第871回:日系自動車メーカーがすべて国有化される日
2024.08.08 マッキナ あらモーダ!一本足打法の末路
2066年某日、100歳を数えても妙に元気だった筆者は、イタリアで自動車愛好家たちが主催する「日本車ミーティング」に、ゲストとして招待されていた。会場には1980年代末から1990年代初頭の、いわゆるバブル時代とその前後に生産されたクルマが“ヴィンティッジ期の日本車”と称して並んでいる。
そのような光景を眺めていると、あるイタリア人参加者が、パニーノ片手に筆者に近寄ってきた。「昨日、古いクルマの本で読んだんだけど」と彼は語り始めた。そしてこう言った。「あの頃、あんたの国はすごかったな。イタリアの自動車メーカーが、ほぼすべてフィアット傘下になってしまった頃でも、日本では商用車専業も含めると11社もあったんだから!」
……思えば、すべての始まりは2024年夏だった。日本では「日東自動車」と「ホンマ技研工業」が電気自動車(EV)に使用する車載ソフトウエアの共通化を目指すと発表。それには旧財閥系の流れをくむ「七光自動車」も参画した。その3社連合の誕生により、日本国内の自動車メーカーは、業界首位の「トヨクニ自動車」率いる連合と、事実上2陣営に分かれた。
しかし日東、ホンマそして七光は、EV分野で中国ブランドの脅威に抗することが難しくなった。そのため2030年、3社は合併して「ジャパン・モーター・コーポレーション」、略称JMCとなる。
いっぽうのトヨクニ連合は、JMCと同様に中国メーカーの進出にさらされながらも、より堅実な経営で史上空前の営業利益をたたき出し続けていた。だが為替市場での突然の円高に加え、経営基盤の安定と研究開発コスト削減が急務となった。
さらに子会社も問題を抱えていた。100%子会社の「ダイモー」は長年軽自動車を得意としていたものの、数年前の型式認証不正取得事件の後遺症とともに、親会社トヨクニ同様、技術開発費が重くのしかかっていた。加えて2000年代から集中的に資本投下してきた東南アジアでは、新興国の安価なモデルに市場を侵食されていた。
関連会社で、かつて航空機製造業から自動車に進出した「HORIZON」は長年アメリカ市場での4WDクロスオーバー車販売に依存していたが、その一本足打法がたたり、円高と米国の景気急減速により営業利益が急減した。
そうしたなかトヨクニは、ダイモーとHORIZONに加え、資本提携していた「マツムラ」「スズナリ」といったメーカーを、持ち株会社「トヨクニ・モーター・ホールディングス」、略称TMHの傘下に置くかたちに改変した。
だが、さらに日本経済の停滞が加速。加えて、外国人労働者も巻き込んだ組合運動が多発し、生産性は著しく低下した。日本伝統の労使協調路線は過去のものとなっていったのだ。世界では「日本病」という言葉で表現されるようになった。
日本政府は事態を打開すべく2046年、ジャパン・モーター・コーポレーションとトヨクニ・モーターホールディングスを統合・国有化し、「トヨクニ・ジャパン」として発足させた。
日和見主義の果てに
しかし、研究開発費の極度な削減によって、商品系列ではいわゆるバッジエンジニアリングが多発。そのためユーザーからは次第に敬遠されていった。現場の士気低下から品質水準も著しく低下した。外国人ユーザーの間では、旧トヨクニ自動車時代からの電装品メーカー「デンシン」の低い信頼性から、「日本には『お酒はぬるめの燗がいい』という歌詞の演歌がある。なぜなら(まともに温まらない)デンシンの電熱器を使っているからだ」という笑い話までできた。焦ったトヨクニ・ジャパンは中国のBYO社と技術提携して挽回を図るとともに、同社の資本も受け入れた。
ブランド整理のため、HORIZONやスズナリは廃止。それでもなお、旧トヨクニの高級ブランド「リュクス」からダイモーの軽自動車まで残存していたことから、グループ内に競合車が乱立する状態が続いた。
グループが、新興国メーカー車キラーとして満を持して開発した小型車「ダイモー・アーバン」発表の際は、「ハガネの女」の異名をもつ日本初の女性首相・真狩幸世(まがりさちよ)が公邸前で自ら運転するパフォーマンスを実施した。だが世界のライバル車を前に、目覚ましい販売実績は残せなかった。
