最近のクルマの“顔”は、なぜ大きく威圧的なのか?
2026.03.10 あの多田哲哉のクルマQ&Aここ10年、15年くらいのクルマは、むかしのクルマに比べて威圧的な顔をしていると感じています。顔全体が大きいし、目つきも悪いような……。旧車を見るたびに「小顔でやさしい表情だなあ」と思ってしまうほどです。何か要因はあるのでしょうか?
私も個人的には、そういうフロントフェイスはあまり好きではありませんので、なんだかなぁと思いながら最近のクルマを見ています。
こうした傾向は技術的な要因によるものではなく、今のクルマのデザインパターンがほぼ出尽くしてしまっているという背景があってのことでしょう。他社製品との差異化が非常に難しくなっているのです。
例えばBMWの「キドニーグリル」。あのデザインも、なんとか脱却しようという議論があって、私がドイツにおいて彼らとの協業で「スープラ」を開発していたころから随分と試行錯誤していました。ですが、なかなか決定的な次のアイデアが見つからないようで、結果としてどうしたかというと、キドニーグリルをどんどん大きくしていった。最近では「ここまでやるのか!」というくらい極端に大きくなっていますよね。
そういったデザイン方針の背景には、今の時代背景というか、社会構造も多大に影響していると思います。アメリカのトランプ大統領が出てきてから、強権的なリーダーが世界を引っ張っていくような、分断された世の中になってしまいました。好き嫌いにかかわらず、そういった強い力がないと生きていけないような社会構造に、いや応なしになってしまっています。
そのなかで「強さこそが正義」といった感覚が生まれ、ひ弱なデザインのクルマに乗っていると、無意識に身の危険を感じてしまうような、周りに飲み込まれてしまうような感覚を、人々は抱くのかもしれません。
クルマ自体が危険を伴う乗り物で、2t近い重さの物体がすごい勢いで走っているのだから、交通の流れの中でも「自分はちゃんと守られている」という心理的な安心感が得られることは、クルマのデザインや構成において極めて重要な要素になるのです。
その安心感の追求から行き着いた果てが、今の極端に大きな顔や威圧的なデザインになっているという理解が、最もわかりやすいのではないでしょうか。
技術的なポイントがあるとすれば、ランプ類のLED化によってデザインの自由度が増したのは、ひとつの要因ですね。LEDになったことで、“目”は大きくも小さくも、厚くも細長くも、自由自在にデザインできるようになりました。その自由度の高さを利用して、極端なデザインで顧客の印象を強く引っ張ろうとしているわけです。
もちろん、これには高いリスクを伴います。いいと思う人がいれば、逆にものすごく嫌だという人も必ず出てくる。メーカーとしてもかなりの冒険になりますが、それくらいやらないと今の時代では埋没してしまう。批判を覚悟で、ランプもグリルも極端なデザインの方向に進んでいるメーカーがかなり増えてきたということだと思います。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。