OEM車で自社製品らしさを出すために、多田さんだったら何をする?
2026.08.25 あの多田哲哉のクルマQ&A他メーカーが開発したクルマを、自社製品として別の名前でユーザーに供給するOEM車。もし多田さんが、限られた予算で独自の個性を出すように指示されたら、どんな開発手法をとられますか?
実は、過去の経験から言っても、OEM車を取り扱うにあたってエンジニア・開発者が参画し、あれこれと技術的な手を加えることは、あまり意味がないといえます。
OEM車については、どちらかというと営業主導で進めることが多く、販売上の変更点としては、例えばグリルのデザインを変えたり、ボディーカラーのラインナップを供給元のクルマと違うものにしたりといったところが中心になります。自社のブランドを好むユーザーに向けて、そのラインナップに組み込むための工夫ですね。
営業サイドとしては「こういうクルマがどうしても欲しいけれど、自社でゼロから急につくることはできない」という背景があって、他社から調達して少し手直しをするわけです。その「少し変える」という部分には、売り手としての明確な狙いやイメージが存在します。
ですので、通常の車種開発のように、エンジニアが「もっといいクルマをつくりたい」「技術的にこうしたい」などと主張して手を加えようとすると、かえってOEM本来の目的から外れて、おかしなことになってしまうのです。
そもそもOEM車では、ホイールベースや重心、エンジンといった基礎的なスペックは供給元の製品と変わりません。クルマとしての根本的な個性や走行性能を大きく変えるような開発は行わないのが前提です。
最近のクルマであれば、「エンタメ機能(センターディスプレイの表示内容やグラフィックなど)」で違いを出せばいいと考える人がいるかもしれませんが、実はこの手の“電子プラットフォーム”の開発には莫大(ばくだい)な時間とコストがかかります。
かつては車両の基本構造となるプラットフォーム(車台)の開発に一番お金と時間がかかっていましたが、最近では、走行や安全にかかわる機能やインフォテインメントシステムなどを制御する電子系の基盤も、自動車メーカーが世代ごとに定期的にアップデートしてガラッと変えるものになっています。
そうした部分にOEM車を供給される側で変更を加えるのは難しいため、結果として電子系の部分にも手が入らない。つまり、エンジニアの出番はほとんどない、というのが現実です。
OEMというものは、そもそも「自社ブランドの独自性や価値」をアピールするために使うものではありません。目的はあくまで「自社の商品ラインナップの抜け・漏れを補う」ことにあります。どんな大企業であっても、すべての車種を自社でゼロから開発・生産していては商売が立ち行かないからです。
自動車メディアやクルマ好きの目には、OEM車は単なる他社からの借り物と映るかもしれませんが、一般のユーザーやディーラーにとっては違った価値があります。自動車マニアでもない多くのお客さまにとっては「いつもやり取りしている地元のディーラーで、欲しいカテゴリーのクルマが買えるかどうか」が最も重要なのです。
例えば、軽トラック。いつも乗用車を買っているディーラーに行って「仕事用に軽トラが欲しいんだよね」といった時に、「うちは軽トラをつくっていないので、スズキやダイハツで買ってください」と返されたら、お客さまとしてはすごく面倒ですし、営業側も顧客を逃すことになります。
トヨタがダイハツから軽トラのOEM供給を受けてトヨタブランドで販売していれば、お客さまはいつもの販売店で買えて、点検やメンテナンスもすべて一括で任せられる。双方にとって大変便利な仕組みなんです。
OEMとは、無理に開発者が手を出して大ヒットを狙うようなものではなく、「ラインナップのへこみを埋めて顧客を囲い込み、販売店とお客さまの双方をハッピーにするための全体戦略」なのです。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。