第452回:これじゃメルセデスには追いつけないぜ! “無意識インプレッション”のススメ
2012.06.22 小沢コージの勢いまかせ!第452回:これじゃメルセデスには追いつけないぜ!“無意識インプレッション”のススメ
自動車開発のカギを握る、テストドライブ。それが限られた道路環境で行われている日本の現状に、小沢コージが物申す!?
車両評価は「いつもの運転」で
「自分が言うのもなんですが、箱根で新車の試乗会やっても、あまり意味ないと思うんです。みなさんそのつもりで走ってるし、運転がうまい人ほど足りない分を自然に補っちゃうので……」
いやはや、とある試乗会で、とあるテストドライバーから衝撃的なコメントを……というか、昔から漠然と抱いていた疑問に対する答えをもらってしまったぜ。いわばそれは、“無意識インプレッション”のススメだ。
どういうことかというと、クルマのハンドリングに関する真の評価は、そのドライバーが無意識的に走っている時にこそ行われるべきで、自分で「走るぞ!」と思っている時のステアリングの手応えや操縦安定性の評価など、あてにならないというのだ。
いや、それも大切かもしれないけれど、最も重要なのは、ボーッと走っている時に「いかにドライバーの脳に適切な刺激やインフォメーションを与えられるか」「轍にタイヤを取られたりしないか」といったことであり、プロのテストドライバーは、運転中に意識的にその領域に踏み込んで評価できるという。
まさに達人の境地というか、スターウォーズの“フォース”みたいな話じゃないの(笑)。
でも、ダメンズ小沢自身、本当にそうだと思った。というのも実際問題、箱根で走ってると、クルマの動的性能がよく分からない場合が多いのだ。もちろん、“速い”とか“フィールがいい”とか“ブレーキが効く”と感じる部分はあるし、それをなるべく自然体で分かりやすくリポートしようとはしているつもりだが……。
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ドイツ車の強さ、ここにあり!?
だけど、その後さらに1週間ほどクルマを借りて、数日通勤に使ったり、長期の旅行に家族と出掛けたりして初めて「ああこういうところ、スゲェいい!」とか「ここつまんないな」と分かることも多いのだ。なんというか、本当に心から実感できる、「いい悪い」の感情が沸いてくるわけ。
それは具体的には、いつもの通勤路でいつもの継ぎ目を乗り越える時だったり、うっかり眠くなってしまった時のふらつき具合だったり、雨の日に後席からの話し声が聞こえなくなった時だったり……そういう時に「ああ、このクルマはホントここがいい!」とか「ここがイマイチ」とか「やっぱ、結構うるさいじゃん」と感じるわけだ。
ぶっちゃけドイツ車、例えばメルセデス・ベンツ的なハンドリングのすごさというか、日本車との違いはそこにあるとも思う。
前出の評価ドライバーも言っていた。
「自分たちも頑張ってるつもりですが、今のままじゃメルセデスやBMWには絶対追いつけませんね。なにしろ彼らは、開発車両でいつでも自由に一般公道を走れますから」
これは、俺も長年「日本の自動車開発シーンの最大の欠点」ではないかと思っていた点だが、この国では、基本的に開発車両の公道テストが許されていない。もちろん、七面倒くさい手続きを経れば可能だし、タマには実施もされている。だが、ドイツでは開発中の車両に、専用ナンバープレートを付ければいつでも気楽に公道を走れる。で、某自動車雑誌にスクープされるわけだけど、日本じゃそれはあり得ないハナシなのだ。
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大事なのは「だれがどこで試したか」
「だからなるべく海外、それもヨーロッパをたくさん走るようにはしてますけどね。本当なら日本で売るクルマは日本の公道でテストした方がいいんですよ。アスファルトとか路面のアンジュレーション(起伏)が全然違いますから」
いやまったくそうでしょう。で、その領域の味付けで追いつけないメーカーの代表格が、メルセデス・ベンツ。昔から「乗るほどに癒やされる」とか「いくらでも走れそう」といったほめ言葉はよく聞くけど、その走りの味付けは、ドイツでの度重なる公道テストによってもたらされているのだ。
「走りたいなぁと思えば、シュトゥットガルトのワインディングロードだろうが、アウトバーンだろうが走ってこれる。しかも、速度も時間も自由。そりゃ、やっぱりできるモノが違ってきますよ」とは前述の開発ドライバー。
人の感覚に寄り添うものほど、開発者の実践的なテストや評価が重要になってくる。もちろん、テストコースやシミュレーションだけである程度しっかりしたものや安全なものはできるだろう。だが、本当にキモチいいもの、質の良いものはそれだけではできないのだ。それはいい料理人が、実際に食べ歩きをしていたり、そもそも食べるのが好きだという話にも似ている。
ただただ仕事と割り切ってやっていたり、快楽を感じないまま取り組んでいる人に、楽しいモノや癒やされるものが作れるわけがない。ただでさえ、いわゆる「クルマ好き」や「運転を楽しいと思う人」が減っている日本の自動車業界。つくづくヤバい領域に入ってきている!?
そのテストドライバーは最後に言った。
「先日ボク、気に入ってる『W124のメルセデス』をウン百万円かけてフルレストアしたんです。いいんですよ〜これが(笑)」
うーん、W124サイコーとは、まさに俺も同意見……。
結局、このプライベートな頑張りと鍛錬と楽しみ(笑)が日本のクルマ作りを救うような気がする。
ってなわけで、みなさん頑張ろうじゃありませんか。同業者さん、各メーカーのエンジニアさん、そして市井のクルマバカさんも!!
(文=小沢コージ)

小沢 コージ
神奈川県横浜市出身。某私立大学を卒業し、某自動車メーカーに就職。半年後に辞め、自動車専門誌『NAVI』の編集部員を経て、現在フリーの自動車ジャーナリストとして活躍中。ロンドン五輪で好成績をあげた「トビウオジャパン」27人が語る『つながる心 ひとりじゃない、チームだから戦えた』(集英社)に携わる。 YouTubeチャンネル『小沢コージのKozziTV』
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