ポルシェの何がそんなにすごいのか?

2024.04.30 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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多田さんはたびたびポルシェを高く評価していますね。では、このブランドのほかとは違う美点とはなんですか? 具体的にどこがどうすごいのか、なぜそのような違いが出るのか、プロの考えを聞きたいです。

ポルシェは、クルマの開発者の誰もが高く評価しているブランドだと思います。それだけ工業製品としてよくできている、ということですね。

ただ、これまでずっとそうだったわけでもなく、1980年ごろから1990年くらいにかけては「あちこち壊れるクルマだ」などといわれていました。ちょうどそのころです、トヨタから生産技術の人間が数人、ポルシェへと移っていったのは……。つまり転職ですが、それ以降、ポルシェの信頼性が劇的に上がったのは事実です(笑)。

結果、世界中でちゃんと一定数売れて、しかも壊れずに長く乗れる製品になった。そのため中古車市場も確立され、ポルシェの“スポーツカーメーカーとしてのビジネスモデル”がしっかりとできあがりました。

どういうことかというと――まず、マニアのお金持ちは一番新しいモデルを買って、1年で中古車市場に放出します。一方で、そうした中古車の受け皿になる、1~2年落ちのモデルだけを買い求めて自分好みの仕様にして楽しむという層がいる。目に見えないようなところまで製品改良を施すのがポルシェですが、その点をはっきりと認識して毎年買い換えてくれるお客さんを、しっかりつかんだというわけです。

それゆえ、またさらに(普通の会社ならお金をかけないところまで)手を入れられるようになる。多くの自動車メーカーにおいて「無駄な投資」といわれてしまいかねない仕様変更が逆に強みになっていて、常に進化を続けられる。そういう“いいスパイラル”ができているメーカーは、世界中を見回してもポルシェしかないのです。

“目に見えない改良”の主たるものは、サスペンションのジオメトリー変更です。ポルシェの足まわりはすごくコンベンショナルな形式でつくられているものの、よく見るとアームの取り付け位置がしょっちゅう変わっていたりする。そこを変えるというのは、プラットフォームの根幹にかかわることであり、普通は大きなモデルチェンジのときにしかできない。いや、そういうときですら敬遠されることがらなのです。

彼らは、限られたテストコースではなく一般の道において得られた膨大なフィードバックを、ほかのメーカーに比べておそらく3~4倍の頻度で……つまり、ほぼ毎年、製品に反映しています。

ユーザーの好みや評価される価値観も、例えば「走行安定性にすぐれたクルマがいい」「コーナリングの切れ味がいいモデルこそがすばらしい」というように時代とともに変わっていくものですが、見た目に限らず、そうした走りにかかわる部分に対するニーズの変化にいつでも応えられるというのは、本当にすごい。かの名言「最新のポルシェが最良のポルシェ」を実感させられるところですね。

もちろん、ときとして「最新が最良」にならないこともあります。しかし、その場合もポルシェはすぐに直してくる。例えば、「ボクスター/ケイマン」シリーズの4気筒ターボ化。それで出力や燃費などスペックは確かに向上したものの、音をはじめとする感性性能がポルシェらしくないというユーザーの不満が聞かれるや、6気筒モデルを復活させました。

並の技術者なら、一度できたものに安住し、たとえ結果がよくなくても「フン、いずれ時代がついてくるさ」などという気持ちになってしまうものですが、彼らは選択を間違ったと思うとすぐ改める。決して、ひとつの技術に意固地にならない。ポルシェのそんなところが私は好きだし、すばらしいと思っています。

ポルシェとは一度、協業でクルマを開発したかったですね。それは、私の数少ない心残りのひとつです(笑)。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。