第4回:ルノースポールよ永遠なれ
2024.11.29 ルノー・メガーヌR.S.日常劇場正真正銘、最後のルノースポール
操作盤をポチポチやって、ビルの機械式駐車場からクルマを引っ張り出す。最後にこのモデルに触れたのは、もう1年も前のことか(参照)。久しぶりに見るそのお姿に、記者は落涙しそうになった。ここにおはすは、「メガーヌ ルノースポール(R.S.)ウルティム」。最後のメガーヌR.S.の最後の限定モデルで、正真正銘、最後のルノースポールだ。将来の名車認定が約束されたようなクルマである。
思い出すのは2018年夏。伊豆の某所で催されたメガーヌIV R.S.の初取材会では、かのロラン・ウルゴンさん&フィリップ・メリメさん(写真参照)の運転を助手席で体験し、熱いモノがこみ上げた(主に胃から)。その後もメガーヌR.S.についてはたびたび取材の機会に恵まれ、方々で楽しくもヘンテコな思い出を量産したのだが、それも恐らく、これが最後だろう。
それにしても、さてどこへ行ったものか? 記者に与えられたR.S.の占有時間は、この土日だけ。「日常劇場」なんだから日常シーンをお届けするのが筋なんでしょうが、赤いRとFF最速を競ったマシンで、コーナンに買い物か? そんな記事、誰が読むんだよ。ここはやっぱり“山”でしょう。本来なら他の担当者(藤沢&櫻井&関)とネタや行き先を調整するのだが、今回はそれも無視。誰がどこへ行っていようと、俺は絶対、山へ行く。
そんなわけで、行き先は長野の美ヶ原高原に決めた。目指すは日本屈指の絶景ドライブルート、ビーナスラインの全線踏破だ。
カーマニアを号する読者諸氏に説明は不要だろうが、ビーナスラインは「長野県茅野市街から松本市の美ヶ原高原までを結ぶ、全長75.2kmの山岳ドライブルート」である(by長野県公式観光サイト)。国道299号線の、あけぼの隧道(ずいどう)だか御座石神社だかの交差点を始点とし、蓼科湖、蓼科山麓、白樺湖、霧ヶ峰、車山を抜けて美ヶ原高原にいたる、誠に高名な観光道路だ。
そこにメガーヌR.S.で行けるなんて、最高ではあるまいか。記者は前世で、よほど功徳を積んでいたに違いない。
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特別なクルマであることを心得よ
時は飛んで2024年10月20日(日)午前4時45分。記者は日も昇らぬ武蔵野の地を、ひっそりと出立した。最近めっきり聞かなくなった「ボボゥン」という始動音に、またも鼻奥がツンとする。が、ここで感傷に浸っていたら近所迷惑もいいところ。そそくさと駐車場を出、さっさと調布ICから中央道に乗る。まず目指すは諏訪ICだ。
それにしても、硬い。むっちゃ硬い! 古今東西、あまたのスポーツカーを乗り継いできた猛者ならいざしらず、軟弱な記者にはこの乗り心地、激辛である。それもそのはず。R.S.ウルティムのベースは「R.S.トロフィー」で、そのおみ足はバネを前で23%、後ろで35%も引き締め、ダンパーレートも25%強化した「シャシーカップ」なのだ。
しかし、それがイイのである。だってこのクルマは、「究極にして最後のR.S.」なんだから。これぐらい特別でないと甲斐(かい)がないってもんよ。巨大なタイヤで路面のうねりや凹凸を踏みつけ、蹴り返し、ときにワダチにハンドルをとられながら中央道をばく進する。こんなクルマを買っといて、この走りに文句を言うのは、ココイチで10辛を頼んで「辛い!」とクレームをつけるようなもの。脳天を貫く乗り味の向こう側に、ウルちゃん&メリちゃんの笑顔を夢想してこそのカーマニアと心得よ。
なんて知ったかぶっているうちに諏訪IC着。休憩を挟みつつも時間にして2時間半。速い(=一足飛びに距離を稼げるという意味で)。あと地味に燃費がいい。最高出力300PSの豪速マシンだが、高速だと漫然と走っていても15km/リッターはいきそうな気配だった。
諏訪ICのT字路を右に曲がり、ちょいと走れば国道299号線。そこを左に曲がれば、その先はもうあけぼの隧道の交差点である。見よ! 標識柱に掲げられた「↑ビーナスライン」の看板を。……いや、これ、もうちょっとオシャレにできんかったの? 全然ビーナスって感じじゃないんだけど。
その後、御座石神社の交差点で県道192号線に分岐しても、車窓の様子はさほど変わらず。「おや?」となるのは芹ヶ沢温泉のU字にさしかかってからで、道が一気に斜度を持ち、山麓の趣となる。いつの間にやら民家も消え、蓼科湖に着くころにはすっかりいい感じの観光道路に化けていた。こちらも興が乗ってくるが、せっかくなのでいったんストップ。見目麗しい秋の蓼科湖を写真に収める。
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これぞルノースポールの走り
ビーナスラインが本領を発揮するのはここからで、道は心地よいカーブと上りの直線が織りなすワインディングに。路側は色づいてきた木々に覆われ、その切れ間では素晴らしい景観の展望駐車場が、ドライバーを待ち受ける。
