コンセプトカーとその市販型の違いがあまりなくなったのはなぜ?
2025.04.29 あの多田哲哉のクルマQ&Aいつからか、コンセプトカーに“とっぴなデザイン”のクルマは少なくなり、おおむね現実的なものばかりになりました。のちに市販バージョンが世に出た際も「コンセプトカーで提案した理想をほぼ実現できている」などとアピールされることも増えたように思います。コンセプトカー開発において、何か変化があったのでしょうか?
昔は、現実に形にできるか否かは置いておいて、消費者の夢をかき立てるようなコンセプトカーをバンバン出しては、「こんなのが欲しい」という声を沸き上がらせたものでした。ただ、そのコンセプトを利用して製品化し発売すると、「あれ? モーターショーの時とずいぶん違うな」「コンセプトカーはよかったけれど、市販版にはガッカリだ」みたいなことにもなりかねません。
実際、自動車メーカー各社で「販売上は(コンセプトカー開発が)かえってマイナスの結果になる」という状況が続くようになり、「コンセプトカーといえども、ある程度はつくり込んで現実的な可能性を探らないと、手間ひまかけて準備するうま味がない」という結論に落ち着きました。そもそも、コンセプトカーづくりも、最後は売り上げに結び付けるべくやっていることなのですから。
当初は「クルマそのものに興味を持ってもらおう」というのがねらいで、それはそれで意味があったわけですが、プロダクトとしてだんだん当たり前の存在になってくると、状況が変わります。コンセプトカーづくりにおいても、ユーザーの志向をしっかり調査して、振り返ってもらえるクルマをつくるのでなければ、経営上プラスにはならない。そのため、より現実的な内容にする必要が出てきます。
さらに、クルマの設計シミュレーション技術がどんどん発達して、コンセプトカーの段階で、設計上の“できる”“できない”がわかってしまうようになったというのも大きな要因です。
いまや開発の現場では、デザインのスケッチ段階からエンジニアが設計要件をデザイナーに何度も説明するようになっていて、デザイナー自身もそういうことを勉強しています。自動車会社の人は、いわゆる“工業デザイナー”であり、アーティスト的なデザイナーとは違うんです。
そして、そういうことを踏まえたデザイン画を描ける人が社内で認められるようになるし、コンセプトカーにおいても、そういう設計要件を常に思い浮かべながら描くようになってきています。自動車という製品は、法的な規制にもかなり縛られていますから、自動車のデザイナーは、そうした勉強も大いにしなくてはならない。しかも、その規則はしょっちゅう変わります。それを設計者並みによく知っているデザイナーだけが、この世界では生き残っていくわけです。
そうした傾向が行き過ぎて、反動でしばしば「かつてのような“夢”だけのアート的なクルマを描け」という話になることもありますが、デザイナーだって急にそう言われてもなかなか動けない……という状況になっています。
それが「すごく欲しくなるクルマがない」「どれも似たり寄ったりだ」と言われる一因になっていて、各社、同じような問題を抱えている。それをどうマネジメントしていくのかというのが、どの会社でもデザイン部門を統括している人の悩みに違いありません。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。