第226回:「ジャーマンになりたい!」と思う瞬間
2012.01.06 マッキナ あらモーダ!第226回:「ジャーマンになりたい!」と思う瞬間
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東京からシエナまでの苦労
ボクが住むトスカーナのシエナはヨーロッパ中の人が一度は訪れたいと憧れる風光明媚(めいび)なエリアではあるが、日本からの往復に関しては不便だ。イタリア発−成田着は比較的すいすい行ける。問題はその逆、成田から帰るときである。
欧州のどこかの都市で乗り換え、シエナの最寄りの空港であるフィレンツェに着くのは夜。その後、公共交通機関を使ってシエナまで帰るのが極めて困難なのである。それは、どの航空会社を使っても同じだ。
フィレンツェ発シエナ行きバスは最終が20時45分。土日はもっと早い。鉄道もあるが出発は深夜で、シエナに着いても駅にタクシーがない。空港からタクシーを使う手もあるが、100ユーロ(約1万円)以上するのだ。
イタリアは本当に公共交通機関が貧弱である。「そのうち改善されるだろう」と思ってのんきに住んでいるうちに、そのまま15年たってしまった。取りあえず今は、「エッ!? そんなところまで行くの!」という日本の空港バスも、景気後退とともにこうなるのだろうか。
民間の空港パーキングはどうかというと、イタリアでは今がその黎明(れいめい)期で、フィレンツェなどには今もってまともなものがない。空港内の公共駐車場にクルマを1カ月駐車しておいたら、法外な額になる。では、こうした状況になぜ不満の声が上がらないか? それは、イタリア人は家族や友達にクルマで迎えに来てもらえるからである。
ボクも知人から「迎えに行ってやるよ」という、ありがたい申し出を何度も受ける。いや、過去に実際来てもらったことがあった。だが、便が遅延したら待っていてもらわねばならないうえ、こちらは十数時間の旅をして疲労の限界状態だから、せっかく来てもらっても、クルマの中で友人と会話をする前に寝てしまう、という失礼な結果になる。
ちなみに最近話題の羽田往復便に期待を寄せてチェックしてみたところ、羽田発各地経由フィレンツェ着は午前中に着けるものの、今度は欧州発が早すぎて、前泊が必要になる。うまくいかない。
そこで成田から帰ってくるとき考えたのは、フィレンツェに安宿を予約しておいて泊まるという作戦だった。フィレンツェからわが家は距離でいえばおよそ70kmだ。そこに1泊するというのはばかばかしくも思えたが、タクシーで家に帰るより、状況によっては5000円近く安い。
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しかし何度かやってみると、苦労ばかりだった。予約しておいた宿が実はスタッフ常駐ではなく、夜中に呼び出すのにえらい時間がかかったり、古いホテルでエレベーターがなく、疲労困憊(こんぱい)している体で、スーツケースを持って狭い階段を上がらなければならなかったり、部屋の暖房や給湯設備が壊れていて、ひどく寒かったりと、いい思い出はない。
そもそも宿までのタクシーからして、ドライバーが無愛想だったり、逆にこちらが疲れているのに必要以上に話し好きだったりして、これまた参った。
丁寧な対応に感激
フィレンツェ1泊作戦の悲惨な結果に敗北したボクは、先日東京から戻るとき、新しい作戦を実行に移すことにした。乗り継ぎ地のミュンヘンで1泊する方法である。
東京から出発前にネット検索したところ、空港直結のホテルはボクには高価すぎたので、シャトルバスで行く数キロ離れたホテルを予約した。
イタリアでは考えられない展開は、ホテルに着く前から次々と訪れた。ミュンヘン国際空港でスーツケースを受け取ると、ファスナーの引き手、つまり“つまみ”がちぎれて消えてしまっていた。ダメもとでバゲッジクレームのカウンターに行き、その旨伝える。すると小さなパーツにもかかわらず、その女性スタッフは丁寧に対応してくれた。
「シエナにお住まいですか? 去年バカンスで行きましたよ。また行きたいですね」などという、マニュアルどおりの日本の従業員では考えられないアドリブを交えながら、必要事項をコンピューターに入力してゆく。
