ルノー・メガーヌ ルノースポール(FF/6MT)【試乗記】
本気のフレンチロケット 2012.09.09 試乗記 ルノー・メガーヌ ルノースポール(FF/6MT)……449万円
ひょうたんからフレンチロケット!? 古くは「R5」から「5ターボ」シリーズが生まれたように、普段はおとなしいフランス車から、時にどう猛なパフォーマンスモデルが生まれることがある。「メガーヌR.S.」はマイナーチェンジでどう変わった?
やるときはやる
世界標準の乗り味というものがあって、最近はどこの国のクルマもそこを目指してセッティングしているような気がする。言葉にするのは難しいが、かつてのドイツ車の乗り味をベースに、低速ではもう少し当たりの柔らかい乗り心地がそれ。もちろん、各メーカーが申し合わせたわけではないだろうが、高いクルマは電子制御によって、安いクルマは両端を捨ててなんとかいいところを見つけることで、どこの国のクルマも同じようなところを狙って開発しているような気がする。
従って、各国のクルマの乗り味が似てきている。味気なく言えば、乗り味が国やメーカーによって特徴づけられるのではなく、価格によって良しあしが決まる時代。乗り味に限らず、クルマ全体から受ける印象もそうだ。似ている。一国、一ブランドのアイデアやパーツによってのみ構成されるクルマなどほぼない昨今、クルマによってまるで異なる印象を求めるのは酷なのかもしれないが、「1000万円以上出してくれるならうちだけのものを提供しますよ」と言われているようで、「ちょっと待ってよ!」と言いたい気持ちもないわけではない。
話は変わって、少し前まで、普通のフランス車はスポーティーであるということにわりと無頓着だったと思う。それよりもコンフォートであることのほうが重要だったはずだ。柔らかいシートや柔らかい足まわりのセッティングはそのためで、好事家が「車体は大きくロールしながらもタイヤは路面を離さない」などと、勝手に“それもひとつのスポーティー”と解釈することはあったかもしれないし、僕なんかも昔の自動車雑誌を一生懸命読んできたから、そうそうとうなずいてしまいそうになるが、作り手はやっぱり快適な乗り味を提供したかったはずだ。
その代わり、フランスメーカーは、いざスポーティーなクルマを作るということになったらとことんやる。ルノーはその最たるブランドで、「R5」をベースに「5ターボ1」とか「2」を、「R21」をベースに「21ターボ」を、「ルーテシア(クリオ)」をベースに「ウィリアムズ」とか「V6」を作って、フランス車好きを驚かせるとともに、留飲を下げさせてきた。モータースポーツの歴史を見れば、フランス人が元来“飛ばす”ことが嫌いな人たちではないことがわかるというもの。1ページ目の最後の最後になってしまって申し訳ないが、今回の「メガーヌR.S.」は、彼らの“やるときはやる”シリーズ最新版だ。
この硬さは欠点ではない
シート。メガーヌR.S.に標準で付く、フロント2座のレカロシートの素晴らしさでこのページを埋めてしまいたいくらいだ。埋めないけど。このヘッドレスト一体型のバケットシートは硬さ、形状ともに絶妙のところを突いていて、これ以上アンコが薄いと一線を越えてドライビンググローブの似合うクルマになってしまうが(それを全否定するわけではないけれど)、メガーヌR.S.のシートはその一歩手前で踏みとどまって、デートも可能な見た目と座り心地でありながら、サポートは完璧という代物。リクライニングと高さだけの調整で、だれにでもピッタリのポジションを提供する。ホントにだれに聞いてもしっくりくると言う。
座って自然に手を伸ばしたところにステアリングホイールとシフトノブがある。日本仕様は右ハンドルだが、ペダルレイアウトも適切で、操作面でのストレスがまったくない。“つるし”のFFで何か巨大組織から長時間逃げなくてはならない、失敗は許されないということになったら、迷わずこのクルマを選びたい。
本国に2種類存在するシャシーセッティングのうち、日本仕様には硬いほうのカップ仕様が採用されている。結果、メガーヌR.S.はそのままでもサーキットで不満の出ない、一方で一般路上では少しスパルタン過ぎる挙動を示す。休日、まだすいた東名高速の山北辺りをハイペースで駆け抜け、芦ノ湖スカイラインを登りつめるまでは本当に楽しいはずだ。けれど、蕎麦(そば)をたぐって日帰り温泉へ立ち寄って、御殿場のアウトレットを冷やかして渋滞にハマった時には、優しいクルマではない。
それでも、メガーヌR.S.は、体とシートがしっくりきていたら、足の硬いクルマであっても段差や荒れた路面での不快指数が軽減されるという良い見本だ。そもそも、この硬さにはハイパワーをしっかり受け止めてクルマを前へ進めるためという大義名分があるから、欠点にはならない。
実用性に不満なし
散々パワフルと書いたが、2リッター直4ターボエンジンは、従来の最高出力250ps/5500rpm、最大トルク34.7kgm/3000rpmからブラッシュアップが進んで、265ps/5500rpm、36.7kgm/3000rpm。ESPの設定が「ノーマル」「スポーツ」「オフ」の3モードあり、265ps、36.7kgmはスポーツとオフの時に発生する。ノーマルモードでは従来通りのスペック。ただし、サーキットで乗り比べたらスポーツのほうが速いはずだが、一般道ではスポーツとノーマルのパワーの差を感じにくい。ノーマルでも十分に迫力ある加速を味わえる。
世の中に、走るために何かを多少我慢するクルマと、楽をするために走りを多少我慢するクルマがあるとしたら、メガーヌR.S.は間違いなく前者だが、我慢は必要最小限にとどめられている。3ドアのためアクセスはそれなりだが、乗り込んでしまえば十分なスペースが確保されたリアシートや、剛性確保のために開口部こそ狭いものの容量自体には不満のないラゲッジルームなど、もともとが実用ハッチバックだから、前述の硬い乗り心地が気にならなければ、買い物にも十分使える。先代には5ドアのR.S.も存在するが、今のところ、この先も入ってきそうな雰囲気はない。
ルノー・ジャポンはここ数年、日本でのルノーがニッチであることを認めたうえで、じゃあそのニッチのハートをがっちりつかもうという戦略をとっていて、こういう際立ったモデルを積極的に輸入してくれるが、企業だから本当はいっぱい売りたいはずで、「メガーヌ」も本当はR.S.にイメージを引っ張らせて5ドアのノーマルモデルをも売りたいはずだが、R.S.のイメージが強烈過ぎて、皆ノーマルモデルを忘れてしまっている。こんなすがすがしいメーカーを応援しないで、いったいどこを応援するというのだろう。
メガーヌR.S.は385万円。箱根で価格2倍の「ポルシェ・ボクスター」を追い回す用としては、リーズナブルと言えるんじゃないだろうか。
(文=塩見智/写真=高橋信宏)
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塩見 智
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