MTの“シフトフィール”は、どんな要素で決まるのか?

2025.12.09 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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マニュアルトランスミッション(MT)車の話をするとき、よく変速の感触=シフトフィールの良しあしが語られます。このシフトフィール、つまりシフトレバーから伝わる感触は、どんな要素で決まってくるのでしょうか? 開発のポイントがあれば聞いてみたいです。

結論から先に言ってしまうと、「シフトフィールの良いクルマは、シフトの可動部分の慣性モーメントが小さなクルマである」といえます。

つまり、より排気量が小さく、物理的に小さなトランスミッションで成立するクルマのほうが、シフトフィールは良くなる、ということです。

私自身、数多くのMT車に乗ってきましたが、今でも最もシフトフィールが良かったと思うのは、ホンダの軽スポーツカー「ビート」です。もう、めちゃくちゃいい。これを超えるMTには出会ったことがないと思うほどです。うん、シフトフィールだけでも買いたいクルマですね、ビートは。それだけでも買う価値があると思います(笑)。

とはいえ、世の中には、より排気量の大きなスポーツカーはたくさん存在しますし、マニアを中心に“MT神話”みたいなものがあって、ポルシェをはじめ、いくつかのメーカー・ブランドは大排気量でハイパワーなMT車を残しています。

そして、そうしたところは皆、MTの“中の部品”をいかに軽くつくるかに腐心しています。高出力のクルマでシフトフィールを上げよう、ビートのようなフィーリングに近づけようとしたら、パーツを軽くするしかないんです。そうして、いろいろと軽量化をやっていくなかでいきつくのは、やはりカーボン化。さすがに歯車は金属製ですが、それ以外の動く部分、シフトフォークやスリーブなどは、どんどんカーボン製のパーツに置き換えられています。

結果、生産コストも上がります。昔のように、「MTだから安い」なんてことは、まったくありません。現実的には、だいたい排気量が2リッターを超えると、いいフィーリングを得るためになにかとお金のかかる対策が必要になってくる。私自身も「GRスープラ」のMT開発で経験がありますが、これくらいの排気量とパワーになると、開発するほうも、単純にウエルカムな案件とはいえません(苦笑)。

世間のイメージでは「MTなんて昔からあるし、それこそ“有り物”で済むのだろうから、とっととラインナップすればいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、シフトフィールの良いMTの開発というのは、ハイパワーなクルマでは大変なことなのです。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。