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第270回:それは「スーパーカー飛ばし」から始まった − ああ! チープ筆記具への道

2012.11.09 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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第270回:それは「スーパーカー飛ばし」から始まった ああ! チープ筆記具への道

「BOXY」のボールペン

子供のとき「スーパーカーブーム」というのがあった。小学生の分際でいっぱしの自動車雑誌『CAR GRAPHIC』読者を気取っていたボクは、その“教え”にしたがい、その浮ついたブームに乗ってはいけないと思っていた。しかしやがて、同級生や上級生がスーパーカー型をした消しゴムで遊び始めた。それに混ぜてもらって一緒に遊ぶには、ボクもスーパーカーブームに乗らざるを得なかった。

「スーパーカー消しゴム」という、本来の機能から逸脱した(実際、字を消そうとすると、固くてとても使い物にならなかった)文房具を、頭の固い両親が買ってくれたはずはないので、どうやって手に入れたかは覚えていない。おそらく1台も保有していなかったボクを哀れんだ同級生が恵んでくれたのだろう。

スーパーカー消しゴム遊びには、ノック式ボールペンが必要であった。当時を知る方には説明不要だが、ボールペンの頭についたノックボタンをクリップ付近にある別ボタンで解除させ、その勢いで消しゴムを対戦相手と交互に飛ばし、ゴールに早く着くのを競ったのだ。

当時は「BOXY」という銘柄のボールペンがよく使われていた。BOXYは三菱鉛筆の1ブランドだった。普通の三菱鉛筆がトヨタなら、BOXYはさながらレクサスのような位置づけだった。しかしながら、ノックと解除が別の方式で、もっとも身近で簡単に手に入ったことから、スーパーカー消しゴムの、あたかもオフィシャルサプライヤーのごとくBOXYが選ばれたのだと思う。BOXYボールペンは、本来の筆記具として使うよりも、スーパーカー消しゴム遊びの推進力として使用した子供のほうが圧倒的に多かったのは間違いない。

イタリアで2011年に手に入れた「Bic Orange」特別仕様のゴールドボディー。シルバーもあった。
イタリアで2011年に手に入れた「Bic Orange」特別仕様のゴールドボディー。シルバーもあった。 拡大
数年前、携帯電話器に進出して話題を呼んだBicだが、最近はカヤックまである(写真上)。価格は329ユーロ(約3万3000円)。
数年前、携帯電話器に進出して話題を呼んだBicだが、最近はカヤックまである(写真上)。価格は329ユーロ(約3万3000円)。 拡大

“あの人”もごく普通のポールペンを愛用していた

そのようにボールペンを遊びに使っていたボクが、大学を卒業すると日々ボールペンを使うジャーナリストという職業に就いてしまった。それも、こともあろうに前述の“反スーパーカー”姿勢を貫いた『CAR GRAPHIC』を出している出版社だった。

上司は同誌初代編集長の小林彰太郎氏だった。
「小林氏あたりになると、立派な筆記具を使っているんだろうな」と思っていたボクだったが、小林氏が新米記者だったボクに薦めたのは、なんの変哲もないBicの青ボールペンだった。その名も「Orange」という、軸がオレンジ色の、あれである。
それを聞いたボクは拍子抜けしたものの、実際Bicのボールペンは文字の太さといい、ボールの転がり抵抗といい、そしてボールペン自身が持つ手に要求してくる筆圧といい、絶妙であった。そのうえ100円前後だから、無くしても落としても悔いはない。いわゆるクオリティーとプライスのバランスがえらく良い。
以来ボクもBicの愛用者となり、中学生のとき以来使っていたクロスの銀張りボールペンは机の引き出しにしまい込んでしまった。

Bicカヤックのロゴ。
Bicカヤックのロゴ。 拡大

カバンの中にスイス鉄道!?

しかし、その後イタリアに来て、Bicボールペンは家庭内専用となった。イタリアでの仕事は、記者、フォトグラフファー、取材相手を飽きさせないためのフォロー……と1人何役もこなさなければならない。慌てて何かをするたび、ボクはBicのキャップをしないままポケットにしまおうとして、シャツや上着をたびたび汚してしまったからである。ボールペンのインクというのは、ちょっとやそっとでは取れない。

というわけで、ノック式のボールペンを持ち歩くことにした。具体的に言うと、「芯の出し入れがいずれも頭のワンプッシュでできる」「無くしても半日程度泣けば済む値段」、かつ「書き味のよいもの」を条件に選ぶことにした。
幸いモーターショーなどでは、メーカーやブランド名の入ったノック式ボールペンが売られている。しかし喜び勇んで買っても、職業柄「イベントの記念品ですか?」と言われて悲しい思いをたびたびした。