もちろん、R.S.ウルティムが本領を発揮するのもここから。「R.S.ドライブ」ボタンをポチって「スポーツ」モードを呼び出せば、エンジンは常時戦闘態勢に。低負荷領域でのラグは消え、急な登坂路だろうと踏めば即座に加速するようになる。ハンドリングもゴキゲンで、ワイドなスタンスで構えられたぶっといタイヤが舗装に張り付き、トルセンLSDの力も借りてゴリゴリと大地を蹴る。軽快で鋭い回頭は「4CONTROL」(4WS)のたまものか? あるいはダブルアクスルストラットや「HCC」との合わせ技? メカ音痴な記者にはよくわからんが、そんなことはどーでもいい。気持ちイイという結果こそが大事なのだよ。
サウンドも興が乗り、加速で「ゴワー!」、減速で「ぼん、ぼぼん!」とドライバーを鼓舞。しからばこちらも、どっかんどっかんペダルを踏んで楽しんだろうと思ったのだが、いやいや、ここは公道で、そして今日は日曜日。現実にはちょっと踏んだだけで、カーブの先に前走車のお尻が見えるのでした。減速し、エンジンをボーボーいわしておくのもなんなので、走行モードも「レギュラー」に変更。音楽&景観を楽しみながらの優雅なドライブに戻る。
道は「女の神展望台」を越えたあたりからウエットとなり、積もる落ち葉に記者の顔色もうせたが、R.S.ウルティムと「ブリヂストン・ポテンザS007」のコンビはどんなシーンでも涼しい顔。盤石の走りで鏡池・女神湖・白樺湖のループステージもクリアして見せた(ここを一周ぐるりとしないと、ビーナスラインを全線踏破したことにはならんのよ)。時間は午前9時20分、白樺湖の茶色いローソンで、遅めの朝ゴハンをいただく。
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のんびりドライブで感じるありがたみ
白樺湖から霧ヶ峰、鷲ヶ峰と抜ける一帯では、ビーナスラインはまた違った趣を見せる。左右から迫る木々の勢いは収まり、車窓には緩やかな丘陵が広がるのだ。視界が開け、前景を稜線(りょうせん)まで見通せたときなどは本当に胸がすく。展望駐車場からの景色ももちろんサイコーなのだろうが……惜しむらくはこの霧よ(写真参照)。記者は「白樺湖展望台駐車場」に「伊那丸富士見台駐車場」「ビーナスライン富士見台駐車場」「車山肩駐車場」、そして名もなきあまたの駐車場に各駅停車しては、もやの切れ間を探し続けたのであった(涙)。
県道40号と194号が交差する交差点で右折し、オレンジ色のへさきを北へ向ける。癒やしの丘陵地帯を抜けて路側がのり面になると、いよいよ旅も終盤。標高約2000mの美ヶ原高原を一気に駆け上がることとなる。急峻(きゅうしゅん)な上りのつづら折れは、まさにメガーヌR.S.のホームグラウンド! 珠玉の1.8リッター直4直噴ターボが、エキゾーストバルブを全開にして凱歌(がいか)を歌い上げる……はずであった。あらためて言おう。今日は日曜日。記者は優雅に週末を楽しむ“わナンバー”のコンパクトや、いかついミニバンにSUV、どっかの旅行会社がチャーターしたマイクロバスの後ろを、のんびり走り続けたのである。
しかし、記者は存外に上機嫌であった。そりゃあ確かに、過給のかからないエンジンは不満げで、自慢のブレンボブレーキもちょっとパワーを持て余し気味だが、それもこれも、R.S.ウルティムが特別なクルマなことの裏返し。加えてこのハンドリングよ。緩やかなコーナーをおおらかな車速でクリアする際にも、応答遅れなく、微舵から繊細に反応して正確に向きを変えていく。その一挙手一投足には、さしもの無粋者(=記者)も、「ああ、丁寧につくられたクルマなんだなぁ」と、ひしひし感じ入った。
こんなクルマ、いつまで味わえるかな
そして同時に思ったのである。この感覚、久しぶりだなぁと。既述のようなクルマの特別感に、つくり手の嗜好(しこう)を想起させるキョーレツな個性、微に入り細をうがつつくり込みというのは、視覚的に伝わらず、数字に表れず、文字にしたって表現するのが難しい。とにもかくにも“わかりやすさ”が是とされる昨今では、モノづくりのかいわいでも軽んじられつつあると思うのだ。そりゃあお値段4ケタ万円の、天上界のクルマは話が別だけど。
「乗ったらわかる」が自動車のマーケティングでご法度になりつつある今日び、われら庶民は、いつまでこんなクルマを楽しんでいられるのかな? ……なんて、美ヶ原高原の駐車場でちょいとおセンチな気持ちになってしまった。いや、自動車メディアの人間がこんな弱気ではあきまへんな。そうでしょうウルゴンはん、メリメはん。人の手になるクルマに光あれ。ルノースポールよ永遠なれ。
余談だが、県道460号に入ってからのビーナスラインはどんどん霧が立ち込めていき、最後にはロービーム+フォグランプで前走車の赤ちょうちんを追って走る羽目に。「道の駅 美ヶ原高原駐車場」からの景色も真っ白で、撮影時の借景を期待した美ヶ原高原美術館も、外壁工事中というありさまだった。とほほである。
記者の前世は、よほどの不届きものであったに違いない。
(文も写真も編集もぜんぶwebCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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