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第886回:ピニンファリーナとザガートのドライビングシミュレーター

2024.11.21 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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名門博物館の片隅にアミューズメント発見

近年は、欧州でもアミューズメント用のドライビングシミュレーターを、たびたび見かけるようになってきた。遊戯施設やイベントだけではない。モーターショー会場にも運び込まれていて、脇に展示された新型車よりも人だかりができていたりする。

気がつけば、イタリアを代表する自動車ミュージアム、トリノ自動車博物館(MAUTO)にも、そうしたシミュレーターが2台設置されていた。場所はエントランス階のショップ脇である。ただし、よくある装置むき出しだったり、F1を模した派手なカウルが付いていたりするわけではない。側面のバッジを見て驚いた。いずれもイタリアを代表するカロッツェリアである、ミラノのザガートとトリノのピニンファリーナのエンブレムが輝いているではないか。

今回はドライビングシミュレーターのお話を。ピニンファリーナのデザインによる「スポルティーヴァ」。 (photo:Pininfarina)
今回はドライビングシミュレーターのお話を。ピニンファリーナのデザインによる「スポルティーヴァ」。 (photo:Pininfarina)拡大
トリノ自動車博物館(MAUTO)の玄関ホールで。「ザガート・エリオZ 」(左)と「ピニンファリーナ・スポルティーヴァ」(右)。料金は、1コース10分15ユーロ(約2400円)、2コース25ユーロ(約4000円)。以下5点は2024年7月筆者撮影。
トリノ自動車博物館(MAUTO)の玄関ホールで。「ザガート・エリオZ 」(左)と「ピニンファリーナ・スポルティーヴァ」(右)。料金は、1コース10分15ユーロ(約2400円)、2コース25ユーロ(約4000円)。以下5点は2024年7月筆者撮影。拡大
トリノ自動車博物館のファサード。2023年には、前身から数えて誕生90年を祝った。
トリノ自動車博物館のファサード。2023年には、前身から数えて誕生90年を祝った。拡大
「ピニンファリーナ・スポルティーヴァ」。外観が上品すぎて、ビジターを寄せつけないのが唯一の難点か?
「ピニンファリーナ・スポルティーヴァ」。外観が上品すぎて、ビジターを寄せつけないのが唯一の難点か?拡大
側面には、ピニンファリーナのバッジと、古典的デザインのエアインテークが。
側面には、ピニンファリーナのバッジと、古典的デザインのエアインテークが。拡大
ザガート・エリオZ(photo : Zagato)
ザガート・エリオZ(photo : Zagato)拡大
「ザガート・エリオZ」のペダルまわり。
「ザガート・エリオZ」のペダルまわり。拡大

名門がそれぞれのデザインを提供

それら2台は、博物館創設90周年の2023年に合わせて導入が決まったものだ。

製品を企画したのは、リヒテンシュタインの首都ファドゥーツで古典車関連のプロジェクトを数々展開しているザ・クラシックカー・トラスト(TCCT)である。参考までに主宰者は、1996-2000年までレッドブル・ザウバー・ペトロナスF1チームの会長兼共同オーナーを務めた実業家フリッツ・カイザー氏だ。実際に手がけたのはTCCTの関連会社で、仮想現実と20世紀古典車文化との結びつきを模索・研究しているローリントンである。同社の説明によれば、ローリントン(Roarington)とはバーチャルな世界に存在する、空想上の都市名という。

製作の初期段階には、工業用LiDARを駆使してサンプルとなる車両を3Dスキャンしたという。使われた設備のスペックは、以下のとおりだ。

・リニアアクチュエーター:3本/3方向
・グラフィックカード:エヌビディアRTX A400
・モニター:デル製49インチ湾曲モニター
・重量:300kg
※EU機械基準に準拠し、CE(EUの安全マーク)認証済み

デザインを担当した前述の2社について記せば、まずザガート版は「エリオZ」と名づけられている。エリオ(Elio)とは創業2代目でジェントルマン・ドライバーでもあったエリオ・ザガート(1921−2009年)にちなんだものである。古典的なトラスフレームを通して機構部分が見えるようにすることで、「伝統」と「革新」を表現したという。

いっぽうのピニンファリーナ版は「スポルティーヴァ」と命名されている。外観の形状は第2次大戦直後に同社がデザインし、ニューヨーク近代美術館に70年以上も展示されている「チシタリア202クーペ」に着想を得たものだ。

ピニンファリーナからは、さらに詳しい情報が得られた。デザイン開発が行われたのは2020年。実はスポルティーヴァのほかに、姉妹モデルとして「レッジェンダ(leggenda=伝説)」があり、こちらはピニンファリーナの創業90年記念に9台製作された。双方ともトリノ郊外カンビアーノのピニンファリーナ本社で、デザインだけでなく組み立ても行われたという。

