フェラーリ・カリフォルニア(FR/7AT)【試乗記】
みんなのフェラーリ 2010.01.06 試乗記 フェラーリ・カリフォルニア(FR/7AT)……2806万6000円
メタルルーフのオープンで、2+2のFR。“V8フェラーリ”として初物づくしなニューモデル、「カリフォルニア」の実力を試した。
もてなし上手
「フェラーリ・カリフォルニア」は、オールスターゲームみたいなスポーツカーだ。コンマ1秒のタイムを削るようなキリキリした切迫感はない。勝ち負けにこだわる真剣勝負というよりはお客さんを楽しませるための華やかなお祭りで、けれどもひとつひとつのプレーの質はおそろしく高い。観客(=ドライバー)は、肩の力を抜いてリラックスしながらスーパープレーの数々を楽しめる。歴史やルールなんか知らなくても、ピッチャーが投げる球はおそろしく速いし、バッターが打ったボールは見えなくなるほど遠くへ飛ぶ。
そのネーミングに似つかわしくない、東京の冬空の下で対面した「フェラーリ・カリフォルニア」は写真で見るよりも断然ハンサムだ。写真で見るかぎり、ハードトップを格納するトランクのあたりがモッコリしていて、なんだかなあ? という感じだった。けれども実車だと、オープンでもクローズドの状態でも気にならない。むしろ目が慣れるにつれ、ボリューム感のあるリアビューがカッコよく思えるようになった。ちなみにデザインは、ピニンファリーナとフェラーリのスタイリングセンターとのコラボだ。
乗り込んだ瞬間にインテリアがイマ風だと思うのは、「ブリッジ」と称されるY字のアルミ製センターコンソールと、巨大なタコメーターの左に位置するTFT液晶画面が目に入るから。この液晶画面は通常だと油温計と水温計が表示されるけれど、後退するときは後方の障害物を表示するバックモニターとして機能する。ほかにもクルマから降りようとしてドアを開けるとスーッとステアリングホイールが持ち上がってアシストしてくれる機能まであってびっくり。フェラーリはいつからこんなに“もてなし上手”になったのか。
ドレスを脱いで、スポーツウェアへ
キーをONの位置までひねってから、ステアリングホイール上の「ENGINE START」と記された赤いボタンを押す。すると、やや長めのクランキングの後でフェラーリが初めてフロントに積んだV8エンジンが目覚める。アイドリングは望外に静かで、振動もあまり感じられない。これまたフェラーリ初となる2ペダルの7段MT「デュアル・クラッチ・トランスミッション(DCT)」を、まずは「AUTO」にセット。それからステアリングホイール上にある「マネッティーノ」の切替スイッチを「COMFORT」に入れる。エンジンやサスペンションの特性を変える「マネッティーノ」のスイッチはF1みたいで、いじっているだけでコーフンしてくる。
この状態で市街地を走っていると、「カリフォルニア」はちょっとばかし賑やかなエンジンを積んだ高級2+2クーペだ。フェラーリ初の直噴エンジンは低い回転域でも力感がみなぎっていて、かつスムーズ。ポルシェのPDKやフォルクスワーゲンのDSGと基本的には同じ仕組みの7段DCTは、実に穏やかにシフトする。シフトアップのたびに前につんのめるような動きは一切見せない。嬉しいのは乗り心地のよさ。といってもフワフワするわけじゃない。路面から伝わる情報のうち不快なものは排除して必要なものだけを伝えるという“仕分け”が完璧で、すっきりした淡麗辛口の乗り心地になっている。
毎日のアシに使えるぐらい快適なことを確認してから、「マネッティーノ」を「SPORT」へシフト。同時に7段DCTを、「AUTO」からパドルでのマニュアル操作に切り替える。するとエンジンのレスポンスが明らかに鋭くなり、アクセルペダルのわずかな動きに噛みつくように反応する。きれいなドレスを脱いで、一瞬にしてワコールCW-Xに着替えたのだ。
まるで楽器を演奏しているよう
それにしても、濁りのないV8エンジンの音のなんと素晴らしいことか。「フェラーリ・カリフォルニア」の4.3リッターV8は、基本的にはアルファ・ロメオ8Cやマセラティ・グランドゥーリズモSに積まれる4.7リッターV8のヘッドを直噴化、さらにショートストロークにしたものだ。12.2という高い圧縮比を与えることで、排気量で劣るのにアルファ8Cの450psを10ps上回る460psを発生する。
ただし実際にドライブしての心に残るのは、パワーよりも音とレスポンスだ。アクセルペダルの踏み加減で空に突き抜けるようなサウンドをコントロールしていると、楽器を演奏しているような気になる。パドル操作に対するDCTの反応も文句のつけようがなく、シフトアップは電光石火。シフトダウンはきれいにブリッピングが入って、自分が運転しているのにF1のオンボードカメラを見ている気分。
センターコンソールのスイッチを操作して20秒ちょっと、屋根を開け放つとエグゾーストパイプの音がダイレクトに耳に飛び込んでくる。風の巻き込みはそれほどでもないし、アルミスペースフレームの恩恵か、路面コンディションが悪いところを突破してもボディはミシリともいわない。雨さえ降らなければずっとオープン状態で乗っていたい。
ちなみに、この格納式ハードトップはドイツのヴェバスト社と共同開発したもの。ヴェバストは「フォルクスワーゲン・イオス」や「ダイハツ・コペン」などを手がけた経験をもつ、この分野のエキスパートだ。
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唯一欠けているのが“血の匂い”
高速道路でも乗り心地は抜群で、かつぴたっと安定している。出来のいいシートのおかげもあって、東京から大阪ぐらいだったら楽ちんに行けそう。そしてこういったハイウェイクルーザー的性格が、ワインディングロードでの敏捷な身のこなしと両立しているから面白い。山道に入ると、正確で繊細なステアリングの存在感が増す。ターンインは実に素直で、行きたい方向に視線を向けただけでそっちに向かうような錯覚を覚える。
S字が連続するようなセクションでも、キュッキュッと軽快に切り返す。サスペンション形式は前がダブルウィッシュボーン、後ろがカリフォルニアのために新開発されたマルチリンクで、乗り心地のよさと敏捷性、安定性が高度にバランスしている。また、V8エンジンをフロントアクスル後方に置くフロントミドシップとしたことや、ギアボックスを後方に配置するトランスアクスルとすることなどで、ボディの前後重量配分は47:53となっている。こうしたレイアウトやサスペンション形式、アルミボディの軽さなど、すべてが組み合わさって“黄金律”が生まれたのだろう。
ワインディングロードでは、カチッと効くブレーキにも感心する。CCM(カーボン・セラミック・マテリアル)ブレーキは、確実な制動力があるだけでなくブレーキペダルのフィーリングもいい。また、従来のブレーキシステムに比べて約15kgもバネ下重量が軽くなっているというから、この新素材ブレーキは小気味よいフットワークの一因かもしれない。
正直、今までフェラーリを心の底から欲しいと思ったことはない。金銭的な事情はさておき、「これに乗って帰ったら気を遣うだろう……」と、気が重くなってしまうのだ。けれども、カリフォルニアはこのまま乗り逃げしたい衝動に何度も駆られた。屋根が開くだけでなく、外に向けて心も開いたフェラーリなのだ。カリフォルニアに足りないものがあるとすれば、「このまま死んじゃってもいい」と思えるようなヒリヒリした感触だろうか。そういう“血の匂い”がするフェラーリをお好みの方には、マラネロは新型車「458イタリア」を用意している。とにかく参りました。こりゃあ春から縁起がいい。
(文=サトータケシ/写真=高橋信宏)
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サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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