第829回:これで業績V字回復間違いなし!? 日産の第3世代「e-POWER」を試す
2025.05.21 エディターから一言e-POWERで30年ぶりの快挙達成
「e-POWER」は日産の根幹をなす技術であり、プライドの源泉にもなっている。初採用はコンパクトカーの「ノート」で、2016年のマイナーチェンジで追加された。ノートの売り上げは急上昇し、国内販売台数でトップに立つ。日産車が1位になるのは30年ぶりのことで、大いに士気が高まったことが想像できる。好評を受けてミニバンの「セレナ」にもe-POWERモデルがラインナップされ、日産といえばe-POWERというイメージが確立した。
2025年3月に、日産は今後の新車投入計画とともに第3世代e-POWERの概要を明らかにした。順調とはいえない経営状況下で、この技術の成否が再建のカギとなるのは間違いない。2025年度中に市販車への搭載が予定され、ヨーロッパ向けの「キャシュカイ」が初採用になるという。2026年には北米で新型「ローグ」に、日本では新型「エルグランド」に搭載されることが発表されている。
まだ実車は存在していないわけだが、第3世代e-POWERの試乗会が開催された。開発途中の試作車をクローズドコースに持ち込んだのだ。試乗車はヨーロッパ仕様のキャシュカイ。かつて日本では「デュアリス」の名で販売されていたコンパクトSUVである。2代目からは国内販売がなくなったが、グローバルでは2021年に3代目となったモデルが販売されている。
現在ラインナップされている第2世代のe-POWERモデルも用意され、新旧2台を乗り比べるという趣向だ。これまでにも自動車メーカーが新技術をアピールする目的でこの方式をとることがあった。違いが明確に分かるやり方なのだから、開発陣の自信と決意が伝わってくる。
同じ1.5リッターでも中身が別物
先に乗ったのは現行モデルだ。日本での販売はないので、キャシュカイ自体が初対面である。エクステリアはよくまとまった造形でサイズ感もよく、内装もそつのないスポーティーな仕立てで好感が持てる。日本でもそれなりに売れそうだと感じた。今どきはSUVのラインナップを増やすことにメリットしかないはずである。
走りだしてみると、ノートや「ノート オーラ」のe-POWERモデルと同じ感覚である。発進が静かでスムーズなのは当然で、特に何の感興も湧いてこない。初めてノートe-POWERに乗ったときはいたく感銘を受けたのだが、電動車にばかり乗っているうちに慣れが生じてしまった。スピードを上げていくとエンジンが始動して発電を始めるが、さほど耳障りではない。今となってはスタンダードともいえる乗り味だが、第2世代e-POWERはやはり優れたシステムなのだと思う。
ノートとセレナは第2世代e-POWERに更新され、現行の「キックス」や「エクストレイル」にもこの世代が搭載されている。第1世代では既存のエンジンと「リーフ」のモーターを組み合わせていたが、第2世代では専用のシステムを開発した。エクストレイルとキャシュカイには発電に特化した1.5リッターのVC(可変圧縮比)ターボエンジンを採用して電力供給量を増加させている。
第3世代e-POWERを搭載した試作車は、駆動モーターに変更が加えられているのではない。変わったのはエンジンである。1.5リッターの排気量は同じだが、VCターボは非搭載だ。その代わりにSTARC(Strong Tumble and Appropriately Stretched Robust Ignition Channel)燃焼を用いて熱効率を向上させているという。シリンダー内に強いタンブル流を発生させ、混合気を均一化することで燃焼速度を上げる技術である。
エンジンの存在感がさらに希薄に
もうひとつの技術的トピックが「5-in-1」。モーター、インバーター、減速機、発電機、増速機の5つの部品をモジュール化して小型軽量化する。精度を高めて振動を抑制し、静粛性向上にも寄与するという。コストダウン効果もあり、高価なVCターボの非採用と合わせて価格面でもe-POWERモデルの魅力アップを狙っている。
有用な技術であることは分かったが、肝心なのは実際に運転してみてどう感じるかだ。発進では違いを認識できない。バッテリーからの電力供給でモーターが駆動するプロセスは同じなのだ。アクセルを踏み込んでいくと、おや、と思う。何だかスムーズさが増したような気がしたのだ。レスポンスがよくなり、加速フィールも心地よい。
モーターの出力は同じなのだから、心理的な要素が大きいのだろう。静粛性が向上して振動が減少したのは確かで、そのことが走りの上質感をもたらしているのかもしれない。全体として、電気自動車感がアップしたように感じられた。逆に言うと、エンジンの存在感が希薄になったということになる。
e-POWERは要するにシリーズ式ハイブリッドである。トヨタのようなシリーズ・パラレル式が主流になっているなかで、シンプルなe-POWERの登場は新鮮だった。ベースになっているのは2010年に登場したBEVのリーフで、エンジン車から発展したシリーズ・パラレル式とは出自が異なる。
高速燃費が15%改善
BEVに近づくことがe-POWERの目標であり、第3世代は正常進化だと言っていいだろう。一般に、初代は革新的だが粗削り、第2世代は課題が改善され、第3世代で熟成の時を迎えるというイメージがある。お笑いでいえばとんねるずやウッチャンナンチャン、プロレスでは藤波辰爾、長州 力、天龍源一郎あたりだろうか。第3世代e-POWERの登場で、日産のブランドイメージが高まることが期待されている。
街なかでの運転のしやすさが歓迎され、e-POWERは支持を集めた。純モーター駆動の走行感覚が未来的な印象をもたらしたところもあるのだろう。モーターには不得意分野もあり、高速道路では弱みをさらけ出す。スピードが乗ってくるとガソリンエンジンのほうが効率で上回り、モーターは無駄にエネルギーを消費してしまう。高速燃費の改善が課題だったが、第3世代e-POWERは15%の向上がみられたという。クローズドコースでの短い試乗では確かめられなかったが、この数字が事実であれば競争力は高まるはずだ。
2026年に発売される新型エルグランドが、日本ではこの技術のお披露目となる。久しぶりにフルモデルチェンジされるラージサイズの高級SUVには、いやが応でも注目が集まるだろう。技術の日産というフレーズを過去のものにしないためには、成功させなければならないミッションだ。VCターボに拘泥することなく実質を優先させる決断をした第3世代e-POWERが、日産に幸運をもたらすと信じたい。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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