BMWアルピナB3 GTリムジン(4WD/8AT)
美しく走る 2025.05.19 試乗記 BMWアルピナが紡いできた、60年におよぶ歴史の最終章を飾る「B3 GT」が上陸。「BMW M340i」をベースに、従来型よりも出力を向上させた「M3」由来のS58型3リッター直6ツインターボと、進化したシャシーで磨き上げたというその走りやいかに。歴史の最終章を飾るモデル
すでに報道されているように、アルピナという自動車ブランドは2025年いっぱいでBMWに譲渡される。今後もアルピナの名を冠したモデルはBMWのラインナップに残るものの、家族経営のアルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン社とそのエンジニアたちがブッフローエの拠点で開発を行う従来のアルピナ車は、B3 GTと「B4 GT」が最後ということになる。
アルピナの60年におよぶ歴史の掉尾(ちょうび)を飾るモデルにGT、すなわちグランドツアラーという名称を与えたことからは、彼らがどういうクルマをつくりたいのか、あるいはつくってきたのかが伝わってくる。B3 GTには、「ツーリング」(ステーションワゴン)も用意されるが、今回試乗したのは「リムジン」と呼ばれる4ドアセダンだ。
「日産GT-R」に乗ったときにも感じたけれど、「これで最後か」と思いながら試乗するのは、なかなか感慨深いものがある。ドアを開けて運転席に乗り込んで真っ先に気づくのは、シフトセレクターの形状がベースとなる現行型「3シリーズ」とは異なることだ。現行の3シリーズはコンパクトなトグル式になっているけれど、B3 GTはセンターコンソールから垂直に屹立(きつりつ)する、クラシックなスタイルを採用しているのだ。
シフトパドルが「オロ・テクニコ」と呼ばれるゴールド系のカラーになっているほか、この色が挿し色として各所に使われている。ただし外観と同様、「どないだー!」とアピールするような派手な装飾はない。アルピナというブランドの主張は控えめで、見た目ではなく中身で差別化を図りたいというスタンスが見て取れる。
スターターボタンをプッシュすると、S58という型式名で呼ばれる、「M3」や「M4」に積まれるものと基本的には同じ3リッターの直6ツインターボエンジンが静かに目を覚ました。
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アルピナ独自のドライビングモード
走りだしてまず驚くのは、乗り心地のよさだ。ザラついた路面での微振動をきれいに遮断するし、首都高に代表される路面のつなぎ目などといった比較的大きな凸凹を乗り越えたときの衝撃は、4本の足が自在に伸びたり縮んだりして、さり気なくいなす。
ドライブモードを確認すると「COMFORT」で、これをさらに快適方向に振ったアルピナ独自の「COMFORT PLUS」にシフトして、心底驚いた。4本の足がうねうねと動いて路面からのショックを緩和し、同時にフラットな姿勢を保つのだ。
驚きのあまり、「あれ、エアサスだっけ?」と頭の中で混乱が生じたけれど、B3 GTのベース車両はBMWの「M340i」で、電子制御は入るもののサスペンションはコンベンショナルな金属バネとショックアブソーバーの組み合わせだ。
おもしろいのは、COMFORT PLUSの状態で高速道路を巡航しても、なんならワインディングロードを走っても不満や不安を感じないことだ。高速道路の制限速度で巡航するくらいなら、多少は上下動が増えるけれど安楽だし、山道では「ハイドロニューマチックサスペンション」を装着したかつてのシトロエン車のように、ぺたーっとロールしながら正確なハンドリングで曲がるのだ。
年齢のせいか、すっかり路面からの突き上げに弱くなってしまったので、ずっとCOMFORT PLUSで走り続けたい誘惑にも駆られたけれど、気を取り直して「SPORT」と「SPORT PLUS」にもチャレンジする。
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実現された魔法の乗り心地
SPORTからSPORT PLUSへとシフトするにつれて、クルマの余分な動きが削(そ)ぎ落とされ、車体がひとまわり、ふたまわりとコンパクトになっていくような錯覚を起こす。この錯覚は足まわりが引き締まったという理由だけでなく、ステアリングフィールの手応えやパワートレインの反応もソリッドに変化していくことに起因する。
すげぇなぁ、と感心するのは、SPORT PLUSの状態で路面の荒れたワインディングロードを走っても、乗り心地が悪いとは感じないことだ。確かに路面には凸凹がある。それはハーシュネスとしてシートやステアリングホイールを通じて伝わってくるけれど、嫌なものや不安を感じさせることがないのだ。
この魔法の乗り心地がどこからくるのか。もちろんひとつだけの画期的なソリューションが存在するわけではなく、さまざまな要因が複雑にからみあっているはずだ。
