第38回:「ミラノデザインウィーク2008」(前編) さすらいのカーデザイナー志望青年発見!
2008.04.26 マッキナ あらモーダ!第38回:「ミラノデザインウィーク2008」(前編)さすらいのカーデザイナー志望青年発見!
ナンニーニに迎えられて
ミラノの街に入る頃、ラジオからちょうどジャンナ・ナンニーニの歌が流れ始めた。往年のF1パイロット、アレッサンドロ・ナンニーニの姉ちゃんである。若い頃シエナの街に息苦しさを感じた彼女は、歌手を目指して独り家を出てミラノへと向かった。やがて彼女は、イタリアを代表する女性ロックシンガーとして大成する。
ナンニーニと同様に大志を抱きミラノの空気を呼吸しているデザイナーは、どのくらいいるのだろうか……。
今年もミラノで2008年4月15〜21日に「デザインウィーク」が開催された。これは、国際的な家具見本市に合わせ、ミラノ市街全体を使って行なわれるデザインの祭典である。見本市とあわせて「ミラノサローネ」と総称されることも多いので、ご存知の方も多いだろう。
もともと家具インテリアメーカーが自らのショールームで新作やデザインフィロソフィーを展開するものだったが年々フィールドが拡大していった。
そのため現在では、ステーショナリーからファッションアイテム、さらには食品までとジャンルは限りなく広い。会場も、倉庫や工場を借りて展示を行なう企業や団体が軒を連ねる。
拡大
|
アノ人も泊まれない?
今年のイベント数は380。一昨年2006年が350、昨年2007が370だったから、着々と増えている。
同じ「ウィークもの」でも、関係者中心のファッションウィークと違い、一般のデザインファンでも見学できるイベントが大半である。そのおかげで出展が集中するエリアは、活気に溢れている。
4月15日は、まだ多くの出展者がプレビューの日にあてていたにもかかわらず、早くも街路はデザインウォッチャーたちで溢れかえっていた。
一方で、みんなが集まるということはホテルの争奪戦も意味する。最近は1泊1000ユーロ級もざらである。1000ユーロといえば16万4千円だ。例の防衛省前次官が米国旅行の際に業者から受け取ったとされる金額が10〜20万円だったというから、もし彼がこの時期ミラノに来たら、1日泊まれるか泊まれないか、ということになる。
会場費も年々鰻上りのようで、新進デザイナーにはきつくなっているようだ。ボクが知る若手インダストリアルデザイナー集団も2006年を最後にデザインウィークから消え、昨年初めて出展した多国籍ジュエリーデザイナーグループも今年は帰ってこなかった。
突然近づいてきたスクーター男に……
そんなデザインウィークの、最も出展が集中する市南部トルトーナ地区でのことだ。ボクがイベント風景を撮影していると、なにやらジャンパー姿の若者がバイクから降りて近寄ってきた。
同じイタリアでも地方都市から出てきたボクは、思わず身構えてしまった。
ボクに何かを渡そうとする。英語で「ぜひ訪問してみてください」。
渡されたのは小さなカードだった。
宣伝か。クソ忙しかったボクが簡単に「グラツィエ」と言って受け取ると、若者は去って行った。
ところがカードをよく見ると、チラ見せ風にクルマが描かれているではないか。
思わずボクは、バイクにまたがろうとする若者を追って呼び止めた。すると彼は、正体を明かしてくれた。
アンドレア・プタッジョ君という24歳の学生だった。ミラノのポリテクニコ、つまり工科大学を卒業し、現在は修士号を取得すべく研鑽を重ねているらしい。こりゃまた失礼しました、インジニェーレ(イタリアで工科大学を出た人につける敬称)。
いつかモーターショーで
で、展示はどこ?と聞くと、彼は「ノー」と言う。かわりに、自分の作品が載ったサイトを宣伝しているらしい。たしかに先ほどのカードを見ると、URLが書かれていた。
後日のことだがパソコンで検索してみると、さまざまなデザイナーやデザイナー志望者が作品をプレゼンテーションするサイトだった。
アンドレア君のページには、シトロエンのコンセプトカーのプロポーザルをはじめ興味深い作品が数点紹介されていた。とくにスタイリッシュかつ安全な自転車用チャイルドシートは子供の頭まですっぽりと覆う構造で、本当に製品化されたらよいと思った。
彼いわく、将来は外国の自動車メーカーに就職したいとのこと。工業デザイン志望学生のクルマ業界離れが指摘されて久しいが、こういう若者がいるのを知り、ちょっと一息ついた。そしてなるほど、インターネットの時代。会場を確保できなくても、こうした戦法があったのは、あっぱれだった。
ただしそれと対照的に告知方法は、自分の足で歩く根気と、知らない人に声をかける勇気。あくまでもトラディショナルなものである。
がんばれアンドレア君。いつかジュネーブショーで会おう!(後編につづく)
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)
ミラノサローネ国際家具見本市 公式ホームページ
http://www.milanosalone.jp/fiera/
|

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった 2025.12.4 1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
NEW
トヨタ・アクアZ(FF/CVT)【試乗記】
2025.12.6試乗記マイナーチェンジした「トヨタ・アクア」はフロントデザインがガラリと変わり、“小さなプリウス風”に生まれ変わった。機能や装備面も強化され、まさにトヨタらしいかゆいところに手が届く進化を遂げている。最上級グレード「Z」の仕上がりをリポートする。 -
NEW
レクサスLFAコンセプト
2025.12.5画像・写真トヨタ自動車が、BEVスポーツカーの新たなコンセプトモデル「レクサスLFAコンセプト」を世界初公開。2025年12月5日に開催された発表会での、展示車両の姿を写真で紹介する。 -
NEW
トヨタGR GT/GR GT3
2025.12.5画像・写真2025年12月5日、TOYOTA GAZOO Racingが開発を進める新型スーパースポーツモデル「GR GT」と、同モデルをベースとする競技用マシン「GR GT3」が世界初公開された。発表会場における展示車両の外装・内装を写真で紹介する。 -
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。