そこで上述の条件で、市中で商品を選ぶことにしたのだが、選択肢はそれほど多くなかった。
近年ボクが愛用しているのは、スイスの「カランダッシュ」である。同ブランドには立派な装飾が施された数万円級のものが多々あるが、ボクが使っているのは「849」で、本国価格で日本円にして1300円程度の超廉価タイプだ。日本でも販売されているので、ご存じの方も多いだろう。六角形のスチール軸は、鉛筆のごとく持ちやすく、かつ頑丈である。ボクが使っている赤い軸は、カバンの中で見つけやすいうえ、スイス鉄道の車体色をほうふつとさせるのがうれしい。なお、日本の筆記具メーカーから、カランダッシュのデザインに似せたものが出ているが、なぜ一流の工業国でそういうことをやるのか嘆かわしい。

カランダッシュの唯一の難点は、日本なら有名文具店で簡単に手に入るインクが、皮肉なことにイタリアではほとんど入手困難であることだ。大事なインタビュー、クルマの購入、家の賃貸契約書といったときに限ってインクがなくなる。そのたび、昔の刑事物ドラマでピストルの弾丸がなくなり、「ち、ち、ちくしょー」と焦る敵役の気持ちになるボクとしては、次のスイス出張までインクが手に入らないのはかなり悲しい。

もう1本はドイツ「ファーバーカステル」の「グリップ」というシリーズのボールペンである。軸はプラスチック製だが、表面にラバーのエンボス加工が施されているので滑りにくく、かつデザイン的にも良いアクセントになっている。こちらの値段は現地価格1500円くらいだ。日本でも鉛筆をはじめ「グリップ」シリーズのいくつかが手に入るが、ボールペンはボディー色が限られている。

クルマのブランド名入りボールペンの数々。好きなんですけど……。
クルマのブランド名入りボールペンの数々。好きなんですけど……。 拡大
右から「カランダッシュ849」「ファーバー・カステル グリップ」「ペリカン」の3色ボール+シャープペンシル。
右から「カランダッシュ849」「ファーバー・カステル グリップ」「ペリカン」の3色ボール+シャープペンシル。 拡大
筆記具ついでの小ネタ(その1)。
「パーカー」の万年筆でもホールペンでもない、新世代筆記具「インジェニュイティ」。書き味はかなり慣れを要するが、万年筆のように飛行機内で気圧によりインクが吹き出したりしないのは助かる。
筆記具ついでの小ネタ(その1)。
「パーカー」の万年筆でもホールペンでもない、新世代筆記具「インジェニュイティ」。書き味はかなり慣れを要するが、万年筆のように飛行機内で気圧によりインクが吹き出したりしないのは助かる。 拡大

最終兵器の登場で

いろいろ連ねてきたが、ノック式という条件を外して意外に良かったのは、数年前ロンドンに泊まったとき、ヒルトンホテルの部屋に置いてあったボールペンである。そのしっとりとした書き味に加え、再生紙を巻いて作ったというボディーは、いつの季節に持っても手にしっくりと馴染(なじ)む。高級品がなくても満足できる、低燃費な自分? がうれしくなる。

冒頭のスーパーカー消しゴム遊びに話を戻せば、ボクの周囲ではある最終兵器の登場によって、流行に終止符が打たれた。同級生のひとりがBOXYボールペンの代わりに、トイレットペーパーホルダーの軸を家から持ってきたのだ。それを使うと消しゴムの飛び方が格段に違い、とても勝負にならなかった。

風の便りに聞いたところによると、そのトイレットペーパーホルダー少年は現在、建築家・工業デザイナーとして成功しているらしい。できるヤツは子供の頃から違う。当時彼の家族は、ホルダーの軸がなくなって不審に思っただろうが。

(文と写真=大矢アキオ/Akio Lorenzo OYA)

筆記具ついでの小ネタ(その2)。
1991年に「日産フィガロ」報道関係者向け試乗会で頂いてきた「ダットサン・ブルーバード」鉛筆。なぜその時代まで生き延びていたのか興味深い。
筆記具ついでの小ネタ(その2)。
1991年に「日産フィガロ」報道関係者向け試乗会で頂いてきた「ダットサン・ブルーバード」鉛筆。なぜその時代まで生き延びていたのか興味深い。 拡大
意外に書き味・持ち味とも良好なヒルトン再生紙ボールペン。
意外に書き味・持ち味とも良好なヒルトン再生紙ボールペン。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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