真狩政権は病めるトヨクニ・ジャパンの民営化を公約としていた。その第1弾としてリュクスを切り売りすることを決定する。かろうじて市場の評価が高く、かつ奇跡的に品質改善運動に成功していたからだった。同ブランドを最終的に取得したのは、インドの「ダダ」社だった。
政府の日和見主義はまだ続いた。過度な公的資金投入に対する批判の世論を受けて、数年後トヨクニ・ジャパンは半官半民化。2064年には、社名を残存していた1ブランドにあやかり「ホンマ・グループ」に変更した。そうかと思えば2年後の2066年、日本政府はホンマ・グループ株をベトナムの「ピンファースト」社に売却する。それを機会に長年関係のあった中国BYO社は、保有株をピンファーストに譲渡することで関係を解消した。
だが、ピンファーストも再建できず、結果としてホンマ・グループは経営破たん。ブランドはさまざまな国の自動車メーカーによって取得されることになった。
旧トヨクニ系でオフロードカー・ブランドに昇格していた「ランドディンギー」は、先にリュクスを取得していたインドのダダに渡った。いっぽうダイモーは、マレーシアの「プロカー」社によって継承された。また、過去にトヨクニとHORIZONが共同開発した「VR-Z」のブランドや、日東のハイパフォーマンスカー「GT-Road」は、東欧の新興メーカーのものとなった。トヨクニの創業家出身社長肝いりのプロジェクトでスポーツ仕様に使用されていた「ヤルゾウ」は、南米の新興メーカーが獲得した。
こうして日本には高級車を中心に生産工場こそ残されたものの、資本的にみると国内メーカーは消滅した。純粋な国内資本は「ミルオカ自動車」など、クラフトマンシップ志向の小規模生産ブランドのみとなった。
日本車=あの時代の英国車?
……筆者がこの物語を創作するのに、それほど空想は用いなかった。勘の良い読者ならお察しのとおり、英国における第2次世界大戦後の「ブリティッシュ・モーター・ホールディングス」やそれに続く「ブリティッシュ・レイランド」の経緯、そして「ローバー・グループ」の最後を下敷きにした。時系列も、彼らの変遷を大まかになぞった。
「ぬるめの燗」のくだりは、英国車の品質が最悪だった時代、「イギリス人は生ぬるいビールを飲んでいる。なぜなら(英国の電装品メーカーであった)ルーカス社製の冷蔵庫を使っているからだ」という、当時流布された冗談を基にした。女性首相の件は、マーガレット・サッチャー氏が自ら「オースティン・メトロ」を運転してみせたのを思い出したまでだ。
2024年8月1日、日産自動車とホンダがEVに使用する車載ソフトウエアの共通化を目指すと発表した(参照)。協業には三菱自動車も参画する。当然ながら、それは以前から日産が三菱株を保有していることを除き、資本提携や合併ではない。また、労働組合の影響力や政権交代の頻度も物語とは異なる。
しかし両国とも、かつて目覚ましい自動車生産量を誇ったものの――イギリスは1950年代まで、米国に次ぐ世界第2位の生産国であり、日本は1980年から中国に抜かれる2009年まで、アメリカと世界一を競っていた――気がつけば競合国に市場を侵食されていったことは共通している。凋落(ちょうらく)は、あの時代に始まっていた、と振り返る日が来ることもなきにしもあらずで、今回の物語が笑い話になってくれることを願う。
ところで2024年8月、イタリアで衣料品店を散策していたときである。女性用コーナーで1枚のTシャツを発見した。そこには、「日産GT-R」と「トヨタ・スープラ」を参考にしたと思われるイラストが印刷されていた。上部にはTimeless Racingの文字が記されている。レディースもの衣料といえば従来、描かれる自動車の定番にオリジナル「Mini」があった。往年の日本車がMini同様のオールディーズ感で捉えられ始めているとは。ただし、それ以降における日本車の存在感の薄さともとれ、複雑な心境に陥った筆者であった。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
![]() |

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。