スバルBRZ R(FR/6MT)/BRZ S(FR/6AT)【試乗記】
楽しめるかは乗り手次第 2012.02.08 試乗記 スバルBRZ R(FR/6MT)/BRZ S(FR/6AT)……247万8000円/302万9250円
重心の低さをウリにする、スバルの新型スポーツカー「BRZ」が登場。その走りはどれほどのものなのか? MT車とAT車、両モデルで試した。
大いに気になるパワーユニット
「スバルBRZ(ビー・アール・ゼット)」は、兄弟車「トヨタ86」とともに今春一番の話題を提供するモデルである。久々の新型スポーツカー登場とあって、市場からの期待が大きいのは当然、常に公平な目でクルマを見なければならないわれわれとて、つい熱っぽく扱ってしまう傾向がある。
筆者は現時点でトヨタ86には乗っていないが、スバルBRZに短時間ながら試乗する機会を得た。そこで努めて冷静に観察するために、短時間でチェックすべき項目を洗い出して、試乗会場となったツインリンクもてぎに赴いた。
スポーツカーはまず何をおいても「乗って楽しいか、面白いか」が問われるもの。その判断材料として、エンジンやギアボックスの特性、ステアリングの感触、操縦安定性(アンダーステア/オーバーステア)と、少ない項目に限りながら、しっかり観察することにした。
メーカーによれば、「BRZ」の商品コンセプトは「水平対向エンジンの持つ低重心、軽量、コンパクトという特徴を生かした、安心して気軽に楽しさを体感できるスポーツカー」。
しかし、水平対向ユニットそのものに対しては、筆者は少し異なる意見を持っている。確かに水平対向エンジンは一見して燃焼室やピストンが低い位置にあるように見える。しかし回転する中心軸のクランクシャフトは、比較的高いところにある。塊として見た静的な重心そのものの位置は低いかもしれないが、動的な状況における“高さ”に着目すると、高回転領域ではジャイロトルクは軽視できない。この回転軸はスロットル・オン/オフ時に姿勢変化に影響するものであり、実際に体感できる重心高は、期待ほど低いものになりはしない。この点は、より大きな水平対向12気筒エンジンを搭載した(そして消滅してしまった)、かつての「フェラーリ・テスタロッサ」とて同じである。
さらにギアボックスはこのクランクシャフトと同軸にあり、後方の低い位置にあるデフとつながるために、後ろに向かって大きく傾斜する。
せっかく新設計するのであれば、ギアボックスにも新しいアイデアを投入、アウトプットの軸を一段低くするなどして水平にマウントするなどの工夫が見たかった。ちなみに往年の「トヨタ・パブリカ」(水平対向2気筒のFR車)や「トヨタ・スポーツ800」はそうなっていた。
ギアボックスが斜めになれば、潤滑オイルには角度をもって満たされることになる。もちろんそれなりの対策は講じられているだろうが、オイル量の増加などでフリクションは多くなる傾向にある。
最近のチューニング技術をもってすれば、ハンドリング性能の向上のためには、必ずしも重心高にこだわる必要はない、とも言える。ポルシェのSUV「カイエン」や実用車ベースのラリー車などをみても分かるように、相対的にロールセンターの高さを重心高に近づければよいことで、それはハイパフォーマンスカーのホイール径がどんどん大きくなっている理由のひとつでもある。
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スムーズさに“ドラマ”を
さて、実際の「スバルBRZ」のエンジンはどうか? それは実用車のように、低回転域から豊かなトルク特性を持っている。そして7000rpmまでスムーズに回る。
ただ、スポーツカーのエンジンは、多少ラフであっても一部に“生き生きした領域”があるのなら、それが面白さに通じるというものだ。例えば、一定の調子で回転が上昇したあと突然リミッターが作動する、というのではなく、トルクのピークが終盤にさしかかることをドライバーに悟らせ、シフトアップの準備をさせる、というような。
「BRZ」には、もっと“ある程度回して使う面白さ”を分からせてくれるような味付けがあってもいい。現状では、スポーツカーエンジンとしての“物語性”がやや希薄に感じられるのだ。
もちろんAT車は別で、初心者や安楽さを求めるユーザーのためにはこのままでいいだろう。MT車用とAT車用、それぞれに専用のエンジン特性を与える、そんな使い分けは、現代の電子技術をもってすれば比較的容易にできるはずだ。合理化の名の下に共用化してしまうと、どちらも味が薄くなってしまう。
そのエンジン、さらにステアリングフィールと並んで、ギアボックスはスポーツカーと対話する上で重要な部分である。まず一番の基本的要件はギアレシオ。もちろん期待されるのは、クロースレシオであることだ。