たとえばボンネットを開けると、「ドームバルクヘッドレインフォースメント」というアルミ製の補強材がエンジンを挟み込むように設置され、存在感を放っていた。補強することで、ボディーのねじれが減り、正しい角度でサスペンションが地面と接すると想像できる。また、オプションとなるアルピナ伝統の20スポークデザインが目を引く20インチのアルミホイールは、標準の19インチのものより4輪の合計重量が13.7kgも軽いという。このバネ下重量の軽減も、快適性と操縦性を高度にバランスさせることに寄与しているのだろう。
ほかにも電子制御式サスペンションやフルタイム4WDのセッティング、専用開発の「ピレリPゼロ」タイヤなど、気が遠くなるような数の組み合わせを、クラフツマンが根気よく試していった結果として、魔法の乗り心地を実現している。
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アルピナのアーティスト的な側面
最高出力が529PSに引き上げられたS58型の3リッター直6ツインターボエンジンは、絶品だ。低回転域ではまさにシルクのように滑らかに、粛々と豊かなトルクを紡ぐ。SPORT PLUSでアクセルペダルを徐々に踏み込んでいくと、快音が高まるのと同時に、力感もみなぎる。基本的にはフラットなトルク特性であるけれど、ドラマチックな演出も施されている。聞けば、アルピナのエンジニアたちは、エンジンのマッピング変更に1年もの時間をかけたという。
ETCゲートや高速道路の合流という一瞬ではあるが、フルスロットルを与えると、丁寧にセッティングされていることがよくわかる。切れ味が抜群に鋭いけれど、乱暴な印象を一切抱くことがないからだ。エンジンのマッピングだけでなく、8段ATとの連携、足まわりのセッティング、4駆のトルク配分などがあいまって、「野性的」と「野蛮」の間という絶妙の領域を表現している。
最後のアルピナを運転しながら感じるのは、ラップタイムよりも豊かな時間を過ごすことに重きを置いているということだ。たとえばフィギュアスケートの選手は、高く跳んだり何回転もスピンしたりするなど、アスリート的な要素が求められる。いっぽうで、所作の滑らかさや姿勢の美しさなど、アーティスト的な側面もある。
アルピナというクルマは、アスリート的な能力の追求にも余念がないけれど、よりアーティストの方向を強く志向しているように感じられる。速く走るよりも、美しく走る。このDNAがなんらかのかたちで継承されることを、強く望みたい。
(文=サトータケシ/写真=佐藤靖彦/編集=櫻井健一/車両協力=ニコル・オートモビルズ)
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テスト車のデータ
BMWアルピナB3 GTリムジン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4725×1825×1440mm
ホイールベース:2850mm
車重:1860kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:529PS(389kW)/6250-6500rpm
最大トルク:730N・m(74.4kgf・m)/2500-4500rpm
タイヤ:(前)255/30ZR20 92Y XL/(後)265/30ZR20 94Y XL(ピレリPゼロ)
燃費:--km/リッター
価格:1650万円/テスト車=1880万6000円
オプション装備:アルピナスペシャルカラー<アルピナブルー>(47万4000円)/右ハンドル(30万円)/ヴァーネスカレザーシート<モカ>(23万6000円)/セーフティーパッケージ(62万2000円)/オートマチックトランクリッドオペレーション(6万9000円)/アコースティックガラス(3万5000円)/電動ガラスサンルーフ(16万5000円)/サンプロテクションガラス(9万6000円)/ランバーサポート(4万1000円)/テレビチューナー(14万5000円)/harman/kardonサウンドシステム(8万円)
テスト車の年式:2025年型
テスト開始時の走行距離:6498km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:432.4km
使用燃料:48.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.9km/リッター(満タン法)/9.1km/リッター(車載燃費計計測値)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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