、またインドでも現地に合わせたスペックで生産されることが決まっている。価格はインドでは50万ルピー(約92万円)以下と、GMデーウなどの小型車よりは高いが、ホンダは二輪の実績からプレミアムブランドとして定着していることもあり、より上級レンジをターゲットに定めているわけだ。
写真のとおりブリオ、少なくとも見た目は思いのほか魅力的である。全長3610mm×全幅1680mm×全高1475mmというサイズは、「フィット」より一回り小さい。センタータンクレイアウトも採用していないが、後席だけで4人乗りも当たり前なインドでも受け入れられるよう、室内は可能な限りの広さを確保している。
タイ生産となると不安はクオリティだが、ホンダは90年代よりタイでの生産を行っており、「フィットアリア」を思い出してもクオリティに問題があったという記憶は無い。実際、工場も見学したが、たしかにロボット化などの点で日本のレベルにない部分はあるものの、製造品質には無縁な話だろう。
さらに、二輪でのホンダの実績を見れば、不安などなくなるはずだ。今やタイでは企画から開発、生産までほぼすべてを行うことができ、実際にそうして生まれたバイクが世界に向けて輸出されてもいる。現地で話を聞くことができたホンダの伊東孝紳社長はこう言った。
「今まで地域への進出は、まずは日本で考えた仕様をベースにして、こちらのクルマを考えていこうという風にやってきたんです。でも二輪は20年以上前から、ここでの二輪をここでのお客様の最適で作っている。結果、出来上がった二輪はちゃんとすごくいい二輪になるんです。僕も四輪が長かったから反省してるんだけど、遅ればせながら四輪に活をいれて『こんなすごいことやっている二輪を見習え』と檄(げき)を飛ばしたんですね」
ニーズをしっかりつかめているか?
近い将来にはインドでも生産が行われる。インドでは高張力鋼板が手に入りにくいのをはじめ、タイをはるかにしのぐ高いハードルがある。しかし、それでも伊東社長の言葉は明快だ。
「特にインドは独自のインフラ、培われてきた材料や生産技術があって。それを弊社の二輪の人間は十分に時間をかけてたんねんに積み重ねてきて、その成果が100ccや110ccのバイクを邦貨換算で7〜8万円で売って利益を出しているということなんです。四輪のロジックでは絶対成立しないですよ。ありえない」
ブリオは、まさにそうした考え方で作られた1台だと言える。ヒットの予感は十分する。
そこで思うのは、では日本やアメリカ、ヨーロッパなど現在不振のマーケットではどうだったのかということだ。ホンダはあるいはそれぞれの土地の本当のニーズをしっかりつかみきれていなかったのではないだろうか? そんな風に思えてしまうのだ。
「クルマ離れ」なんかのせいにする前に、本当に皆の求めるクルマを作り出す。成熟社会でニーズも十人十色となれば、新興国向けのように簡単にはいかないだろう。しかし、そこに真剣に対峙(たいじ)しなければ未来はない。伊東社長がそこに目を向けているということは、可能性はあるように思う。
ブリオの日本導入予定は少なくとも今のところは無い。しかし、このブリオの誕生は必ずや日本の、あるいは世界のホンダのこれからに良い影響をもたらすはず。タイで取材して、そんな確信めいたことを思ったのだった。
(文=島下泰久/写真=島下泰久、本田技研工業(H))

島下 泰久
モータージャーナリスト。乗って、書いて、最近ではしゃべる機会も激増中。『間違いだらけのクルマ選び』(草思社)、『クルマの未来で日本はどう戦うのか?』(星海社)など著書多数。YouTubeチャンネル『RIDE NOW』主宰。所有(する不動)車は「ホンダ・ビート」「スバル・サンバー」など。
-
第842回:スバルのドライブアプリ「SUBAROAD」で赤城のニュルブルクリンクを体感する 2025.8.5 ドライブアプリ「SUBAROAD(スバロード)」をご存じだろうか。そのネーミングからも想像できるように、スバルがスバル車オーナー向けにリリースするスマホアプリである。実際に同アプリを使用したドライブの印象をリポートする。
-
第841回:大切なのは喜びと楽しさの追求 マセラティが考えるイタリアンラグジュアリーの本質 2025.7.29 イタリアを代表するラグジュアリーカーのマセラティ……というのはよく聞く文句だが、彼らが体現する「イタリアンラグジュアリー」とは、どういうものなのか? マセラティ ジャパンのラウンドテーブルに参加し、彼らが提供する価値について考えた。
-
第840回:北の大地を「レヴォーグ レイバック」で疾駆! 霧多布岬でスバルの未来を思う 2025.7.23 スバルのクロスオーバーSUV「レヴォーグ レイバック」で、目指すは霧多布岬! 爽快な北海道ドライブを通してリポーターが感じた、スバルの魅力と課題とは? チキンを頬張り、ラッコを探し、六連星のブランド改革に思いをはせる。
-
第839回:「最後まで続く性能」は本当か? ミシュランの最新コンフォートタイヤ「プライマシー5」を試す 2025.7.18 2025年3月に販売が始まったミシュランの「プライマシー5」。「静粛性に優れ、上質で快適な乗り心地と長く続く安心感を提供する」と紹介される最新プレミアムコンフォートタイヤの実力を、さまざまなシチュエーションが設定されたテストコースで試した。
-
第838回:あの名手、あの名車が麦畑を激走! 味わい深いベルギー・イープルラリー観戦記 2025.7.5 美しい街や麦畑のなかを、「セリカ」や「インプレッサ」が駆ける! ベルギーで催されたイープルラリーを、ラリーカメラマンの山本佳吾さんがリポート。歴戦の名手が、懐かしの名車が参戦する海外ラリーのだいご味を、あざやかな写真とともにお届けする。
-
NEW
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
NEW
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。 -
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ
2025.9.4マッキナ あらモーダ!ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。 -
ロータス・エメヤR(後編)
2025.9.4あの多田哲哉の自動車放談長年にわたりトヨタで車両開発に取り組んできた多田哲哉さんをして「あまりにも衝撃的な一台」といわしめる「ロータス・エメヤR」。その存在意義について、ベテランエンジニアが熱く語る。