ポルシェはなぜ「水平対向エンジンのFR車」をつくらないのか?
2025.01.21 あの多田哲哉のクルマQ&Aポルシェといえは水平対向エンジンというイメージがあるのですが、RR車や4WD車の「911」、MR車の「718ボクスター/ケイマン」などには採用実績があっても、それを搭載するFR車はラインナップされていません。なぜでしょうか? 技術的な理由があれば教えてください。
今回は、別の機会に説明した「クルマの前後重量配分」についてご理解いただいている前提で話します。
ポルシェのクルマは、高性能なハイパワー車であることが基本です。どんな駆動方式であれ、少なくとも最高出力が300~400PSのクルマをつくることになっている。それくらいパワーがあると、前後の重量配分は50:50か、若干“リア寄り”でないと、クルマとしては成り立たなくなってしまいます。
そこで平たく幅の広いボクサーエンジンをフロントに積むとなると、搭載位置は限定されます。なぜかというと、今やスポーツカーのステアリングは100%「ラック&ピニオン式」だから。エンジンの搭載位置は、そのラック&ピニオンの前か、後ろになるのです。
ボクサーエンジンとラック&ピニオンの干渉を回避する手段としては、「センターテイクオフ」という、ラック&ピニオンをエンジンの上方に配置するというワザがあって、アウディの一部のクルマや「トヨタiQ」で採用されていました。ただし、これは重心高が上がることにつながり、例えば、低重心をウリにする「トヨタ86」では本末転倒なこと。さほどメリットはありませんでした。
ポルシェのように水平対向エンジンを採用した86の場合は、エンジンをフロントに積むにあたって、ラック&ピニオンにぎりぎり干渉しないところまで後方にレイアウトしています。それでも前後重量配分は、若干フロントヘビー。とはいえ、最高出力200PSくらいまでであればバランスをとることが可能で、「水平対向エンジンで重心が下げられた」というのをセリングポイントにしていました。
なぜポルシェは水平対向のFRスポーツをつくらないかというと、結局、彼らはそれ以上のパワーを持つクルマにしたいからです。そうなると、重量配分の観点から、フロントに水平対向エンジンを持ってくることはできないのです。300PS級のリアルスポーツをつくるなら、前後重量配分はリア寄りにしたい。しかし、そうすると水平対向エンジンはラック&ピニオンに干渉してしまう。だからFRにはしない。
フロントにボクサーエンジンを積んだ4WD車をつくるというのはアリですが、ポルシェは水平対向エンジンで「4WDだけしかない」というクルマは手がけません。「RWDも4WDも」というパターンはありますが。それはきっと、強いポリシーによることなのでしょう。
仮に、ハイパワーな水平対向エンジンをフロントに積む、フロントヘビーなFR車をつくったらどうなるか? 降雪時にはちょっとした坂道でもリアが空転してしまい、走れないという状況になります。今はトラクションコントロールの性能も上がったのでぎりぎりまで抑えようとはするでしょうが、かなりきわどい……。ちなみにトヨタでも、似たような開発の結果、リコール寸前までいった例がありますよ(苦笑)。
トランスミッションだけを分離してリアに持っていく(トランスアクスルにする)ことで重量配分を整える手もありますが、その結果、今度は重量とコストが増えてしまうというジレンマに陥ります。
なかなか、一筋縄ではいきません。でもそういう悩みこそ、自動車開発の一番面白いところではありますね。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。