マセラティ・グランカブリオ トロフェオ(4WD/8AT)
エレガンティッシモ! 2024.07.08 試乗記 マセラティの「グランカブリオ」がフルモデルチェンジ。フロントには最高出力550PSを誇る最新のV6ユニットが積まれているが、これをひけらかすのはモデナの名門の流儀にそぐわない。あくまで優雅に、きれいに。向き合うたびに自然と背筋が伸びるオープントップGTである。生まれ持った貴族性
過日、北イタリアはマジョーレ湖西岸のリゾート地、ストレーザでマセラティが新型グランカブリオの試乗会を催した。ストレーザと聞いてピンとくる人は相当なイタリア通か、ゴシップ誌の熱心な読者に違いない。フィアット創業家の現当主にしてステランティスグループの総帥、若きジョン・エルカンが十数年前に結婚式を挙げたのは、ストレーザ沿岸から数百m先に浮かぶイゾラ・ベッラ(ベッラ島)。花嫁の出自たるボロメオ家は元ミラノ公国の貴族で、今もこの島の所有者なのだ。
とまぁ、いきなり話がそれたが、イタリアにおけるマセラティブランドの本質とよくよく符合するところではある。歴史の古さではアルファ・ロメオに次ぎ、レーシングブリードつまりスポーツ&エンジニアリングのうえではベントレーやメルセデス・ベンツ、アストンマーティンやフェラーリに引けをとらない名門で、貴族的な優雅さはデフォルトという。
実際、「MC20」以降のマセラティのGTは、その本来の優雅な成り立ちをデザイン的にもエンジニアリング的にも巧みに表現していると思う。その最新解が、今回の新型グランカブリオというわけだ。4座オープンの超ハイエンドGTという点で競合するのは、これまた新型が発表されたばかりのベントレーの「コンチネンタルGTCスピード」、あるいはアストンマーティンの「DB12ヴォランテ」あたりだろう。マセラティ・グランカブリオのパワーユニットはV6ツインターボエンジンの「ネットゥーノ」。ライバルに対して相対的にコンパクトだが、F1マシンのようなプレチャンバー機構を備えたハイメカニズムで、低負荷時の片バンク休止機構すら備える。この、あらゆる諧調を網羅しつつも、あくまで羽のように軽いタッチが、イタリアらしさでもある。
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後席も快適に過ごせる
縦長のヘッドライトや、それより下に置かれるクラシックな楕円(だえん)のエンブレム、グリル内にはめ込まれた三又矛のロゴは、クーペの「グラントゥーリズモ」と同様の顔つき。ただルーフを切り落としただけのように見られがちなエクステリアだが、実はAピラーもリアフェンダーからデッキまわりも、すべて別仕立てのボディーパネルとなる。アンテナを立てずにパネル内に埋め込む関係で、トランクリッドのみアルミニウムではなく、グラスファイバーのコンポジット素材となる。ほろ屋根の開閉に要する時間はそれぞれ約15秒、50km/h以下なら走行中でも操作が可能だ。エアコンなどと同じ手元の8.3インチコンフォートディスプレイで、指先でスワイプ&ホールドすれば、ほろはリアデッキ内に折り畳まれ、トランク上部に収納される。トップの上げ下げは、暑い寒いと同じ階層で捉えるべきインターフェイスというわけだ。
トランク容量は172リッターで、垂直方向は限られるものの奥行きは長い。スキーホールがない代わりに、オープンエアでも低音をきっちり効かせて音の輪郭をはっきりさせるためだろう、車載オーディオシステムたるソナス・ファベールのサブウーファーが後席2座の間に立てて埋め込まれている。リアシートには大人なら体をはめ込むようにアクセスするが、収まればまずまずの座り心地だ。足元スペースも確保しつつ、センターコンソールとアームレストの高さをそろえてある点が、助手席同様に走行中も両肘で体を支えやすく、快適に過ごせるポイントだ。表面コーティングのないカーボンの素材感や、2口のUSBポートなど、質感やアメニティーも抜かりない。また高速走行時に風の巻き込みを防ぐL字型のウインドストッパーは、後席左右の穴に固定する方式。装着時はリアシートをふさぐ格好だが、中央2分割で折り畳め、普段はトランク内に収納できる。
精妙なライドコントロール
加えて、前席シートに備わるネックウオーマーもクーペとの相違点だが、目に見えない部分でも例えばフロア下、ボディーパネル同様のアルミニウムで補強が入れられ、マグネシウムや超高張力スチールを適材適所で用いつつボディー剛性を高めているという。結果、車重はクーペ比で100kgほど増し、EU域の認証値では1895kgだが、ほとんどはルーフ開閉機構による増加という。そのため「コンフォート」「GT」「スポーツ」「コルサ」の4つのドライブモードに応じてエアサスペンションやパワートレインの応答性を切り替える可変シャシープログラムも、グランカブリオ向けに最適化されている。もちろんコルサはESPオフのモードでもある。