ザ・クラシックカー・トラストのフリッツ・カイザー氏(左)と、ローリントンのアンバサダーを務める元F1ドライバーのキミ・ライコネン氏(右)。(photo:Roarington) 
ザ・クラシックカー・トラストのフリッツ・カイザー氏(左)と、ローリントンのアンバサダーを務める元F1ドライバーのキミ・ライコネン氏(右)。(photo:Roarington) 拡大
シミュレーターに興じるライコネン氏。この日の車両は1955年ミッレミリアでクラス優勝を果たした「メルセデス・ベンツ300SLガルウイング カーナンバー417」で、コースはニュルブルクリンク。機材本体は「ピニンファリーナ・スポルティーヴァ」に見えるが、座席は300SL風のチェック柄に変えられている。(photo:Roarington)
シミュレーターに興じるライコネン氏。この日の車両は1955年ミッレミリアでクラス優勝を果たした「メルセデス・ベンツ300SLガルウイング カーナンバー417」で、コースはニュルブルクリンク。機材本体は「ピニンファリーナ・スポルティーヴァ」に見えるが、座席は300SL風のチェック柄に変えられている。(photo:Roarington)拡大
「ピニンファリーナ・スポルティーヴァ」のCGレンダリング。「チシタリア202クーペ」のフォルムを投影したという。(photo:Pininfarina)
「ピニンファリーナ・スポルティーヴァ」のCGレンダリング。「チシタリア202クーペ」のフォルムを投影したという。(photo:Pininfarina)拡大
リアフェンダーも「チシタリア202クーペ」を想起させる。(photo:Pininfarina)
リアフェンダーも「チシタリア202クーペ」を想起させる。(photo:Pininfarina)拡大
コックピットのマテリアルにも贅(ぜい)が尽くされているのがわかる。変速器は6段+後退。(photo:Pininfarina)
コックピットのマテリアルにも贅(ぜい)が尽くされているのがわかる。変速器は6段+後退。(photo:Pininfarina)拡大
9台が製作されたという姉妹バージョンの「レッジェンダ」。(photo:Pininfarina)
9台が製作されたという姉妹バージョンの「レッジェンダ」。(photo:Pininfarina)拡大
「レッジェンダ」(写真)と「スポルティーヴァ」では、内装材をはじめディテールが微妙に異なる。(photo:Pininfarina)
「レッジェンダ」(写真)と「スポルティーヴァ」では、内装材をはじめディテールが微妙に異なる。(photo:Pininfarina)拡大

亡き会長も熱くなった

MAUTOにある2台のシミュレーターで選択できる車種は目下、次の3台である。

・1952年 アルファ・ロメオ・ディスコヴォランテ
・1954年 ガスタービン実験車 フィアット・トゥルビーナ
・1953年 ランチアD24

いずれも実車は、館内のコレクションにある。ディスプレイに映し出されるコースは、モンツァ・サーキットなどが用意されている。

残念ながら今回、筆者自身はこのしゃれたシミュレーターを体験しなかった。存在に気づいたのは別の館内取材に1日を費やしたあとで、閉館間際だったからだ……というのは半分言い訳である。正直なところ、シミュレーションものが苦手なのだ。かつてイタリア人宅のPCで、飛行機を操縦したときは失速の警報を鳴らしまくり、サーキットを走ったら意図しない逆走ばかりで、その家庭の高校生に失笑された。そのたび「日本のだと、うまくいくのにな」とウソを言ってごまかした。実際はといえば「電車でGO!」でも、マスコンとブレーキの扱いが下手で急制動を連続させ、乗客女性をなぎ倒してばかりだった。かくも数々のトラウマがある筆者である。今回も挑戦させてもらったあげく、博物館の館長や広報担当者の笑い者になるのは御免だったのだ。

それよりも、もしもヒストリックカーのエキスパートだった小林彰太郎『CAR GRAPHIC』初代編集長やポール・フレール氏が生きていて、このシミュレーターに挑んだら? そのような空想をしていたら、ピニンファリーナの敏腕広報担当者から「別の写真も発見しましたよ」と、追って知らせが舞い込んだ。添付されていた写真は、2024年4月に65歳で死去した創業3代目のパオロ・ピニンファリーナ元会長(本連載第855回参照)が、スポルティーヴァを自ら試している光景だった。特にステアリングを握ってバンクに臨んでいるときの、真剣な表情がほほ笑ましい。

筆者が考えなくても、すでにパオロ氏が天国にシミュレーターを運び込み、3人で腕を競っているに違いない。

(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=ピニンファリーナ、ザガート、Akio Lorenzo OYA、Roarington/編集=堀田剛資)

トリノ自動車博物館の常設展にある1954年「フィアット・トゥルビーナ」。2020年筆者撮影。
トリノ自動車博物館の常設展にある1954年「フィアット・トゥルビーナ」。2020年筆者撮影。拡大
「ピニンファリーナ・スポルティーヴァ」とパオロ・ピニンファリーナ氏(1958-2024年)。カンビアーノ本社で。(photo:Pininfarina)
「ピニンファリーナ・スポルティーヴァ」とパオロ・ピニンファリーナ氏(1958-2024年)。カンビアーノ本社で。(photo:Pininfarina)拡大
バンクを攻める、在りし日のパオロ氏。(photo:Pininfarina)
バンクを攻める、在りし日のパオロ氏。(photo:Pininfarina)拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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