第50回:がんばれ! アマゾン夫妻 −「クルマ」が縁で生まれたつながり
2008.07.19 マッキナ あらモーダ!第50回:がんばれ! アマゾン夫妻 「クルマ」が縁で生まれたつながり
クルマになんか乗れない!
イタリアではレギュラーガソリン価格が1.5ユーロを超えた。円換算すると260円以上になる。さらにこの国ではディーゼル車が多いことから、ここのところ軽油もレギュラーガソリンと同じ値段に設定されるのが当たり前になってしまった。
こうなると、クルマでの移動回数は極力減らすしかない。我が家も買い物はバスで済ませるようになった。
まあ、ボクはもともと公共交通機関で行けるところに自家用車で行くのは嫌いだったので苦はないのだが、やはりクルマから遠ざかるのは寂しいものがある。
近づく灰色の物体
そうした中、ふと思い出した。パリのボルボオーナー、クロード氏のこと。
始まりは2年前のちょうど今ごろである。南仏サントロペで夏休みを過ごしたときのことだ。
女房から言いつかった買い出しのため近くの町で路上駐車をしていたら、ルームミラーに不気味なグレーの物体が映った。それはみるみる大きくなっていった。ボクは身構えた。松本零士のアニメなら戦闘態勢に入っていただろうが、そうもできない。
落ち着いて見ると、「ボルボ・アマゾン」であった。
1956年から70年にわたり生産され、今日まで続くボルボの堅牢性を世界に知らしめたモデルである。
度重なる切り返しで縦列駐車を達成したあと、トライバーズシートからゆっくりと降りてきたのは一人のお年寄りだった。
ボクが「ボンジュール。何年型ですか?」
と聞くと、お年寄りは「1963年ですよ」と教えてくれた。
彼も奥さんの代わりに買い出しに来たらしい。
ということは43年乗っていることになる。すでに60万キロを走破しているという。機構と関係ない塗装などには、一切手をつけていないようだ。見栄えを気にせぬ、潔いまでのクルマとの付き合い方である。
さらに驚いたのは彼は、なんとパリからそのクルマでヴァカンス村に来たのだという。たしかにナンバーはパリ郊外のものだし、それも昔のデザインである。加えて「ずっとこのクルマで、毎年来てますよ」と言うではないか。コートダジュールとパリは往復1800kmもあるのに。
クロードという名のそのお年寄りは、運転席を見せてくれたあと、
「今度パリに来たら、遊びにいらっしゃい」と言って住所を残してくれた。
毎年行く先で大歓迎
それから約半年後、ボクはクロード氏が住むパリ郊外の自宅を訪ねてみた。
すると1階のガレージに、あのアマゾンが本当に佇んでいるではないか! エンジンをかけると、暗い中にイエローバルブのヘッドライトが静かに光を放った。
クロード氏は1927年、教師をしていた父親の関係でエジプトのアレクサンドリアに生まれたが、戦後になって後年定年まで勤め上げるパリのユネスコに職を得た。
氏がアマゾンを新車で購入したのは、36歳のとき。クルマ好きの友人の薦めだった。以来同じ職場だったマドレーヌ夫人との通勤に、毎年夏のヴァカンスにと活用してきたという。
夫妻は毎年コートダジュール−パリ間を「往復とも途中で2泊しながら辿り着きます」と教えてくれた。
クルマがクルマである。途中の定宿では年を重ねるごとに「今年もよく来たね」と大歓迎されるようになった。路上故障して夫妻を困らせたのは過去たった2回だったこともあって、アマゾンは気がつけばすっかり家族同然となっていた。
と、ここまでは、2007年8月号の『NAVI』の「エンスー新聞」にも書いたとおり。
その年の夏もクロード&マドレーヌ夫妻は、アマゾンと南仏へのヴァカンスへと旅立って行ったのだ。
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復活の日
そして、あの出会いから2年、クロード&マドレーヌ夫妻の近況を知るべくパリに電話してみた。
すると最初に出たマドレーヌ夫人いわく、「今年は(パリに)居残ることにしました」と言うではないか。
81歳を迎えたクロード氏の体調回復に専念するらしい。まあマドレーヌさんとしては、交通量が少なかった昔ならともかく、渋滞が頻発する昨今、たとえ長年お世話になったとしてもクソ暑いアマゾンで行くのは「かなりきつくなってきた」というのも本当のようだ。今やTGVなら3時間で行けるんですからね。
44年続いたアマゾンとの大遠征もついに終わりか?
しかし続いて電話口に出たクロード氏の声は、幸い明るかった。
以前会ったときも言っていたが、クロード氏はまだまだアマゾンと暮らすことを考えているらしい。
フルレストアは3万6千ユーロ(約600万円)掛かることが判明。さすがにマドレーヌさんの反対があって断念したが、タイヤをはじめとするパーツはドイツの旧友を通じて、スウェーデン−ドイツ−フランスという迂回ルートで格安なものを提供してもらっているので大丈夫とのことだ。
クロード氏がふたたび元気になり――とてもマドレーヌさんには言えないが――ふたたびアマゾンでオートルートを南に向かってひた走る日が来ることをボクは受話器を握りながら心で祈った。
「お話」の楽しさ
思えば、こうやって異国で見ず知らずであった人や、世代が離れた人たちと、その後もおつきあいが続いている。それは「クルマ」という共通の話題があったからこそだろう。
その昔、カタログ収集趣味の大先輩方に集まって頂いて座談会をした際のことだ。
「私たちはいつまでたっても、同じ趣味の人たちとクルマのお話ができる」「だから、仕事の同僚から羨ましがられます。趣味の絆は強いですよ」と嬉しそうに語っていたのが印象的だった。
冒頭に記したように、今やクルマを用もなく乗り回せる状況ではなくなった。しかし、クルマを通じて知り合った人たちと話に花を咲かせることができるカーエンスージアストの目には見えぬ財産を、クロード氏とアマゾンに無言のうちに教えてもらった気がする。
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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