ルノー・ルーテシア エクスプレッションMT(FF/5MT)【試乗記】
MTファンへのプレゼント 2012.12.01 試乗記 ルノー・ルーテシア エクスプレッションMT(FF/5MT)……204万8000円
モデルライフの終わりに差し掛かった現行「ルーテシア」に5段MT搭載の限定車が登場。“本場の息吹”を堪能する!
ウィンドウまでマニュアル!
先日、20代の若い編集者を助手席に乗せて取材場所へ向かっていた時に、「音楽でも聴こう」ということになった。そこで彼のiPodをカーオーディオに接続して、なるほどと思った。
彼のiPodは、「レッチリ」→「ブラック・アイド・ピーズ」→「ドラゴン・アッシュ」→「スライ&ザ・ファミリーストーン」という順番で曲を流したのだ。1960年代から現代まで、時代も国籍もごっちゃの選曲ではあるけれど、好みは一貫している。
iTunes StoreやAmazonでクリックするだけだから、彼にとっては60年代の音源と今の音源に差はないのだろう。クルマ好きとしては、ちょっとうらやましい。1973年型「ポルシェ911カレラRS2.7」と2012年型「ポルシェ911カレラ」が同条件で手に入るとしたら……。
クルマの場合は安全や環境の問題があるから難しい、と思っていたところに試乗したのが「ルノー・ルーテシア エクスプレッションMT」だ。車名に誇らしげに(?)「MT」と入っていることからわかるように、1.6リッターの直列4気筒エンジンに5段マニュアルトランスミッションを組み合わせた仕様で、40台の限定販売となる。
秋のパリサロンで新しいルーテシア(現地では「クリオ」)が出たわけだから、意地悪な見方をすれば在庫一掃セールだ。それでも、欧州製コンパクトカーが好きなじぶんにとっては気になるモデルだ。
それにしてもこの車名、「減税日本」的に言いたいことがわかりやすいというか、すごいネーミングだ。
試乗前夜、プレス資料を読みながら笑ってしまった。「装備」の欄に、「リアマニュアルウィンドウ」と書いてあったのだ。わが青春の80年代には「パワーウィンドウ」にコーフンしたものじゃった。初デートの時に、あわててオートバックスで後付けのパワーウィンドウを付けたやつもいたぐらい(じぶんじゃないです)。それなのに、手動式ウィンドウに萌(も)えてしまうのがおもしろい。
街で軽やか、高速ではしなやか
少し軽めのクラッチペダルを踏み込んで、5MTを1速へ。シフトの手応えは、「カチャコン」という工作機械っぽさがやや気になるもののシフトミスの心配が少ない確実なもの。実用車らしい。
最高出力112psを6000rpm、最大トルク15.4kgmを4250rpmで発生するというスペックだけを見ると高回転が得意なエンジンかと思うけれど、いざ走りだせば、さにあらず。発進時はアイドリングでクラッチをつないでもスムーズに走りだすし、2000〜2500rpmぐらいでポンポンとシフトアップしても軽快に走る。エンジンは、1160kgという車重に対して十分以上に力強い。
街中で乗る限り乗り心地は硬めで、路面の凸凹をわりとダイレクトに伝える。それでも不快に感じないのは、ステアリングホイールの確かな手応え、しっかりしたボディー、出来のいいシート、素直なパワートレインなどがあいまって、トータルで小気味よく走るクルマという性格になっているからだろう。
都心部を走らせていると、じぶんの体までコンパクトで敏しょうになったように感じて、楽しくなってくる。このクルマをさらに進化させて新型を出すわけだから、自動車会社のエンジニアも大変だ。
恒例にのっとって、首都高速3号線から東名高速に入って箱根方面へ向かう。だんだんスピードが上がってくると、それにつれてクルマも大きくなるような印象を受ける。市街地は軽やかに走っていたのに、東名高速ではしっとりとした落ち着きを感じさせるのだ。
東名の追い越し車線を走るぐらいの速度域だと、サスペンションがいいあんばいに伸び縮みするようになって、市街地で感じた硬さが消える。試乗は1人乗車+空荷で行ったから、もしかすると市街地でも4人乗車だったらもう少し落ち着きのある乗り心地だったのかもしれない。
この速度域だと、タコメーターは5速で3000rpm前後を指す。だからエンジン音がそれなりに聞こえるけれど、それでもうるさいと感じないのは音質が乾いたヌケのよいもので、耳障りではないからだ。
昔ながらの欧州車の楽しさがある
箱根に到着して、最初のコーナーをクリアしたところで「あっ、いいじゃん」と思う。ステアリングホイールを切り始めた瞬間に、タイムラグなしにそれが前輪に伝わっている感じがしたから。ステアリングホイールを切った量と、前輪の角度との関係がクリアで、曖昧なところがない。
コーナーではかなりロールするけれど、不安を感じさせないのはコーナー進入時に急にグラッと傾かないからだ。スッと傾いて、じわーっとロールして、涼しげにコーナーを脱出する……、って長嶋茂雄さんのバッティング解説みたいになってしまった。
市街地と高速道路ではせいぜい3000rpm+αまでの領域でしか仕事をさせてもらえなかったエンジンも、ここでは深呼吸を強いられる。そこで気付くのは、高回転でもスムーズさを失わないことと、意外と排気音に迫力があること。
もちろんパワーは限られているから、特に登り坂では苦しい場面もある。けれども懐の深い足まわりとあわせて、5MTを駆使して持てる力をフルに発揮するという昔ながらの欧州製コンパクトカーの楽しさが味わえる。
休憩時間に、後席のマニュアルウィンドウを試してみる。試すといっても、くるくる回すだけですが。懐かしいというか、サケ缶をさかなに飲む楽しさに通じるものがある。
正直なところ、同じお金を出せばもっと燃費のいいクルマや乗り心地のいいクルマが買える。けれども、趣味でクルマを選ぶじぶんみたいな人間は、新しいクルマやいいクルマが欲しいわけではない。iTunesで昔の曲をダウンロードできるみたいに、こんなテイストのクルマが新車で買えるのは素直にうれしい。在庫一掃セールというより、ファンへのプレゼントだと思った。
(文=サトータケシ/写真=高橋信宏)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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