なぜクルマの故障はなくならないのか?

2025.03.18 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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知人・友人の所有車(現行モデル)が相次いで故障し、乗れない事態になりました。クルマの故障は、現代でも避けられないのでしょうか? 昔に比べて品質管理や故障の質は変わっているのか、あるいは変わっていないのか、実際のところを教えてください。

故障の質は、変わっているか、いないかでいえば、「大きく変わっている」というのが答えです。

自動車で「故障」といわれて普通に思い浮かべるのは、どこかが折れたとか、オイルが吹いたとか、あるいは異音がする、動かなくなってしまうという現象だと思います。

どうしてそんなことが起こってしまうのでしょうか? クルマというのはさまざまなところに移動していくものですから、開発する側が思いもしなかった道を走ったり、想定外の気候にさらされたりした結果、壊れるということがあるわけです。

そうしたトラブルが生じないよう、自動車メーカーは世界のいろいろな道や場所でテストを実施したり、多様な走行環境が再現できるテストコースをつくったりしていて、実際、地球上の“クルマが走れる環境”というものはほぼ網羅しています。さらに、自動車メーカーとしてのトラブル対策のノウハウをためたあとは、関連する部品メーカーにも通知し、部品レベルでの信頼性を確保できるようにしています。

そのかいあって、前述のような故障はほぼ回避できるようになったのですが、今度はもっと根の深い問題が出てきました。いわゆるソフトウエアのトラブルです。

SDV(ソフトウエア・デファインド・ビークル)とはいわずとも、いまのほとんどのクルマは何十個という単位でコンピューターを積んでいます。それが相互に通信し合い、データを共有しつつ走っているのです。

そこで何らかのトラブルが発生してしまうと、調子が悪くなったシステムひとつだけでなく、つながっているすべてのシステムがおかしくなる場合があります。例えば、「カーオーディオの不具合のせいでクルマが始動困難になる」といったように、です。

で、そうした不具合が発生した際の、原因解析というのがとても難しい。たまたまひとつのコンピューターが原因であることもあれば、何個かのコンピューターが関連して、しかもあるタイミング、ある条件でしか起こらないということがあったりする。ユーザーがひどい目にあって、いざディーラーにクルマを持っていったら、そのトラブル現象が再現できないなんてことがありますよね。

ユーザーからすると不安というか不信というか……店で「特におかしなところはないようですね」なんて言われて、「こちらがウソをついているとでも言うのか?」なんて気を悪くすることもある。そういう状況が、ユーザーに対して「クルマって、昔に比べて故障が劇的に減っているなんてことはなくて、相変わらず壊れるんだな」という印象を与えているのだと思います。

その点、OTA(無線通信)というのは大したものです。例えば、スマートフォン(スマホ)。実は年がら年中不具合が出ているのに大騒動にならないのは、OTAで常にプログラムがアップデートされているからです。

それがもし、トラブルが生じるたびにスマホの修理サービスに持っていって直してもらうとか、アップデートのために購入したショップに通う必要があるなんてスタイルになっていたら、大クレーム・大混乱は必至です。パニックどころか、スマホなんて使えない、もう要らないという状況になるでしょう。

クルマもOTAでバンバン修正できればいいのですが、いまは基本的にディーラーまで車両を運んでプログラムを書き換えてもらわないとダメという調子です。しかし現実的に、リコール扱いにでもしてもらわないかぎり、誰もディーラーまでクルマを持っていったりはしません。とはいえ、クルマが止まってしまったら、それはそれで問題です。

そういう難問を、いまの日本は抱えています。認証制度というものがあり、認証が必要な部分のアップデートは認められていないからです。

一方で、テスラなどは、そんなことは無視して制御プログラムをバンバン書き換えている。まさに、日本ではよく見られる「外資系には弱い」というパターンですね。そこに踏み込んで、海外メーカーや外国とのいざこざが生じる事態は避けたいわけです。

もっとも、日本メーカーはテスラと同じようなことをすれば役所にうるさく言われることがわかっていますから、「これくらいなら、なんとか許されるかな?」などと、手探りで適当にやっているというのが現状。それが、SDV開発の足を引っ張るひとつの要因にもなっています(関連記事)。

現実的に、いま売っているクルマはどれも通信モジュールを積んでいる。OTAでのアップデートは、物理的には問題なくこなせるのです。なのに、そこを制度上あいまいにしたままやっているというのは、非常によろしくない状況といえます。

認証制度も決して悪いことばかりではないのですが、これをなくすというのは、役所がその存在意義とどう折り合いをつけるのかということにつながるわけで……要は、問題を先送りしているだけなんです。

これからもっとソフトウエアの不具合に起因するトラブルが表立って出てくると、必ずこの問題、つまり認証がらみのOTA問題がクローズアップされるようになります。大騒動になる日も、きっと近いでしょう。でも、問題になったとしても「じゃあ解禁」とはなりますまい。

スマホのようにクルマも日々プログラム更新ということになったら、もはや役所のチェックなんて不可能なんです。「新しいソフトに更新したら余計にひどくなった」「で、すぐに修正プログラムを配信した」なんてことが普通に行われるのですから。

ただ、スマホと違ってクルマで意識されるのは、そうした不適切な修正によって運転システム等に深刻なトラブルが生じ、人の命が失われる可能性があるということです。そうした場合の責任は、一体誰がとるのか? それを決めるのが非常に困難だから、ダメだダメだと言うしかない。大変、根の深い問題なのです。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。