ポルシェ・ケイマンS(6MT)【海外試乗記】
ジレンマ(?)を捨てればカンペキ! 2005.10.06 試乗記 ポルシェ・ケイマンS(6MT) ボクスターのクーペ版たる「ポルシェ・ケイマンS」。クーペとなりボディ剛性を向上、0.2リッター大きい3.4リッターフラット6をミドに積むニューモデルの印象は……。ほぼゼロリフト
赤に黄色に黒に銀――中世イタリアの小さな村をそのままそっくりリゾート地化したようなホテルの広場に並べられた色とりどりのケイマンSは、直前にフランクフルトショーの会場で目にしたそれよりも、1ランクかっこよくぼくの目に映った。四方八方からスポットライトの光が浴びせられるショー会場では、明るさのあまりボディの陰影が薄められてしまうのか、自然光の下で見るほうがどこか立体感が強い印象だ。特に、ベースとなったボクスターに対して完全リニューアルを施されたリア周り――なかでもフェンダー上部の“峰”の部分など――は想像以上に彫りが深く、同じポルシェのクーペでも兄貴分の911とは明らかに異なった表情を見せる。
「好き嫌い」が明確に分かれるかもしれないが、ダックテール調のリアスポイラーもこのクルマのスタイリングの特徴だ。ちなみにこのスポイラーもボクスターや911のそれと同様に「120km/hになると立ち上がり、80km/hまで速度が落ちると再格納される」という可動デバイスを備える。ケイマンSのエアロダイナミクスは、Cd値が0.29と2.7リッターエンジン搭載のボクスターと同じ数値。揚力係数はフロントが0.07、リアは0.05という、ほとんど“ゼロリフト"の値が発表されている。
より大きくなったトランク
ドライバーズシートに腰をおろして前方を見るかぎり、目に入る光景の9割がたはボクスターと変わらない。細部に目をやれば、メーターフード上がメッシュグリッドに変更され、ルームミラーにはロールオーバーバーの姿が見えない……といった違いもある。が、なんと言ってもダッシュボードやドアトリムのデザインがボクスターからのキャリーオーバーなので、「ボクスターからの派生車」である印象は避けられない。「インテリアデザインまで変えてほしい」というのは、贅沢が過ぎるということか……。
一方、ボクスターからは“完全新デザイン”となるのが、116×90cmという大型のテールゲート下、シート後方のラゲッジスペースだ。上下二段のステップ状に用意をされるこの空間は、最大で260リッターの荷物を呑み込むという。ボクスター(&RWD仕様の911)と同容量、150リッターのフロントトランクを合わせると、トータルで410リッター。ちょっとしたセダン並みのラゲッジスペース容量を捻出するのがケイマンなのだ。ボクスターにならい、事実上「エンジンルームを封印する」というパッケージングが、2シータースポーツカーとしては望外のそんなユーティリティ性を実現させた。“2人で一緒に一週間の海外旅行に旅だてる”のがこのクルマである。
シャシー性能に文句ナシ!
お待ちかねの走りは、ぼくにとってある面予想通りであり、そしてある面ちょっと予想から外れることになった。
まず、「予想通り」のほうはやはりそのボディのしっかり感が際立って高いことだ。
久々に“金属の塊から削り出したような……”なんて比喩を使いたくなるのがケイマンSのボディの剛性感。全般にボクスターSより硬めのサスペンションセッティングが施されたというのに、さらに脚のしなやかさが感じられたのは、やはり「曲げ剛性がボクスターの2倍以上、ねじりは2.5倍に達し911クーペとほぼ同等」という、強靭なボディによるところが大きいに違いない。
高剛性ボディをベースとしたケイマンSのシャシーが生み出したのが、まさに“人車一体”そのもののハンドリング感覚である。ちょっとオーバーに表現すれば「どんなスピードでも、どんな路面でも、狙ったラインを舐めていける」。それほどケイマンSのフットワークは、ボクスターよりも、そして911よりも自在度が高いと感じられた。これであと10cm、いや5cmでも全幅が狭められれば、自在度はより一層高まりそうだ。もっとも、こればかりは「911とフロントセクションの構造を共用する」ボディづくりの事情があるかぎり、叶わぬ願望なのだろうが……。
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911に遠慮した?
「予想から外れた」のはエンジンだ。
誤解を招かぬようあらかじめ断っておきたいが、ケイマンSに積まれた3.4リッターエンジンは、パワーもフィーリングも「ピュアスポーツカーにふさわしい実力の持ち主」であることに間違いない。本体部分はボクスターSの3.2リッター用をベースとし、シリンダーヘッドを911カレラから移植。可変バルブタイミング&リフト機構「バリオカムプラス」を備えたこのユニットは、客観的にみて満足できるパフォーマンスをドライバーに与えてくれることはたしかである。
ただ、それでもどこかに、911の心臓に遠慮したような雰囲気が感じられるところに、ぼくはちょっと引っ掛かりを感じた。“普通のボクスター”が1リッターあたり89.3psの出力を実現したのに、よりスポーティであるはずのこちらは、何故に87.1psにすぎないのか? そんな思いが湧き上がってきてしまうのだ。
それはポルシェの“政策的な戦略”であるのが本当のところだろう。事実、エンジン担当エンジニア氏も認めていた。より具体的に言えば、ポルシェは911とボクスターの間に、誰もが納得できる明確な一線を引くために、300psというタイトルを後者の一員であるケイマンSに与えたくなかったのではないだろうか。
とはいえ、アクセルペダルを踏むごとに力強い咆哮をアピールし、デジタル式のスピードメーターの数字がどこまでも勢いよく増していく心臓部の実力もたいしたものであった。さらにあと一歩、そう“あと一歩”だけ、高回転域にかけての抜けるような伸び感を演出してさえくれれば、ピュアスポーツとして完璧だとぼくは思ったのだ。ポルシェ社にとっては、911を差し置いてのカンペキが現れるのは、ちょっと困るのかもしれないけれど……。
(文=河村康彦/写真=ポルシェ・ジャパン/2005年10月)

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。
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