まずはデフォルトのGTモードで湖岸沿いを流すが、アクセルペダルの反応度に、操舵に対する横方向の動き、8段トルコンATのシフトのマナーまで、適度なアップテンポの制御といえる。またオープンで聴くネットゥーノの響きは低くさざめくようで、あくまでドライブの通奏低音にすぎない。でも峠道にさしかかるとGTモードのままでもニュアンスが少し違ってくる。ロール速度は抑えられているが操舵量が大きいと感じてきたら、ステアリングホイール上のダイヤルを回して、スポーツへの移行タイミングだ。すると足まわりが締め上げられるだけでなく、車高が下がってロール量も減じられる。前後左右輪の荷重変化やしなりの感覚は地続きのまま、手元の操舵量が減って、アクセルのツキやシフトのダイレクト感は強まるので、自然にアジリティーだけが増す。実に精妙なライドコントロールだ。
逆に高速道路でコンフォートを選べば、わざと泳がせているようなストローク感で、まるで4ドアのサルーンを走らせているかのように感じる。ウインドストッパーを装着していれば、巻き込み風が髪を乱すのを防げるどころか、130km/h巡航中でも車内で会話するのに大声を張り上げる必要がない。実にエレガントなマナーだ。
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音楽を奏でるかのような愉悦
昔のマセラティに比べて毒気がない、などとの声もあるネットゥーノだが、はっきり言おう。それは踏み込みが足りないだけだ。3800rpmあたりから高まるエキゾーストのトーンは、オノマトペでいえば「V」とか「G」ではなく、「D」や「R」の響きが強まってくる。単なるフラットトルクではなく、底なしに湧き上がる力強さに、トップエンド域で最後ひと伸びのたけだけしさが、やはりマセラティのGTなのだ。
このV6ツインターボのネットゥーノをオープンエアで操るというグランカブリオのドライビングにはそう、外界に対して開け放っているにもかかわらず、まるで室内楽を奏でるような愉悦がある。道路に応じてドライブモードをあれこれ変えるのは曲調を選ぶのと同じで、4座の空間を親しい人と分かち合いつつ交歓で満たす。そういうドライブの時間を過ごすためのマシンであることに気づく。もちろんリードを任されているのはドライバーだ。フロントミドシップとはいえ、それにしてもコーナーで鼻先がよく入る。アレグロやフォルティシモで弾くこともできるが、速く走るにしてもきれいに走るのが大前提といった体で、コーナーひとつ抜けた後の余韻すら心地いい。そういう残心のある動的質感が印象に残る。当然その裏には、ビークルダイナミクス上の不協和音を許さないというか、操作系やECUに減衰力調整まで、各要素の介入レイテンシーやオーバーラップを先読みして統合管理するような、VDCMや高速通信ネットワークの存在がある。
甘美なだけではなく、賢くレバレッジを利かせること。スペックやパワーが目的化していないからこそ、新しいグランカブリオは優雅な生活感を漂わせる希少なプレミアムスポーツGTといえるのだ。
(文=南陽一浩/写真=マセラティ/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
マセラティ・グランカブリオ トロフェオ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4966×1957×1365mm
ホイールベース:2929mm
車重:1895kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:550PS(404kW)/6500rpm
最大トルク:650N・m(66.3kgf・m)/3000rpm
タイヤ:(前)265/30ZR20 94Y/(後)295/30ZR21 102Y(ピレリPゼロ)
燃費:10.6リッター/100km(約9.4km/リッター、欧州複合モード)
価格:3120万円/テスト車=3120万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2024年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

南陽 一浩
1971年生まれ、静岡県出身、慶應義塾大学卒。出版社を経てフリーライターに。2001年に渡仏して現地で地理学関連の修士号を取得、パリを拠点に自動車や時計、男性ファッションや旅関連を取材する。日仏の男性誌や専門誌へ寄稿した後、2014年に帰国。東京を拠点とする今も、雑誌やウェブで試乗記やコラム、紀行文等を書いている。
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