アストン・マーティン V8ヴァンテージ ロードスター(FR/6AT)【試乗記】
手造りでしか、成しえない 2009.03.03 試乗記 アストン・マーティンV8ヴァンテージ ロードスター(FR/6AT)……1853万8800円
排気量をアップするなど、昨年ビッグマイナーチェンジを受けた“ベビー・アストン”。その乗り味を、2ペダルMTのオープンモデル「ロードスター」でチェックしてみた。
FRスポーツカーのお手本
「V8ヴァンテージ」は、アストン・マーティンのなかでも小粋なモデルだ。
2シーターのボディ全長は4380mmと短く、小回りが効く。オーバーハングを詰めて、ホイールベース内に重量物を収め、ヨー方向の慣性能率を小さくし、さらにギアボックスを後方にマウントして前後重量配分に気遣ったりと、FRスポーツカーとしてのレイアウト上、最善の策を採る。アルミ軽合金をふんだんに採用して全体の軽量化に配慮していることも見逃せない。とにかく、ドライビングを楽しくさせる手立てを書き出すとキリがない。
今回の試乗車はそのオープン版で、見た目のスタイリングはご覧のとおり。手造りでしか成しえない丁寧な作り込みは、いつまで見ていても飽きない。
白いボディに赤内装(と赤い幌!)という派手な出で立ちも、最初は「ちょっと目立ち過ぎるかな……」と気になったものの、走り出してしまえばドライビングの楽しさに熱中するあまり、気にならなくなってしまう。
クーペのスタイリングももちろん素敵だし、ボディ剛性の点でもあちらが有利ではあるが、このオープンボディとて剛性に不満があるわけでもなく、ガッシリした造りが実感できる。車体四隅の軽さと、上に重いものが無いことによる、解放感だけでない重心高の低さがしっかりと伝わってくる。価格のことさえ忘れられれば、どんなタイトコーナーでも狭い道幅でも、自信をもってインを攻められる気がする。
ふりそそぐV8の咆哮
さらにこのV8ヴァンテージには、2ペダルMTの「スポーツシフト」が装備されている。足元のペダルは2つだけ。手元の固定パドルで変速できるから、あとはステアリング操作に専念できる。もちろんクラッチ操作を厭わない人から見れば、フツウの6段MTの方が運転のリズムをとりやすいだろうが、極低速での操作や、発進停止が頻繁に行われる渋滞走行などでは、確かに便利な装置ではある。
このクルマは、ギアボックスを後方に配置するトランスアクスル。クラッチ部分も後方にあり、プロペラシャフトをカーボンとして軽量化してあるにせよ、クラッチへの負担は大きくなる。例えばフル転舵のバック、坂道発進しつつちょっと移動、切り返してUターンなどという状況では、別の機会に乗ったコンベンショナルなMT仕様ではクラッチの焦げる匂いがすることも経験している。
とはいえ、これだけパワー/トルクがあるとクラッチのスプリングも強化されているから、MTより、機械で動作が均一化される「スポーツシフト」の油圧システムの方が、耐久性の点で有利かもしれない。
クラッチペダルの有無に関わらず、大排気量NAエンジンとMTの組み合わせは、微妙なスロットルのオン/オフやエンジンブレーキのダイレクトさが直に伝わって心地よい。トルクコンバーターを介するため、ブカブカとダルに伝わる普通のATでは絶対に得られない感覚だ。
上げるにせよ下げるにせよ、シフトする度にV8エンジンの咆哮が直接耳に響き渡る。この快感を味わってしまうと、もう幌なんか上げて走っている鬱陶しさは我慢がならない。パドルを多用して無闇にシフトを繰り返すことが多くなり、信号で止まることさえ楽しみになってしまう。
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ATモードでもスポーティ
クロースしたギアは、幅広い回転域を使うことなく、繰り返される変速リズムに酔うことができる。回転合わせもクラッチミートも現代の電子制御技術は完璧で、繋がりはスムーズにして俊敏、自分の意思通りに変速できる。この手の電制油圧クラッチ車にありがちな、船の櫓を漕ぐような“Gの段差”は少なく、ボディ慣性の軽さや駆動系/マウントの剛性の高さも伺える。これだけパワー(426psと48.0kgm)があって重量も1710kgと(比較的)軽いとなれば、オートモードでも右足の踏み加減ひとつで自在になる。
AT車では、左足でブレーキを踏んで待つなど両足を運用する方がスムーズな運転にも繋がり、踏み間違う危険性も少ないわけだが、この場合でもエンジンがストールするような悪癖はなく、パドルを使ってエンジンブレーキと併用する際のリズムを狂わすようなことも無い。
一度だけ、2ペダル車にしてはありえないはずの「エンスト」も経験した。撮影作業中で登り坂の信号待ちにおいてだった。長めと感じてギアを入れ放しでクラッチを踏んだ状態より、ギアを抜いてNで待った方がよかろうと判断したのだが、次の発進時にエンジン回転がなぜかラフになって止まってしまった。
こんな時だけは自分の足でクラッチを踏めるMTの方が安心に思える。しかし、これ一度きりだったから何らかの不具合が偶発したのかもしれない。
アストン・マーティンは、創業以来90年間で約45000台が生産され、そのうちの80%がいまだ現役という。手作りで丁寧に造られたものは大切に扱われる好例だろう。そのアストンのなかでも、この「V8ヴァンテージ」はもっとも魅力的なモデルといえる。クルマ自体が魅力的なことは言うまでもないが、これを愛車として過ごせるライフまで夢見るならば、アストン・マーティンへの羨望はより高まるというものだ。
(文=笹目二朗/写真=荒川正幸)

笹目 二朗
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