そして最後に彼女は、「到着ロビーのカバン店で直してもらってください。もちろん無料です」とボクに告げた。
そのあと指定されたカバン店に行くと、小さな引き出しの中からまったく同じ引き手を取り出し、即座に取り付けてくれた。
「あ〜あ、オリジナルと全然違う、間に合わせのヘンな引き手が付けられておしまいなんだろうな」と想像していたボクは、えらく感激した。
次に例のエアポートホテルに電話。そこそこ部屋数があるホテルにもかかわらず、ボクが今夜宿泊することは、電話対応するスタッフにもちゃんと伝わっていた。
指定されたバス停はわかりやすく、メルセデス・ベンツのマイクロバス「スプリンター」を使ったシャトルバスは、それほどボクを待たせることなくやってきた。車内も清掃がいきとどいている。
着いたホテルのフロントは、お客を手際よく受け付ける。もちろんエレベーター完備。部屋もよく暖まっていてきれいであった。
このミュンヘンにおける一連の流れは、疲れて東京から来た身には、すべてが順調で本当に助かった。これがイタリアだったら、ファスナー消失を訴えた時点で、「へえー、そんなささいなことに……」と無視されていたかもしれない。もちろん、ドイツ在留邦人の方々もそれなりの苦労をされているのだろうから、安易に決めつけるべきではないとわかっていても「ああドイツに住んでいたら、日々の生活がどんなに楽だろう。“ジャーマン”になりたい」と、椅子にもたれかかってため息をついてしまった。
実際、ドイツ語圏の街は概していつどこを訪れても清潔だ。バスはレールの上に乗っているかのごとく時刻どおりに来る。携帯電話や訪れた友達に気をとられ、目も合わさず客を帰してしまうイタリアの商店と違い、「Danke(ありがとう)」のあいさつを忘れない。日本人としては、それだけで気持ちいいではないか。
ドイツ語圏のつらさ
そんなことを思いながら、ふと明かりとりの天窓を見て驚いた。雪が積もり始めているではないか。スマートフォンの天気アプリで見たら、ミュンヘン一帯は零下である。
やはりドイツは寒いのだ。それはシャワールームにある物でさらに実感することができた。一見エアシューターのカプセルのように見える棒は、お湯を足もとにためるための栓である。イタリアではお目にかからないグッズだ。
考えてみれば、たとえ寒くない時期でも、「ボクはやっぱりドイツ語圏に住めない」と思われるカルチャーがある。それは、ヴァンデルンク(ハイキング)だ。週末というと、家族や仲間と連れ立って郊外の自然の中を、とにかくよく歩くのだ。目的は? などと考えるのがやぼなのはわかるが、以前スイス人に無理やり連れて行かれたことがあって、いやーまいった。
ドイツ系スナック菓子も複雑な心境になる。その代表が「ビーフィ・ロール」というサラミソーセージ系スナックだろう。長期保存可というコンセプトによるものなのだろうが、スティック状のサラミ部分といい、それを包むパサパサのパンといい、「ドイツにはうまいソーセージもパンもあるのに、なんでこんなものにするのか」と言いたくなるほど、素っ気ない風味である。
オーストリアにも似たようなスナックがあるが、同じような味だ。今回、空港内のスーパー「エデカ」で久々にビーフィ・ロールを買ってみたが、数年前南ドイツでひと月ほどホームステイしたとき、来る日も来る日も「ビーフィ」をおやつに持たされたのを思い出して泣けてきた。
その答え、永遠になし
そんなボクだから、翌日イタリアのわが家に戻り、留守中送られてきた請求書の山にへきえきしながらも真っ先に行ったのは、戸棚に残っていたスパゲティをゆでることだった。
濃厚なエキストラヴァージンオリーブオイルとパルミジャーノレッジャーノチーズをかけるだけ。これをイタリアでは「ビアンコ」という。素うどんならぬ、素スパゲティといったところだ。食材が良いと、それだけでうまい。いや、ゆで上がりの湯を切るとき立ちのぼる湯気の香りだけで、イタリアに戻ってきて良かったと思うのである。
これだから「ヨーロッパで好きな国は?」なんていう質問をされても、ボクは永遠に答えられないと思う。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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