メルセデス・ベンツSLS AMG E-CELLプロトタイプ(4WD)【海外試乗記】
時代の寵児 2010.07.26 試乗記 メルセデス・ベンツSLS AMG E-CELLプロトタイプ(4WD)スーパースポーツカー「SLS AMG」をEV化するとどうなる? 世界に一台のプロトタイプに試乗した。
4基のモーターで533ps
「三菱i-MiEV」が発売され、「日産リーフ」や「トヨタ・プリウス プラグインハイブリッド」も発売が秒読み段階という今の日本。そんなこの国では、電気自動車(EV)やハイブリッドという言葉は間違いなく“エコカー”を象徴する代名詞だ。ハイブリッド戦略でトヨタに対して大きく遅れをとった日産ゴーン社長による、「ハイブリッドは節煙者に過ぎないが、EVは完全なる禁煙者」というちょっと苦し紛れ(?)のアピールも功を奏してか、特にEVに対するエコカーイメージは決定的。しかし、だからこそ「そんな理解が定着している日本では、一体このモデルをどう紹介すれば良いのだろう!?」と、ちょっと戸惑いをも感じてしまうのが、ここに紹介する「メルセデス・ベンツSLS AMG E-CELL」なるモデルだ。
今のところ、世界で走行可能なのはこの1台という派手な蛍光イエローに彩られたこのモデルは、要はピュアスポーツカー「SLS AMG」のEVバージョン。ただし、それは単なるショーカーにはとどまらず、ここ数年のうちに市販を行うと明言されたモデルでもある。搭載スペースのみならず、重心高や前後の重量配分にも考慮してフロントカウル前方、センタートンネル、リアアクスル上方という3カ所に分散配置された総容量48kWhの液冷式リチウムイオンバッテリーから送り出される電力は、1輪当たり1基、すなわち計4基のモーターによって392kW≒533psと89.7kgmの最高出力と最大トルクへと変換される。ただし、そんな駆動ユニットが、2基のモーターとリダクションギアを一体化した“トランスアクスル”として、それぞれ車輪中心線より下にインボード配置されるのは、「インホイール化をした場合のばね下重量の増大に伴うマイナス面を考慮して」とのことだ。
SLS AMGならではの長いフロントフード下には、EVの制御ユニットや4WD化に伴ってプッシュロッド・ストラット式へと変更されたフロントサスペンションが収まる。すなわち、ラゲッジスペースはガソリンモデルの場合と同様にリアのトランクスペースのみ。前出の派手なカラーリングを別とすれば、外観上の変更点はテールパイプが廃されたことと、空力意識のホイールが採用された程度。一方のインテリアはTFTディスプレイを用いたメーターパネルや大型異型のセンターディスプレイなど、やや変更幅が大きいが、こちらも基本的にはガソリンモデルのデザインを踏襲する。
強烈な無音の加速
風光明媚(めいび)なノルウェーのフィヨルド地帯で開催された国際試乗会は、まずはローカル空港を借り切ってのゼロ発進加速や限界スラローム走行を体験後、近隣の一般路を80kmほど走行するという要領で行われた。もっとも、国際試乗会とはいっても、こうして走行可能なランニングプロトモデルは、世界に1台だけ。それを、お目付け役スタッフも伴走車もつかずに、こうしてフリーで走らせてくれるのだから、それはそれで“逆緊張”するわけだが……。
一般路での走行は、まずフロアコンソール上のダイヤルを「Cモード」にしてスタート。このポジションではアクセルレスポンスがマイルドに設定されるとともに、出力/トルクは最大時の40%に限定される。結論からすると、このモードでの走りは、やはり少々物足りないものだった。アクセルペダルを深く踏み込んでも、タイヤをきしませるようなダイナミックな加速感は得られない。ちなみに、このモードだと最高速も120km/hに制限されるから、そもそもヨーロッパの計測モード(NEDC)で150kmという残り航続距離が不安になってきた場合の、“緊急避難用”に的を絞った選択肢かもしれない。
「Sモード」を選択すると、アクセルレスポンスがシャープさを増すとともに、出力は最大時の60%で最高速は160km/hへと上昇。ここでの力感はかなりのもので、それなりに「SLS AMGらしい走り」が可能になる。が、正直をいうと、先の空港滑走路上で0→100km/hが約4秒(!)という加速を味わった身には、これでもまだ多少の物足りなさが残った。それほどまでに、アクセルONとともに、無音状態から体を襲う強烈加速Gの体験は衝撃的だったということだ。
プロトタイプに見られた課題
そこで「あの体験よ再び」とばかり、出力は100%で最高速も250km/hとなる「S+モード」をチョイスすると、アクセルONはそれまでとは全く異なるキャラクターをこのクルマに与えてくれることに。ガソリンバージョンが、いかにレスポンスに優れた高回転・高出力型エンジンを搭載し、電光石火のシフトを行うデュアルクラッチ・トランスミッションを装備していても、こうした瞬発力の表現は絶対に不可能だ。「EV恐るべし」の瞬間である。
もっとも、そんな異次元の動力性能を備えるSLS AMG E-CELLも、さすがにそこはまだプロトタイプモデル。「このまま市販化に移行をしたら、それはチとまずいだろうな」と思わせる部分もまだいくつか存在した。
その最たるものはステアリングフィール。ガソリンモデルよりも重心高が23mm低いというメリットは、滑走路に並べられたパイロンをすり抜けるスラロームで実感できたが、電動油圧式に改められたパワーステアリングはなぜかフリクションがとても大きく、正確な中立位置を自ら取り戻そうとしないので、郊外路では自らの車線をキープするのに苦労した。また、エンジン関係からのノイズが影を潜めたことで、タイヤが発するロードノイズばかりが目立つ結果になったのも要改善点。このままでは、ガソリンバージョンを大幅に超えるに違いない“特別な対価”を支払って手に入れたオーナーは満足できないはず。EVで心地良いサウンドを奏でるのはたしかに難しい課題ではあろうが、こうしたモデルであるからこそ、そうした点にも積極果敢にチャレンジしてほしいと思う。
EVスーパーカーの意味とは?
「EVでこんな無駄の塊のようなお遊びをやって、いったい何を考えているんだ!?」と、EV=エコカーというイメージが植えつけられた人にはそう感じられるかもしれない。しかし、1トリップあたりの航続距離も電池の耐用性も、おそらく余り問題にはならず、しかも価格の高さがむしろブランド力向上にもつながるこうしたモデルは、実は、EVにはうってつけの条件の持ち主とも考えられるのだ。その上で、充電電力を太陽光や風力、水力など自然エネルギーで賄うことができれば、そこではどんなに大電力を消費しようとも「ゼロエミッション」の金看板を手に入れられる。なるほどこうなれば、ビッグパワーのスーパーカー/スーパースポーツカーはエンジン車よりもはるかに社会に受け入れられやすい。
このモデルをはじめ、「アウディe-tron」や「テスラ・ロードスター」など、特別なエクスクルーシブ性を強調したいモデルが今、EVに触手を伸ばす理由がここにある。SLS AMG E-CELLとは、まさにそんな時代の寵児(ちょうじ)のひとりなのだ。
(文=河村康彦/写真=メルセデス・ベンツ日本)

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。
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