第899回:駆け出しは新人タレントと同じ 中国車のヨーロッパ進出を振り返る
2025.02.27 マッキナ あらモーダ!イタリアの中国車最新事情
わが細君の少女時代の記憶によると、ある日近所のスーパーマーケットに新人歌手がやってきて歌謡ショーを繰り広げた。危なっかしい仮設ステージ上で真剣に踊っていたのと同一人物が十数年後、“トレンディー女優”として一世を風靡(ふうび)するとは、まったく想像できなかったという。誰にも下積みの苦労は存在する。ヨーロッパにおける中国車の場合は……というのが今回の話題である。
イタリア市場の2024年登録台数を見ると、中国系ブランドの拡大が著しい。
上海汽車(SAIC)系のMGは3万9953台で、前年比32.01%増を記録。その台数はアルファ・ロメオ(14.59%減)やランチア(28.31%減)を上回る。2023年にわずか215台だったBYDは、2770台に増えた。奇瑞汽車系のオモダおよびジークーも、5台から2495台に、EMCも872台から1310台にそれぞれ急増した。
イタリア市場の場合、中国ブランド=電気自動車(BEV)とはいえない。たとえばMGの場合、8車種中半数の4車種に純エンジン車、ハイブリッド車もしくはプラグインハイブリッド車(PHEV)が用意されている。オモダ/ジークーも5車種中BEVは1車種にとどまる。
対して、BYDは7車種中PHEVの設定があるのは1車種だけだ。しかし、2025年に稼働するハンガリー工場で生産されるのは単に「新エネルギー車」と発表していることから、BEVだけでなくPHEVも手がける可能性が高い。
欧州連合(EU)による中国製BEVへの追加関税発動や、急減速するBEV需要に素早く対応する、彼らのしたたかさが見てとれる。
果敢に出展していた頃
伸長著しい中国系ブランドが、どのようにヨーロッパ市場に足がかりをつくっていったのか、筆者の記録をもとに振り返ってみる。
1996年からイタリアに住む筆者自身の記憶のなかで、彼らの最初の足がかりは軽商用車であった。典型的な例は、東風小康(DFSK)が2005年に発売した「Kシリーズ」だ。当初、BMW風の前面デザインが関係者の失笑を買った。だがイタリアやフランスでは中小の架装メーカーによって、ゴミ収集用などさまざまな特装が施されて販売された。
2006年のパリショーでは長城汽車(グレートウォール)がピックアップトラックとともに、サブブランド、ホーバーのSUV「CUV」を展示した。CUVはいすゞの北米市場専用車「アクシオム」に似ていることが指摘された。
翌2007年のフランクフルトショーでは、長安がSUV「SCEO」の展示を試みたものの、裁判所が「BMW X5」の意匠を侵害しているとみなし、差し止められるという事件が発生した。
ジュネーブショーに早くから果敢に出展を開始したのは、本国でBMWと合弁を開始していた華晨汽車(ブリリアンス)であった。2007年の同ショーには、セダン「BS4」を展示。しかし上級車種「BS6」とともに、ドイツADACが実施した衝突試験でレーティングの星をひとつも獲得できなかったことが、欧州系メディアによって大きく報道された。
ちなみにその年のブリリアンスのブースには、欧州を拠点とする中華系メディアが取材に来ていて、筆者はインタビューを受けた。質問は「中国系自動車ブランドで何を知っていますか?」というものだった。突然マイクを向けられた筆者はやや戸惑ったものの「上海、北京、奇瑞、吉利……」などと答えたのを覚えている。
2008年の同じくジュネーブには、ブリリアンスとともにBYDが初出展した。彼らがブースに展示していたのは、今日同社にとって名刺代わりのBEVではなかった。三菱製をベースにした4気筒ガソリンエンジンを搭載したモデルと、2カ月前のデトロイトショーで発表したそのプラグインハイブリッドだった。
欧州のメディアはBYDを「中国随一の電池メーカーによる自動車」と報じた。だが将来自動車業界で重要なプレイヤーとなるだろうと予想していた関係者は少なかった。
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マツダになれるかは彼ら次第
ブリリアンスに話を戻せば2009年もジュネーブに出展したが、その年が最後となった。また2013年のフランクフルトショーには長安がスポット的に参加したが、その後は続かなかった。
以来、中国企業の欧州ショー出展の勢いは衰え、その本格的な再開は筆者が知るかぎり2022年パリショーまで見られなかった。
ショー中断の背景には
- 中国国内市場の活性化
- 前述のブリリアンスにみられるように、欧州安全基準のハードルが高かった
- アフリカ、中東、東南アジアの市場開拓優先
があったと分析できる。
いっぽうで、一部中国系ブランドは販売店によって地道な営業活動を展開していたのも事実だ。
たとえばグレートウォールのピックアップトラックは、スーパーマーケットの店頭に展示されているのを筆者はたびたび見かけた。
中国系としてくくるのはやや正確さに欠けるが、奇瑞からノックダウン生産用キットを輸入し、イタリア国内で最終組み立てを行っているDRオートモビルズもしかりだ。
同社はDRモーターカンパニーと称していた2007年、スーパーマーケットチェーンのイペルを展開する流通企業と提携。25店舗で販売を開始した。イタリアでは画期的なことで、当時の国内メディアは「スーパーでクルマが買える」とにぎにぎしく伝えたものだ。
実際店舗を訪ねてみると、屋外ばかりか店内の家電売り場脇にもDR車が置かれていた。参考までに、DRは2024年、姉妹ブランドのエヴォ、スポーツエクイップと合わせて2万6124台の登録台数を記録。これはアルファ・ロメオやマツダ(1万4218台)をはるかに上回る数字だ。その成功物語は、スーパーの店頭で歌っていた新人が後年誰もが知るトレンディー女優にまで登りつめた冒頭の話に似る。
ふと思い出したのは、フランス人の知人ミシェル氏である。彼の家には1970年代、「マツダ818(日本名グランドファミリア)」があった。「当時フランスで、マツダは知名度が低い新興ブランドでした。わが家は、近所のスーパーマーケットに仮設展示されていたのを偶然発見したのです」。
818の低い故障率とサービス体制に満足した彼は、その後もマツダ車を乗り継いだ。とくに2代目「MX-5」に心酔。ファンクラブ「MX-5フランス」の会長まで務めた。将来イタリアで中国ブランドが、ミシェル氏がマツダに抱くのと同様の信頼を獲得できるか。それは彼ら次第だ。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Michel Morin/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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