これぞ究極の現地現物 「トヨタ・ランドクルーザー」の開発者が語る相伝の“クルマづくり”
2024.05.17 デイリーコラム10年前の“名物エンジニア”の話で盛り上がる
過日催された「トヨタ・ランドクルーザー」取材会&試乗会(参照)でのこと。開発関係者との懇談の折、“70”のパワートレインを担当した天池雅明さんと、さる人物の話で盛り上がった。その御仁の名は大原義数さんという。
ものの本によると、大原さんは1988年から2015年に退職するまで、ずっと“70”の企画開発を主導してきた人物だった。今日ではミスター・ランクルといえば小鑓貞嘉さんだが、いうなれば、氏の前の時代のミスターといったところだろう。記者がお会いしたのは一度だけ。2014年に“70”が再版された際(参照)、その試乗会でお話をうかがったのみだ。しかし、それが本当に面白かった。技術的な難しい話に加え、世界中の極地におけるランクルの使われ方や、カスタマーからのむちゃくちゃな要望など、さまざまなエピソードを教えてくれたのだ。同時に、「俺なんかよりこいつの話も聞いてやってくれ」と、同席する若手技術者へ水を向け、彼らを立てる姿も印象的だった。
帰りしな、氏の熱い語りに「すごい人ですね」とトヨタの広報さんに述べたところ、「大原さんは今年で退職されるので、いろんな思いがあったのかも」と教えてもらい、「ああ、これは本当に貴重な機会だったんだな」と、一層感慨が深まったのを覚えている。
そんな10年前の話を天池さんにしたところ、「スゴイ記憶力ですね」とほめていただいたのだが、そのぐらい大原さんの印象は強く、語られたエピソードが面白かったのだ。オーストラリアの鉱山に、アフリカの砂漠とジャングル、中東の漁村、そうした極地でのランクルの“過酷エピソード”は、今ではオフィシャルサイトでも広く紹介されている。しかし、それらの逸話を実際に現地で見、開発にフィードバックさせてきたエンジニアからじかに話を聞けたのは、やはり得難い経験だったし、血の通った言葉には純粋にワクワクした。
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極地で働く鉄製のワークホース
例えば中東の漁村のお話。かの地で漁にランクルが使われているというのは、ファンの間ではUAEの有名な写真とともに広く知られていることだ。しかし、10年前の大原さん&先日の天池さんの話によると、実際にはオフィシャルサイトで伝えられるより、はるかにハードコアな使われ方をしていたようだ。
そもそも、ひとえに中東の漁村といっても千差万別あるわけで、なかには舟もなければ桟橋も護岸もない、ただ遠浅の海が広がるようなところもあったという。そういう場所ではどうやって漁をしていたのかというと、なんとランクルで(!)どんぶらこと海に出ていたのだ。それでキャビンがどっぷり海につかるところまで来たら、荷台に積んでいた網を投てき。それを広げつつ浜まで戻ると、ゆるい砂浜にタイヤを踏ん張らせて網を引き、ようするにランクルで地引き網をしていたのである。
で、漁が終わったら、こんどはおもむろに荷台に水槽を積載。それを“いけす”にして市場まで魚を運ぶのだが……。「水って1m四方でも1tの重さがあるわけですが、どう見たってそんな大きさの水槽じゃないんですよ(笑)」(天池さん)。海水浴の次は、度を越した過積載を強いられていたというわけだ。無論、これではさしものランクルも無事とはいかず、過度なリア荷重でハンドリングはしっちゃかめっちゃか。ついにはフレームがへし折れてしまうクルマもあったという。オフィシャルで語られる内容はずいぶんマイルドになってますねという私に、「これを聞いて、無謀なマネをする人が出たらまずいからでしょう」と言ったのは、恐らく天池さんではなく10年前の大原さんだったと思う。
こうした話はランクルでは枚挙にいとまがなく、天池さんの口からは上述の地引き網漁を含む極地での逸話や、人道支援やパトロールのためにUN(国際連合)が“70”や“300”を購入していく話、“70”のワクチン保冷輸送車がWHOから「医療器材」として品質保証を受けた際の話など、およそ他のクルマでは聞くことのない話が次々に語られた。編集部がある東京・渋谷のかいわいでさえ珍しくない存在だけに忘れがちだが、ランドクルーザーとは本来、そういうクルマなのだ。
人がつくってきたクルマ
個人的に感服するのは、大原さんや天池さんが(そして今回は話題に上がっていないが、小鑓さんや現チーフエンジニアの森津圭太さん、横尾貴己さんらも)、そうした尋常ではないカスタマーの要望を、きちんと改良やモデルチェンジに盛り込み続けてきたことだ。普通だったら「そんな風に使って壊されても、知らんがな」と突き放すだけで、メーカーがここまで対応するなんてまずあり得ない。いかに世界広しといえど、これほどむちゃで、しかし切実な要求に応え続けてきた乗り物は、ランクルと「ホンダ・スーパーカブ」ぐらいしかないだろう。この2台のことを思うと、日本のモノづくりってこうして信頼を勝ち得てきたんだよなと、感慨にふけってしまう。
また同時に、ランクルというのが徹頭徹尾、人が現地現物でつくるクルマであることも再認識させられた。実際、最新鋭の“250”にしても「仕様書に沿ってつくりました」「規定はクリアしています」といって組み上げられた試作車を、「いや、これじゃアカンよ」と差し戻すことがあったとか。常に想定外の使われ方をするクルマを、想定に沿ってつくってどうするよ? ということである。どこまでクルマを鍛え、どの段階で終わりのない開発に区切りをつけるか。その線引きができるのはやっぱり、長年にわたり先達(せんだつ)とともに開発に従事し、フィールドワークでランクルの使われ方を知った人の目なのだろう。
今回お話をうかがった天池さんは、偶然だがこの取材会の数日前に、大原さんとお酒を飲む機会があったという。大原さんがトヨタを退職してから今年で9年。氏の後に開発を主導した小鑓さんも、この2024年4月についに定年を迎えた。天池さんは「長いこと受け継ぐ立場だったが、いつの間にか、自分もまわりに伝えていく立場になってしまった」と語る。モデルチェンジのスパンが長いランクルの取材では、ときとして無形文化財の相伝に立ち会っているような気分になる。そしてつくづく、これは人がつくってきたクルマなんだなぁと、実感するのである。
(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/写真=郡大二郎、向後一宏、トヨタ自動車/編集=堀田剛資)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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