ベントレー・コンチネンタルGTスピード(4WD/6AT)【試乗記】
尖らない最高峰 2009.06.29 試乗記 ベントレー・コンチネンタルGTスピード(4WD/6AT)……2814万2300円
数ある高級車のなかでも、他と一線を画す、特別なオーラをまとうベントレー。“史上最速”を誇る「コンチネンタルGTスピード」を箱根で試した。
今も昔も、パワーは“十分”
コンチネンタル(大陸)とは、ベントレーが伝統的に使ってきた高性能モデルの呼称である。GTとは、ご存じグランド・トゥアラー、贅沢な2ドアのクーペを意味する。島国イギリス生まれのベントレーには、ヨーロッパ大陸を疾駆するGTのイメージが憧憬としてあるのだろう。80年ぶりに復活した“スピード”は、遠く1920年代、6気筒ベントレーのスポーツモデルに与えられていたモデル名である。スピードという潔くてカッコいいネーミングをクルマに使った初めての例ではなかったか。
最近のベントレーといえば、とくに日本では「タイヤの付いた札束」みたいに見られがちだが、こんなふうに車名ひとつとっても、それでスコッチを何杯か飲めるほどのウンチクのかたまりなのだ。
コンチネンタルGTスピードは、史上最速のベントレーにして、世界最速のグランド・トゥアラーである。2003年に登場したコンチネンタルGTの6リッター W12気筒ツインターボにさらなるメカチューンとチップチューンを施し、610psのパワーと76.5kgmのトルクを得ている。ベースのコンチネンタルGTは560psだから、なんとしても600psの大台に乗せるというのが“復活スピード”の使命だったのだろう。まさに今昔の感だ。
というのも、かつてのベントレーは、兄弟ブランドのロールス・ロイスとともにエンジンの出力やトルクをいっさい公表しなかった。“謎”だったのである。メーカーに数値を問い合わせれば、ひとこと「“sufficient”(十分)」という答えが返ってきた。彼らが一般大衆の知りたがる謎に答えるようになったのは80年代に入ってからである。
ギラギラしない、ガツガツしない
コンチネンタルGTスピードに乗り込むと、ほのかに香水の匂いがした。ひところのアルファのように、車内のどこかに匂い袋がひそんでいるのだろう。大きなドアはドンと閉めること無用である。ラッチに軽く噛ませれば、あとは電動クローザーがホテルのドアマンのようにやさしく閉めてくれる。ドアガラスは、遮音/遮熱にすぐれる2重ガラスだ。
ベントレーがVW傘下に入って最初のニューモデルが、コンチネンタルGTシリーズである。ウッドパネルとレザーがお約束のようにふんだんに使われるが、試乗車のインテリアはそのカラーリングのせいか、古色蒼然たる英国趣味という感じでもない。むしろドイツ製高級車の機能性が勝っている。ダッシュボードには魚のウロコのような美しい工作を施したアルミの化粧板が使われている。曾おじいさんが1920年代のブガッティに乗ってた、なんていう人には見覚えのある紋様だろう。とはいえ、2700万円もするのに、ギラギラしたこれみよがしの金満趣味はない。ぼくらオーディナリーピープルにしてみれば、ちょっと寂しいくらいである。
ボディ全幅は1920mmに達するが、キャビンは意外やタイトだ。とくに上屋は、外観からもわかるようにチョプトップのような閉所感がある。でも、これはもちろん狙い通りだろう。こういうクルマを買う人はなにしろ家が広いから、クルマの中にはガツガツ広さを求めないのである。わけても高級クーペというのは、そういうクルマである。
やんごとなきたたずまい
最高速326km/h、0-100km/h=4.5秒という、途方もない動力性能の持ち主でも、ふだんの走りは優雅そのものだ。6段ATと組み合わされるツインターボの12発エンジンも、ひたすら余裕しゃくしゃくのパワーユニットを演じてくれる。広いところでフルスロットルを試しても、フルタイム4WDとESPにチェックされた車両は、獰猛な反応などいっさいみせない。エンジン音はあくまで静かだ。最高性能モデルだけに、さすがに乗り心地は硬めだが、いざ大入力を受ければサスペンションはしなやかに作動する。ハードコーナリング時のロールもエレガントだ。
ただ、カーボンローターが奢られたブレーキがオーバーサーボ気味なのは気になった。どうやさしく踏んでも、効き始めに強い減速Gが出てしまう。それともうひとつ、VWトゥアレグと共通部品のパドルシフトが、ぼくの指には遠すぎて具合が悪かった。英国貴族の大きな手に合わせたものと思われる。
乗ったといっても、この日の逢瀬は箱根での正味1時間ほどだった。お金持ちの家に呼ばれて、玄関だけ見てビックリして帰ってきたみたいなものである。今度はぜひ、5ツ星ホテルなんぞに泊まりながら、南仏ニースまでヨーロッパを切り裂くように走ってみたいものである。
個人的にこのクルマでいちばん好きなのは、スタイリングだ。前後にバンパーはいっさいない。ボディ外寸いっぱいを使いきった2ドアクーペボディは、カッコよくて、しかしどこかやんごとない。かたやBMWがつき、ともにドイツ資本となったベントレーとロールス・ロイスは、デザインの競演を見ているだけでもおもしろい。
(文=下野康史/写真=郡大二郎)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。