スバルS210 プロトタイプ(4WD/CVT)
期待と不安の分水嶺 2025.04.01 試乗記 2017年の「S208」以来、8年ぶりに日本で販売されるSTIのコンプリートカー「スバルS210」のプロトタイプに、クローズドコースで初試乗。ニュルブルクリンク24時間レースマシンの直系とうたわれ、新たにSTIの頂点に位置する500台限定モデルの走りやいかに。35台目のSTIコンプリートカー
大手と紹介されるなかでも従業員数や生産台数が特に多いわけではない一方で、独自のハードウエアや周辺ライバルとは一線を画した開発コンセプトなどから世界のマーケットで一目置かれる存在感を放っているのがスバルというメーカー。
そのラインナップにおいて、モータースポーツのノウハウが注ぎ込まれた限定モデルとして発売されてきたのがSTI発のコンプリートカーだ。なかでも最上位に置かれるのが、内外装やボディー、シャシーのチューニングのみならずエンジンやトランスミッションなどの動力性能に関わる部分にまで手が加えられた「S」の文字と3桁の数字を車名に持つ通称「Sシリーズ」と呼ばれるモデルだ。
今回紹介するのはその最新モデルで、2025年1月に開催された東京オートサロンでサプライズ発表されたS210。先代にあたる「S209」は米国のみで販売され日本では“欠番”扱いなので、自国でのSシリーズの展開は2017年10月に登場したS208以来8年ぶりということになる。
ちなみにSTIのコンプリートカーは、世界ラリー選手権で3連覇を成し遂げたWRカーのイメージが色濃い1998年登場の「インプレッサ22B STIバージョン」を皮切りに、このS210で実に35台目。うちSシリーズは、車名が200番台の「インプレッサ/WRX」ベースが前出22Bと、例外的にロードスポーツを意味する「R」の文字で始まる車名の「R205」を含めて11台、400番台の「レガシィ」ベースが2台を数える。
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24時間レースで得たノウハウを採用
S210のベース車に選ばれたのは、もちろん現行の「WRX S4」。世界的に生粋のスポーツセダンを探すのが困難な昨今だが、WRX S4は2.4リッター水平対向4気筒DOHCターボエンジンに、遊星歯車を用いたセンターデフで後輪側にバイアスをかけた前後不等トルク配分を行う4WDシステムを組み合わせ、高度な運動性能の実現を目指したという走り一筋の稀有(けう)な存在。そんな“原石”に、STIが2008年以来参戦し続けるニュルブルクリンク24時間レースへのチャレンジで得たさまざまなノウハウをつぎ込み磨き上げたのがこのS210である。
実車でいやが応でも目を引くのは、ニュルブルクリンクレース参戦マシンのそれを彷彿(ほうふつ)させるトランクリッド上の巨大なドライカーボン製リアスポイラー。さらに、LEDアクセサリーライナー付きのフロントアンダースポイラーや、リアのアンダーディフューザーなどのボディーキットもSシリーズならではの雰囲気を醸し出す。
WRX S4の特徴でもあるホイールアーチまわりのガーニッシュは、フロントに「S210」のオーナメントが加えられ、片側で10mmの拡幅が行われた専用品。ただし、これは見栄えだけではなく重要な機能パーツとも紹介される。走行中はワイドなフレア形状によってフェンダー横に負圧が発生。これが、タイヤハウス内の圧力を抜きリフト荷重を低減させ、ダウンフォースを生み出すという。
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スペックは物足りない?