「BRZ」の実際のステップアップ比は、1.66-1.42-1.27-1.21-1.30。既成のパーツを使いながら、それでもなるべく段差を少なくする努力が払われている。
シフトストロークや、やや大きめなシフトノブなど感覚的な部分は、量産化が進むなかで、今後さらに改善されていくだろうが、ギアボックスそのものについても、“本物のクロースレシオ”の面白さを追求してほしい。その際、ポルシェのギア比は参考にしない方がいい。あれはクロースしてはいない。ロードレースの実戦で育ったフェラーリの方が正解といえる。
ステアリングは現代風
「スバルBRZ」に乗ると、昔のようにステアリングフィールに路面感覚や反力感が重視された時代は去った、と思う。
キックバックなど手が押し戻されるような入力は敬遠され、あくまでドライバー側の意思を通すことが重視されている。適度な操作力を定め、レシオはヨーの発生具合で決めてある。いたずらに過敏でないのが好ましい。今のパワーステアリングのアシスト手法ではいかようにも調整できるから、操舵(そうだ)力は、横Gに対する重さの増加率を少なめにしてやや重目にセット、腕力と相談して納得する満足感が得られるものらしい。
その重さが路面の違いに由来するか、フリクションによる重さであるのかは問わない。ドイツ車の操舵感をヨシとする風潮に従えばこうなる。それが現代感覚なのだろう。われわれシニア世代の好みとは大きく異なっている。
アンダーステア/オーバーステアの旋回特性についても、電子デバイスを備える今と昔では違う。「BRZ」にしても、2+2レイアウトであるためスポーツカーにしては長いホイールベースや、高いグリップ性能をもつタイヤなどのおかげで、車体は安定し旋回能力の限界は高くなる方向で設定されている。
だから多少速めにコーナーへ進入しても大丈夫。VDC(ビークル・ダイナミクス・コントロール)が作動して自動的にブレーキが介入し、適切な速度と進行方向に導いてくれる。カウンターステアまでは当ててくれないが、自分の行きたい方向に向ければ、多少当てずっぽうでもいい。スロットルも開けたままでいい。トラクションコントロールが働いて、決して無用に吹け上がることはないから、スピンに至るような事態には陥らない。そういう意味では、安全なスポーツカーである。
なお、ステア特性はトヨタ86とスバルBRZで異なるらしい。ちまたで伝えられるところでは、トヨタチューンの方が若干オーバー気味。スバルは、アンダーステアが強い傾向にあるという。そのように特性を変えていることは、試乗会場の富士重工スタッフも認めていた。
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買って、試して、感じてこそ
BRZに興味のあるひとのなかには、トヨタの86とどちらにすべきか迷っている人もいるかもしれない。そんな人に対するアドバイスはこうだ。「ただ色やスタイリングの好みで選べばいい」。
スポーツカーは、ユーザーの主観が第一の乗り物。メーカーの用意する量産車では、しょせん100%の満足などできっこないのだ。この両車は兄弟車であるから、例えばスバルを買った人がトヨタのディーラーで86のダンパーとスプリングを購入することができるし、純正パーツであれば問題なく交換できるはず。フロントだけ、あるいはリアだけ、さらに両方変えることもできるし、その中には気に入った仕様があるかもしれない。
そうやって「違い」を発見し、自分で体感して楽しむのがスポーツカーというものだ。
ネガティブな感想も述べたけれども、しかし期待値に対する仕上がりのギャップに戸惑うようなことはない。思えば、初代「マツダ・ロードスター」(ユーノス・ロードスター)の登場時だってそうだった。「ロータス・エラン」とは違っていたし、その後モデルチェンジを経て3代目となった今だってそうだ。
その時代ごとにユーザーの好みは違うし、過去の体験が異なる個々人では、価値観そのものが違う。だからわれわれシニア世代の要望と現代のユーザーとでは期待するものが違うのだろう。逆に、われわれの好むスポーツカーに、現代の若者を乗せて一度体感させてあげたいとも思うが、それはお節介にあたるのかもしれない。
つくづくスポーツカーとは主観的な乗り物、究極の到達点などありはしない。取りあえず買ってみて、自分なりに造りあげてゆくその経過を楽しむことが肝要だ。
最後にBRZの印象を一言で簡潔に言わせてもらえば、それは、いわゆるライトウェイト・スポーツカーではない。重量感がありサイズ的にもたっぷりした、初心者が安心して乗れるスポーティーなクーペである。
(文=笹目二朗/写真=荒川正幸)

笹目 二朗
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