「カーボンニュートラル燃料」はエンジン車を救えるのか?
2025.07.01 あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマの電動化が進むなか、「合成燃料やバイオ燃料などの“カーボンニュートラル燃料”がエンジン搭載車の生産を継続する切り札になる」という説も耳にします。本当に、エンジン車に未来はあるのでしょうか?
カーボンニュートラル燃料は、自動車業界よりもむしろ、航空業界において必要性が論じられていますね。
クルマの世界では近年「電動化していけばカーボンニュートラルが実現できそうだ」という道筋が見えてきていて、ご存じのとおり、やや足踏みしつつもEVへの移行が進んでいます。飛行機の世界においても電動化の研究は行われているものの、まだうまくいっているとはいえません。
ジェットエンジンをはじめ“従来のもの”を使い続けるしかない状況なのに、周囲からの「CO2排出量を減らすべきだ」という圧力は強い。それゆえ航空業界は、苦慮したうえでカーボンニュートラル燃料に救いを求めているのです。
同燃料の混合割合は、どの国でもまだ数%程度なので環境負荷低減の効果はほどほどですが、燃料業界もまた、そうしたカーボンニュートラルへの取り組みに前向きであるという企業イメージのアピールができる。つまり現実的には、カーボンニュートラル燃料は航空業界と燃料業界のニーズがあって開発されているという面があります。
で、供給量も増えてきたので、クルマもそういうものを使えば、電動化とは違った、エンジンを継続的に使える道筋があるんじゃないかと、研究を加速させてきたのが今の流れです。
ただ、それがエンジンを継続するための切り札になるかどうかについては、さまざまな見方があり、まだ判断ができません。
今あるエンジンというのは、そもそも、ガソリンがあったから、それを燃料として活用するように長い年月をかけて進化してきたわけです。その根幹をなすものが変わるわけですから、それはもう、たいへんなことなんです。
新たに開発された燃料は、取りあえず入れれば燃えて、エンジンを回すことはできるでしょう。しかし、現在のガソリンエンジンを超えるようなレベルに到達するのには、できないとは断言しませんが、これまでガソリンエンジン開発にかけられてきたのと同じだけの時間と英知が必要になるはずです。
一方で、電動化の技術はほぼ確立されつつあります。この電動化の進歩をさらに上回るような速いペースで、カーボンニュートラル燃料とそれを使うエンジンが進化できるかといえば、なかなか難しいといわざるを得ません。
カーボンニュートラル燃料については、単に十分なパワーが得られないとかコストがかさむといった、いろいろなネガもイメージされるでしょう。しかし何よりやっかいなのは、そういう揮発性の燃料がエンジンの構成部品に悪影響を及ぼすことがあるということなのです。
具体的には、排ガス用のデバイスや、さまざまチューブなどが劣化する、ということが起こり得ます。現在のガソリンでさえ、粗悪燃料が流通する地域では自動車メーカーがエンジンの品質保証に苦労するというケースがあります。その点で、カーボンニュートラル燃料は、燃料そのものがまだ開発途上にあり、最終的にどんな組成に固定されるのかがわかっていないので、エンジンルーム全体への影響という点でも未知数なところがあります。
現在のクルマのエンジンは、開発における長年の経験、そしてトラブル対策の集積があって成り立っているのであり、カーボンニュートラル燃料がエンジンを救えるかどうかについては、なんともいえないところがあります。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。