STIのコンプリートカーならではというべきか、さまざまなフレキシブルパーツによってボディー細部にまで手が入れられている。たとえばリアサスペンションのゴム製ブッシュをピロボールに変更したり、ブレーキの電動ブースターの特性を踏力コントロール重視の方向に改めたり、さらにはスポーツモード時のAWD制御を回頭性重視となるようフロント側に伝達する駆動力を抑える方向へ持っていったりと、走りに関わるさまざまな部分に専用のチューニングが施された。そうしたチューニングメニューのなかでも特に見どころと思えるのは、ベース車に準じて歴代Sシリーズで初採用となった電子制御式ダンパーである。
ノーマルモードでは「さまざまな課題を高次元でバランスさせた最もベーシックなセッティング」、スポーツモードでは「ベース車比で伸び側の減衰力を下げ、反対に縮み側の減衰力を上げてボディーの動きを抑制するセッティング」、コンフォートモードでは「よりしなやかな乗り心地重視のセッティング」と、ハードウエアはそのままに専用チューニングを実現できたのは“いま風”と解釈すべきか。
と、そんななかにあっても物議を醸しそうなのが、ベース車比で20PSアップとはいえ300PSにとどまりS208の329PSには及ばない最高出力値や、Sシリーズで初となる「MTなし」という車種構成である。
前者には「応答性に徹底的にこだわったハイレスポンスエンジン」、後者には「ニュルブルクリンクレースカー直系の2ペダル」と、まるでスバリストの懸念を見透かしたようなうたい文句も聞かれるが、果たして実際に乗るとその印象はいかばかりか。
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安心感あるシャシーチューニング
コンペティティブなデザインのシートに腰を下ろしエンジンに火を入れると、ベース車のそれとは異なる低い排気音が耳に届く。新開発のレカロ製シートはバックレストがカーボン素材。となると、どうしても軽量化に腐心した結果かと想像してしまうが、実は現在のところ「開発目標値」とただし書きの入る1630kgの車両重量は、同じくZF製電子制御式可変減衰力ダンパーを採用するベース車よりも20kg増となる。フレキシブルパーツ類やら例のリアスポイラーやらとベース車にはないアイテムが加えられたことを思えばそれも理解はできるが、前出シートが左右共にヒーターに加え8Wayの電動調節機能付きと聞けばちょっとモヤッとする人もいるかもしれない。
もっとも、着座感もサポート性もさすがに抜群。これが室内の雰囲気を思い切りスポーティーに盛り上げていることも確かで、こうなるとバランス上、大画面のセンターディスプレイに映し出されるグラフィックも、ホーム画面を筆頭により精悍(せいかん)な表示に描き直してほしいと思えてしまう。
加速はスムーズで力強い。エンジンの低回転域ではこもり気味でちょっと耳障りと感じた排気音も走りのペースが上がり、使う回転域が高まるほどに気分を高揚させてくれる。
どのモードで走ってもアクセル操作に対する応答性は素早く、ときにターボ付きという事実を忘れさせてくれる一方で、それがスポーツ心臓らしい盛り上がり感にいまひとつ欠ける印象につながっているという見方もできなくはない。6000rpmからがレッドゾーンというタコメーター上の表示も、やはり「スポーツモデルの心臓としてはどこか物足りなさを覚える」と言わなければウソになりそうだ。
ハンドリングは、しばしば雨が強まる伊豆サイクルスポーツセンターのツイスティーなコースを遠慮のないペースで駆け回っても、ドライ時と変わらない安心感を提供し続けてくれる。その仕上がりには素直に脱帽だ。「中立付近の締まりを重視」ということから選んだ「ミシュラン・パイロットスポーツ4 S」タイヤや、前・後輪の役割と機能性にこだわりリム形状が前後で異なる「フレキシブルパフォーマンスホイール」が奏功したであろう小気味いい回頭感も、ベース車にはない走りの見どころといえる。
けれどもそんなS210が、これまでのS208やS209の内容から当然のようにモアパワーを予想し、ベース車にはないMTでの進化を待ち望んでいた人々の期待を満たすモデルにまで昇華された存在かといえば、そこはまず、記号的にも難しそう。Sシリーズのなかにあっては人によって大きく評価の分かれそうな最新作である。
(文=河村康彦/写真=佐藤靖彦/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
スバルS210 プロトタイプ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4690×1845×1465mm
ホイールベース:2675mm
車重:1630kg
駆動方式:4WD
エンジン:2.4リッター水平対向4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:CVT
最高出力:300PS(221kW)/5700rpm
最大トルク:375N・m(38.2kgf・m)/2000-5600rpm
タイヤ:(前)255/35R19 96Y XL/(後)255/35R19 96Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ4 S)
燃費:--km/リッター
価格:--円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:--年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--/リッター

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。
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