第821回:ホンダの青山本社ビルに息づいた本田宗一郎イズムの足跡をたどる
2025.03.11 エディターから一言 拡大 |
1985年に竣工(しゅんこう)したホンダ青山本社ビルが建て替えられる。ビルの運用開始当時からホンダブランドの情報発信基地としての役割を担ってきた1階の「Hondaウエルカムプラザ青山」は2025年3月31日で閉められ、同ビル内での本社業務は2025年5月をもって終了する。昭和・平成・令和と、歴史を紡いだこのビルの特徴と、そこに宿るホンダイズムに迫る。
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誕生から39年の歴史に幕
青山一丁目の交差点を見下ろすように建つそのビルは、1985年8月の竣工以来39年にわたりホンダの象徴であった。しかし、老朽化に伴い、2030年度の完成を目指して新ビルへの建て替えが決定されている。
正式な施設名は「Honda青山ビル」。住所は東京都港区南青山2-1-1で、鉄筋コンクリートづくりの地上17階建て、地下3階の規模を有す。建物の延べ床面積は4万0224平方メートルである。F1レースの実況を行ったアナウンサー古舘伊知郎による「青山一丁目の伝説」という名文句を思い出す方もいらっしゃるだろう。
現在Hondaウエルカムプラザ青山では閉館となる2025年3月31日まで、ホンダ青山本社ビルのクロージングイベントを開催している。青山本社ビルが建築された1985年から現在までに至る、ホンダの歴史を彩った製品やゆかりのあるイベントなどを振り返る展示が行われている。
また、ホンダでは「Honda青山本社ビル建築ツアー」と題したイベントを同年2月23日に開催した。同日に計3回行われたこのツアーには、予想を上回る多くの応募が殺到。抽選で計75名が招待され、大盛況だったと聞く。
その建築ツアーの前に、報道関係者向けの青山本社見学イベントが行われた。39年の歴史と、単なる企業の本社施設には収まらないホンダならではのこだわりに満ちたビルの内部を、Honda青山本社ビル建築ツアーと同様に、建築史家で大阪公立大学教授の倉方俊輔氏のガイドで巡るというものだ。
地下3階にあるヒバでつくられた巨大な貯水槽
最初に向かったは、地下3階にある2つの「ヒバの大樽(おおだる)」だ。これは、その名のとおり樹齢200年を超える、カナダ産のヒバの木を使ってつくられたひとつ35tの貯水量を誇る大樽である。ここには常時、計70tもの水が蓄えられている。タンクは本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏の「みんなにおいしい水を飲んでほしい」という考えから、強化プラスチックや金属でなく、あえてカナダ産のヒバを使用した木製とされた。
ビル内で使用する飲料水や、Hondaウエルカムプラザ青山において無料提供される「宗一郎の水」にも、この大樽の水が使用されている。本田宗一郎氏は、本社ビルを「出前のお兄ちゃんが気軽に水を飲むだけでもいい。気軽に立ち寄れるような場所にしたい」と考えており、そうした思いがHondaウエルカムプラザ青山と宗一郎の水に具現されている。もちろんこの水は災害時の飲料水としての役割も担う。
地下2階には食料や防災グッズが置かれた備蓄庫がある。まだ緊急災害時に対応する備蓄が一般的ではなかった竣工当時から、地域住民や居合わせた人たちのぶんもまかなう従業員数を大きく超える1万人分の食料や災害グッズが保管されていた。
ビルの内部には三隅に避難用階段を設置。必ず2方向以上の避難路を確保することが設計時に盛り込まれたという。日常的に目に触れても違和感がなく、非常時には明快で認識しやすいよう意匠にこだわった非常出口のサインは、現在彫刻家として活躍する五十嵐威暢によるデザインである。
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丸められたビルの角にも理由がある
オフィス用ビルとしては珍しいバルコニーが設置された外観もまた本田宗一郎氏のこだわりが詰まったパートだ。バルコニーは災害時に窓ガラスが地上まで落下しないようにとの配慮からなるもので、火災時には上階への延焼を防ぐ効果もあるという。このバルコニーは避難階段ともつながっており、避難経路としても機能する。
オフィスの天井では、均一な光環境を実現するためのロの字型照明と空調が一体化されている。いまでは見慣れたデザインだが、1985年当時には画期的な設備だった。エレベーターホールの天井はさりげなくアーチ型になっている。オフィススペースには柱がなく、広くすっきりとした印象だ。これは機械設備は機能的でコンパクトに、人のスペースは最大限にというホンダのM・M思想(マン・マキシマム、メカ・ミニマムという人間中心の考え方)が表れたものである。倉方氏はこれをホンダのコンパクトカーとして誕生した「シビック」のような建築と表現した。
交差点を行き交うクルマや人の見通しをよくするため、建物は敷地の境界線から大きくセットバック。交差点に向かうビルの角が丸められているのもそうした理由からだと説明される。
これらはほんの一例だが、設計に時間をかけ、設備にコストをかけてでも万が一のときの安全を優先する。そんなホンダの安全思想を反映した建築となっているのも青山本社ビルの特徴である。そこには本田宗一郎氏の「安全なくして生産なし」や「社員や地域をなによりも大切にする」という考えがリアルに息づいている。
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ホンダの企業哲学を感じる16階
最上階の16階は応接室になっていた。ここは英国王室のチャールズ皇太子とダイアナ妃(当時)をはじめとする国内外の要人を迎え入れてきた特別な空間だ。必要以上に華美な装飾はなく、明るくシンプルで落ち着きのある雰囲気が漂っていた。「国際的であること」「奇をてらわず合理的であること」を目指しデザインされたものだという。これは本田宗一郎氏の権威主義的なものを嫌った、実質重視の思想によるものだろう。
それは、ビルの完成直前に視察した本田宗一郎氏がエントランスにある2本の柱を示し、「権威的に見える」として激怒したというエピソードにも通じる(実際は激怒というレベルをはるかに超えた2時間以上にも及ぶ大激高だったらしい)。その2本の柱は急きょ左右をスリム化した小判型に変更され、現在もHondaウエルカムプラザ青山のエントランスに立っている。
また、ホンダの経営的かじ取りを担う役員の執務室もユニークである。これは初代副社長の藤澤武夫氏の「集団経営体制が重要」との考えを基にしたもので、「役員室」という名称の大部屋が使用されている。社長ですら、大きな企業であたりまえの個室はない。一時、ホンダとの経営統合が検討された役員が60人以上もいるという自動車メーカーは、このホンダの考えをどう思うだろう。ちなみにホンダの役員数は、26人とのことだ。
本田宗一郎氏の「人間尊重」の精神がそこかしこに息づくホンダ青山ビルは、1987年には優れた建築物に贈られる「BCS賞」をはじめとする多くの賞に輝いた。
Hondaウエルカムプラザ青山では2025年3月30日と31日の2日間、「グランドフィナーレ~ウエルカムプラザフォーラム」と題した休館直前のラストを飾るスペシャルイベントも予定されている。創業者の理念が細部にまで詰まった本社ビルを見ることができるのもあと残りわずかである。
(文=櫻井健一/写真=本田技研工業、webCG/編集=櫻井健一)
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櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。
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