第157回:シューマッハーは百恵に負けた? ヨーロッパ特別仕様車事情
2010.08.28 マッキナ あらモーダ!第157回:シューマッハーは百恵に負けた? ヨーロッパ特別仕様車事情
男子禁制ショールーム
「Ladies only」−そんな自動車ショールームが、フランス・パリに出没した。
もう少し詳しく説明しよう。場所はフィアットが2010年7月、ロンポワン(ロータリー)シャンゼリゼに開館したショールーム「モーター・ヴィラージュ」だ。そこで7月10日から8月12日まで開催された、第1回特別展のタイトルが「Ladies only」だった。男子禁制ショールームといったところである。
内容は、「ランチア・イプシロン」の特別仕様車「ELLE」のプロモーションで、会場内も雑誌『ELLE』とのコラボレーションで構成された。壁面には『ELLE』の歴代の表紙が展開され、クルマのまわりにはランセルの話題のバッグ「ブリジット・バルドー」モデルをはじめとする新作ファッションアイテムが散りばめられた。
さらに一角に据えつけられたスピード写真機は、ちょっとしゃれた色彩の仕上がりになるようにチューンされていた。パリを舞台に、スピード写真機がストーリー展開の鍵となる映画「アメリ」を思い出した来場者は、けっして少なくなかっただろう。
さながら「電波少年」特別仕様車
欧州メーカーでは、マスメディアと共同企画のクルマがときおり登場する。近年では、ルノーがイタリアで「トゥインゴ」や「クリオ」に設定し、2007年から今日まで断続的に販売している特別仕様車「LE IENE(レ・イエネ)」がある。
これは、イタリアで大人気のバラエティー番組「レ・イエネ・ショー」の名前を借りたものである。ちなみにIENEとは伊語でハイエナを意味する。
この「レ・イエネ・ショー」のアイデアは、もともとアルゼンチンのテレビだが、欧州各国で現地版が制作されている。なかでもイタリア版は、かなり過激度が強い。
たとえば俳優ジョージ・クルーニーに同性愛疑惑が浮上したときは、彼の記者会見に男性キャスターがブリーフ1枚で参加して真偽を確かめた。かと思えば、カトリック高位聖職者の扮装(ふんそう)をして運転手付き高級車でサッカー競技場を訪れたら、超人気のセリエA試合にまんまと入場できてしまった、といった、社会の矛盾を突いた、なかなか鋭い企画もある。
たとえば、日本の自動車メーカーが「電波少年」とコラボレーションして特別仕様車を作ることは、諸般の事情で到底考えられない。そうした意味で、お騒がせ番組の名を借りた特別仕様車を企画してしまったルノーの勇気は、ボク個人としては賞賛に値すると思っている。
クルマ雑誌とのコラボレーションも
欧州メーカーにおけるメディアとのタイアップ企画は今に始まったものではない。その早い例のひとつが、アルファ・ロメオの1966年「クアトロルオーテ ザガート」である。正式名称は「ジュリア1600グランスポルト クアトロルオーテ」という。
「ジュリアTI」のメカニズムを活用し、戦前の「アルファ・ロメオ 6C1750」のイメージを再現した少量生産車である。仕掛け人は、イタリアを代表する自動車雑誌『クアトロルオーテ』の創設者ジャンニ・マッツォッキだ。
参考までに、彼の名前は今日、同誌を発行するドムス出版の街路名「Via Gianni Marzocchi」としても残っている。さながら日本に「小林彰太郎通り」があるようなものだ。
マルツォッキの発案に当時のアルファ・ロメオとザガートが応じ、少量生産したスペシャルモデルが、クウトロルオーテ ザガートであった。
翌1967年まで造られ、総生産台数は82台だった。日産の1980〜90年代におけるパイクカーの元祖ともいえる企画だが、1自動車誌がなぜ、そこまでの企画を実現できたのか? それは、時代背景を考察すれば、わかってくる。
1966年といえば、「ランボルギーニ・ミウラ」誕生に象徴されるように、イタリアが戦後空前の好景気を謳歌(おうか)していた時代である。アルファ・ロメオはイタリア・アレーゼのまばゆい新本社&工場に大移転を始めたのが1963年だったから、まさに絶好調の時期だ。ザガートにとっても、「TZ」に代表されるアルファ・ロメオのスポーツモデルの受託生産で、潤っていた時代である。イタリア人が今も振り返る魔法のような時代だったのだ。
参考までに今日のイタリアヒストリックカー市場で、クアトロルオーテ ザガートの相場は2万5000ユーロ(約270万円)といったところである。
「クアトロルオーテ・ザガート」以上に古い雑誌とのタイアップ例には、「ルノー4 パリジェンヌ」がある。冒頭の「ランチア・イプシロン ELLE」からさかのぼること47年、同じく雑誌『ELLE』とのタイアップで1963年に誕生した特別仕様車だ。
ルノーは当初、限定車のつもりで発売したが、市場で好評を得たため、1968年まで5年間にわたって生産した。写真のトウ模様のほか、タータンチェック仕様もあり、内装も外装のムードに合わせたものがおごられていた。
この「パリジェンヌ」、いまでもフランス車系イベントでは、かなりの人気者である。
記憶に薄いタレントもの
そのいっぽうで、ヨーロッパで有名人にあやかった特別仕様車は影が薄い。たとえば、初代「フィアット・パンダ セルジオ・タッキーニ」仕様、「フィアット・セイチェント ミハエル・シューマッハー」仕様があったが、かなりのエンスージアストでも、それらをまず覚えていない。
ボクがそうしたモデルを記憶しているのは、学生時代つきあっていた彼女の電話番号や、10年前に割り勘したときの端数まで忘れずに覚えているという、自身の性格のたまものである。
前述のように、欧州では他媒体とのコラボレーション系モデルは、話題になったり語り草になることが多い。だが「タレントもの」では、いまだ一部のクルマ好きの間で伝説の「トヨタ・ターセル/コルサ」の(山口)百恵セレクション、「日産ローレル」のジバンシィ仕様、「スズキ・アルト」の(小林)麻美スペシャルといった、1980年前後の日本組の勝ちである、というのが今回の結論である。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=FIAT、RENAULT、大矢アキオ)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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